お笑い論
小笠原寿夫
超短編レポート
因数分解や二次方程式の解の公式を覚えるよりは、料理を覚える方が生きていく上では武器になると思っている。教育という理念に於いて、数学は論理的思考を養う為に必要だと教わった。音楽も数学に近い概念を持つらしい。どちらも生まれ持ったセンスによるものだが、ある程度の域までは反復練習で補える。私は何も持たない人間の一人だった。成功譚を並べるつもりはない。飽くまで失敗の連続で、ここまで生きて来た人間なのだから。
笑いはどうか。笑いというジャンルが台頭した1980年頃、漫才ブームの最中に私は生まれた。そんなブームがあるとは知らずに、私はただ戦隊ものの番組をテレビに噛り付くように観ていた。そんな折、ドリフターズのコントを見て、私がゲラゲラ笑っているのを見て、「この子、こんなんが好きなんや。」と思ったと母は述懐している。笑うという所業が何故、これ程までに重要視されるようになったか。人間は一本の管であると言ってしまえば、至極、笑いは簡素なものになるらしい。水をコップに入れていって、コップが満たされた時に、人は笑う。コップの大きさも形も人によって様々なので、どこで笑うのかは、人それぞれである。それらしくは書いてみたものの、人間には五感があって、その部位ごとに笑い方も違う。色んな笑いの作り方を見て来たが、それも人それぞれ違う。ただ、滅茶苦茶だと人は笑わないし、理路整然としすぎていても人は笑わない。
ある落語家の師匠が仰った。
「嘘の中にちょっと本間の事が入ってるからおもろいんや。」
笑いは嘘の中にある真実によって生まれるのかもしれない。嘘で笑う人も居れば真実で笑うという人も居る。
ある落語家の師匠が仰った。
「落語のオチは“なるほどなぁ”と“んなあほな”のどっちかしかないんです。」
オチの4分類として、噓領域と本間領域で、本間領域から噓領域に入るオチを「どんでん」。噓領域から本間領域に入るオチを「謎解き」。噓領域から噓領域に入るオチを「へん」。本間領域から本間領域に入るオチを「合わせ」と仰った師匠が居る。
この4パターンのオチを巧みに使い分けて、落語を構成していくのだそうである。「笑いとは緊張の緩和である。」とした師匠である。落語にするから分かり難いし、敷居が高いと思われるかもしれないが、コントに置き換えると分かりやすい。
ここからは松本人志さん論になるのだが、大日本人は噓領域と本間領域を巧みに使い分けたフェイクドキュメンタリーである。大日本人と呼ばれるヒーローが巨大化して獣と戦うという嘘を交えながら、最後に本間のチープなオチをつけている。そこで全てが氷解する構成となっている。しんぼるはどうか。密室の中に男が居てそこからの脱出を図るパントマイムコメディだが、男が閉じ込められているという嘘から更なる噓へと昇華していく。さや侍は、刀を持たない侍が娘と共に牢獄に入れられ、30日間の業という殿様の息子を笑わせるという物語である。本間に人を笑わせるという本間の話から最後に切腹するという嘘に入る。R100は、女王様に虐げられるMの男が痛めつけられるという本間のフィクションを見せ、最後に強大なSを生み、最後に制作サイドの場面で本間に持っていく。
こう考えると、オチの4分類は全て松本映画に網羅されたと言っても過言ではない。次回作は、芸人の本当の姿を描いたダウンタウンの漫才映画が見たいものである。
お笑い論 小笠原寿夫 @ogasawaratoshio
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