第4話:家族

 夕暮れ時、エリーは私を家の居間へと案内した。

 家は村の外れにある、温かみのある木造の建物だった。居間では、心地よい料理の香りが迎えてくれた。エリーは私をダイニングテーブルへと導き、そこで待っていた家族に私を紹介した。


「こちら、私の母と父、それから妹です……」

「ふふ、いらっしゃい。私はエリーの母のリリア・アルタイルです」

「ふん」

「わたしミア!」


 エリーが言うと、母親は温かく微笑み、父は鼻を鳴らしてそっぽを向き、妹は好奇心いっぱいの目で私を見上げた。


 <こんにちはと言え!>

「……こんにちは」


 しかし、エリーの父は静かに私を見つめ、その眼差しには明らかに疑念が浮かんでいた。


 夕食は地元の食材で作られた様々な料理で、テーブルは色とりどりの皿で満たされていた。会話は弾み、エリーの母と妹は私にこの星の文化や習慣について質問を投げかけた。私は今までの経緯を説明し始めたが、エリーの父は依然として懐疑的な態度を崩さなかった。


「それで、あんたは空から落ちてきたわけだが」


 エリーの父が口を開いた。


「結局のところ、何者なんだ?」

「……少なくとも、この次元……この星に悪意がある者ではありません」


 と私は落ち着いて答えた。


「ふん、そうか」


 食事が進むにつれて、エリーの母と妹は私の話に興味を示し、質問を重ねた。しかし、エリーの父が時折私を見つめるその眼差しは、まだ完全には信頼を置いていないことを物語っていた。


「――家族というのは複雑だな。みなエリーのような見た目でエリーのような性格だと思っていたが」

 <バカ言え>


 夕食中、エリーの父の疑念が依然として空気を張り詰めさせていた。それを感じ取った私は、彼らの疑いを解消するために、自分の技術を披露することに決めた。

 料理を手にしながら、私は静かに立ち上がり、ポケットから小さなデバイスを取り出した。


「いきなりなんだ」

「……私が所持しているこの装置は、水質を改善することができます」


 と私は説明し始めた。デバイスを水差しに沈めると、透明な液体が一瞬できらめくように変わり、その場にいた全員が驚嘆の声を上げた。


 エリーの父は最初は半信半疑だったが、改善された水の味を確かめると、その表情に驚きが浮かんだ。


「魔法の類か?」


 と彼は鋭い眼光を私に向けた。


 水質改善のデモンストレーションが成功を収めた後、私は会話の流れを農業の話題に移した。


「……農作物の成長を促進する技術はいかがですか?」


 と私が言うと、エリーの家族は興味深そうに耳を傾けた。


「……この星の土壌と気候は非常に豊かなようです。様々な作物が栽培できる可能性を秘めています。しかし、時には天候不順や病害虫によって収穫が危ぶまれることもありますね?」


 と私が問いかけると、エリーの母が頷いた。


「ええ、特に今年は虫害に悩まされて……」


 とエリーの母が答えた。


「……土壌改善プログラムのサンプルです」


 と言いながら、私は小さな容器をテーブルに置いた。中には粉末状の物質が入っている。


「……恩は返します」

「安全なんだろうな?」


 エリーの父が、疑念を含んだ目でサンプルを眺めながら質問した。


「……もちろんです」


 と私は答える。


「土壌を改善する錬金薬や魔法はかなり高度で危険性もあると聞きますが……。それを使えば、私たちの畑はもっと豊かになるのでしょうか……?」


 エリーが興味津々で尋ねた。


「……さっきから聞く魔法とはなんです?」


 私はふと思い至った。


「魔法はこの星の日常に欠かせないもの……です。水の浄化とか、怪我の治療とか、病気の治療にも役立つんですよ……?」


 エリーが答えた。


「……その魔法について、もっと教えてもらえますか?」


 私はその話に深い興味を抱き、更に詳しい説明を求めた。


「くだらん」


 私が魔法に対し関心を示すと、エリーの父が私とエリーを交互に睨んだ。


「俺はまだその男の名前を聞いてないぞ」


 エリーの父のゴツゴツとした指が私を示す。まるで戦士階級のような指の太さだ。


「……私の名はPb-X114です」


 そう言うと、エリーの父は眉間に皺を寄せた。


 <お前に外交プログラムをインストールしておくべきだったよ>


 ゼフが私の脳みそに不快な刺激を与える。


「まぁいい。これ以上話しても飯が冷めるだけだ」


 エリーの父が仕切り直す。


「それじゃあ皆、手を合わせて」


 エリーの母、リリアがそう言うと、私以外の皆が静かに手を合わせ、目を閉じる。


「――何をやってる?」

 <多分、宗教的な儀式だろうなぁ。昔の地球人も似たようなことやってたんだぜぃ?>


 私がゼフと交信していると、一家が何かを唱えているのが聞こえてきた。


「……大空を照らす12宮の神々よ。大地の恵みをいただきます。私たちが享受するすべてのものに感謝し、この恵みを分かち合うことで、絆が一層深まりますように」

「「「「ソラリア」」」」


 全員がソラリアと唱えると、合わせた手をほどき、目を見開いた。

 そして、少し冷めた夕食を食べ始める。


「……これはなんだ? ちゃんと味がする。甘味……?」


 私も一家と同じタイミングで食事を始める。既に毒物が入っていないことは、スキャン済みだ。しかし、味のある食事は何十年ぶりだろうか……。


「それは母特製のジュニパーベリーパイですよ……?」

「気に入ってくれると嬉しいわぁ。どう、美味しい?」


 エリーとリリアの細い瞳が私に向く。これが遺伝というものか。


「……美味しい、と思う」

「ふふ、変なの」


 私の一言にエリーは微笑んだ。正直なところ、食事は栄養さえあればいいし、最悪摂取しなくても死なないのだが……考えを改めよう。

 これが美味いということか。


「飯を食ったなら、明日は働いてもらうぞ」

「お父さん……!」


 エリーの父が肉を頬張りながら言い、エリーが私を庇う。


「……わかりました。私もこの世界について色々と知りたいと思っていたので」

「ふん」


 コミュニケーションに疎い私でも、エリーの父によく思われていないことはわかる。


「あっ、そうだ……! 明日、朝起きたら私が働いている本屋さんに行きませんか……?」


 エリーが突然立ち上がり、私の手を握った。温かい。


「仕事には間に合わせろよ」


 エリーの父がエリーの肩に手をのばし、着席を促す。


「もちろんです……!」


 エリーが口角をあげて私を見つめた。

 なんにせよ、当分はこのルナリア村にとどまって情報を収集しつつ、今後の目標を決めよう。


 <お前、何か忘れてねぇ?>

「――なに?」

 <コックピットブロック>

「――あっ」

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