第5話:あなたの名はレックス

 エリーが勤める本屋に到着した私たちは、静かで落ち着いた空間に迎えられた。壁一面には書籍が並び、その中にはこの星の歴史、文化、そして魔法に関する本も含まれていた。

 エリーは特に私が興味を持ちそうな魔法に関する書籍のコーナーへと導いてくれた。


「この本と……この本……オススメです! 読めば魔法への理解が深まるかと……!」


 とエリーは言い、私に数冊の本を手渡した。


「……ふむ」


 私はその一冊を手に取り、ページをめくり始めた。私の視点から見れば、魔法とは未知の科学、未だ解明されていない自然の法則の一部に過ぎない。未という言葉が私の世界にはあるが、全くもってその通りだと思う。

 しかし、本の中に記されている魔法の詠唱や儀式、それによって引き起こされる現象に、私は深い興味を抱いた。


「あらぁ、お客さん? エリーちゃんのお友達?」


 その瞬間、私は目を見張った。エリーの隣で立っていたのは、耳が長く尖った、優雅で華やかな装いの女性だ。彼女の存在自体が、私がこれまで経験したどんな科学的現象よりも驚異的だった。


「あっ、ご紹介します。私の師匠で、この本屋さんのオーナー、マーリンさんです……」

「ふふ、よろしくね。」


 彼女の声は温かく、彼女自身から放たれる威厳が部屋を満たした。

 彼女の目は古の知識を秘めた深い湖のようで、一瞥しただけで私の心は静けさに包まれた。


「空から落ちちゃった、のよね?」


 彼女が私を好奇の目で見つめる。


 私は少し緊張しながらも、

「……落ちた、というよりは迷い込みました」

 と返答した。


 この星での初めての地球産人類以外の知的生命体エイリアンとの出会いは、私にとって新たな体験であった。


 マーリンは微笑んで、

「貴方は私が知らないことをたくさん知ってそうね? ふふ」

 と言い、彼女の言葉からは、新しい知識に対する渇望が感じられた。


「おっと、邪魔をしちゃったかしら? 早く決まるといいわね、名前」

「……!?」

 <この耳長女……。おどれぇたなぁ>


 網膜にテレパシー盗聴のアラートが表示される。科学のない星で、このアラートを見ることになるとは。


「マーリンさんはいつもこんな感じなんです……。読心魔法の達人で……」

 とエリーが解説する。


 この不思議な世界での、私という存在がどのような役割を果たすのか、まだ見えてこないが、マーリンやエリーのような人物との出会いが、その答えを見つける手がかりとなるかもしれないと、ふと感じた。


「あっ……これこれ」


 私が思いふけっている間にも、エリーが特定の棚から一冊の本を慎重に取り出し、私に見せてくれた。表紙には勇敢な姿をした英雄の絵が描かれている。

 英雄レックス・バーン。それが、彼の名前らしい。


「このレックスという英雄は、今から3000年ほど前のエクリプティア紀元暦E.E.100年に数えきれないほどの武勲や伝説をつくって、今の帝国の基礎となる国をつくった方なんです……!!」


 エリーは目を輝かせながら語り始めた。


「……英雄、か」


 私は本を手に取り、ページをめくりながら、エリーの話に耳を傾けた。魔法と剣を駆使して戦うレックスの物語は、確かに壮大で、彼の勇気と決断力が伝わってきた。


「それで……どうですか、レックスと言う名前」

「……短くて呼びやすいし、記憶しやすいと思うが」

「そ、それじゃあ今日からレックス……と名乗るのはどうでしょうか?」

「……なに?」


 エリーの提案に、私は驚きを隠せない。名前を提案されるとは。

 彼女は私をただの迷い込んだ旅人ではなく、何か大きな可能性を秘めた存在として見ているのか?


「……確かに、Pb-X114は呼びにくい。それに、この星の文化を受容する面でもいいかもしれない」

 <自覚はあったの>

「それじゃあ……?」

「……今日からレックスと名乗ろう。だが、家名はどうすべきだろうか。家名も英雄と同じ名だと、途端に嘘になる」


 私は再び、深く考えこむ。


「……うぅむ」


 やはり名前など思いつかない。


「あっ、そ、それじゃあ……レックス・アルタイルはどうですか?」


 そう口にしたエリーの頬は、またしても赤色矮星のように赤かった。一体、どういった感情を感じているのか。


「……君の家の名をもらってもいいのか?」

「はい……!」


 エリーの瞼から覗く細い瞳が、私をまっすぐ見つめた。

 その夜空のようにキラキラとした瞳に吸い込まれそうになる。


「どうしたんですか? レックスさん……?」

「……い、いや。なんでもない」


 なぜだか私の胸は、ハビタブルゾーンを新たに発見したときのような、そんな不思議な高揚のようなものを感じていた。


「……そ、それより、私には君の父上の仕事を手伝う前にやらなければならないことがある。失礼する」

「あっ、ちょっ、レックスさ~ん」


 彼女の静止を振り切り、少し乱暴に木製の扉を開くと、私は力の限り走り出した。

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イセカイのスターゲイザー デンジャーゾーン小林 @Kotaroooo

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