第3話:未知との遭遇

 静かな呼吸とともに意識が戻ってきた時、私――Pb-X114――は自分が全く異なる環境にいることをすぐに理解した。柔らかな布団の上、温かな日差しが差し込む部屋で、この星の知的生命体が私のそばに座っていた。

 彼女はウェーブのかかったショートヘアで、その夜空のように暗い黒髪が印象的だった。垂れ目がかりで細い瞳は、柔らかな好奇心と穏やかな知性を宿しているように見えた。


「こんにちは、どこか痛くはありませんか……?」


 彼女は前傾姿勢で少し照れくさそうにしながら、明るい声で言った。

 言葉の意味は理解できる。気を失っている間に、ゼフがナノドローンを飛ばして彼女の脳みそから言語情報を学習したからだ。


「――ゼフ、状況分析を」


 と私は頭の中でコマンドを出す。


 <おぅ起きたか。悪い報せがある。ナノマシンの65パーセントが出血とともに流れ出ちまった>


 ゼフがそう言うと、現在の状況を網膜に投影する。

 私の次元間探査用スーツ、通称ヴォイドウォーカーは、頭部、左腕、そして掌のリパルサーを全損失していた。最も重要な装備のいくつかを失ったことで、この未知の星での生存が一層困難になった。


「……まずいな」

 <いい報せは、この星の大気組成はプロキシマbとほぼ同じだってことだぜぃ>


 エリーは私の苦悶の表情を見て、何かを察したようだった。


「大丈夫ですか?」


 と彼女は尋ねる。私は彼女に言葉を返そうとしたが、心の中では失われたナノマシンとスーツの機能について考えていた。私がこの星に着陸した時の衝撃で、スーツの多くが損傷し、特にナノマシンが流出してしまったことは、回復に大きな障害となる。


「……あぁ。なんとか」

 <おどれぇたな。ナノマシンなしで傷が塞がってるぜぃ>


 だが、私が気を失っている間に、エリーと彼女の家族は、私の全身の傷を丁寧に手当てしてくれたようだ。プロキシマbとは異なるこの星の薬草が意外にも私の痛みを和らげ、なんとか命脈を保つことができた。


「……私はPb-X114。プロキシマ・ケンタウリb出身の探検家階級だ。この星には偶然不時着してしまってね」


 と簡潔に自己紹介をした。私の声は少し掠れていたが、エリーは真剣に聞き入ってくれていた。


「ぴーびー? あっ、私はエリー・アルタイルです。ここ、ルナリア村で生まれ育ちました……!」


 と彼女は少し照れくさい笑顔を見せながら、温かみのある声で応えた。


「ぴーびーえっくす114って、どういう意味があるんですか?」


 エリーは好奇心旺盛に私を見つめながら言った。まるで、未発見の星に生態系を見つけた探検家のような瞳で。


「……それは私の識別コード、名前だ。文化人階級とは違って人間的な名前ではないが」


 と私は説明した。


「階級? 階級制度があるんですか……?」


 エリーは首を傾げて問う。


「……私の出身惑星のプロキシマbでは、人々は階級によって役割が決まっている。汎用人工知能が治める社会でね」


 やはり、文明のレベルが異なるのか、エリーは先程から首を頻繁に傾けている。


「……人々はみな生まれてから18年経つと望む階級に配属される。文化人階級は人間生来の生き方をして、基本的な労働を行い、探検家階級は宇宙探査を担う。戦士階級は防衛を、科学者階級は研究を、官僚階級は社会の運営を担当している。私は探検家階級の中でも宇宙探査の他に別次元の探査を行うヴォイドウォーカーの役割も担っている」

「こことは……とても異なる世界なんですね……?」


 彼女の言葉に、私は頷いた。


「それで……プロキシマbって、どんな星なんですか……?」


 エリーが期待に満ちた声で、矢継ぎ早に尋ねた。


「……プロキシマbは、そうだな……、こことは違って自然はない。惑星全体がエキュメノポリス化されているからな」


 と私は答えた。


「えきゅめの……?」


 と彼女は目を輝かせながら言った。


 エリーはしばらく考え込んでいたが、やがて彼女の好奇心が再び顔を出す。


「プロキシマbでの生活はどうですか……? ご家族のこととか……。あっ、ご年齢とかご趣味とか……!」


「……家族? いない。人々はみな人工の子宮から生まれる。文化人階級は生殖で子どもを増やすことがあるらしいが。そうだ、生殖とは具体的に何をするか知っているか? 私には不要なデータなようで、詳しく知らないんだ」


 と私は語り始めた。なぜか、エリーは顔を赤色矮星のように赤くした。


 <顔を赤くした理由がわからんとはねぇ……>

「――お前はわかるのか?」

 <モチのロン>


 ゼフとテレパシーで交信し終えると、私は再びエリーに意識を向ける。


「……年齢は、確か118歳だ。趣味? 文化人階級以外の階級は趣味などもたない」

「……??」


 なにがおかしいのか。年齢か、趣味のことか。どちらにせよ、やはりこの星の人類と私の世界の人類は少し違うようだ。


「エルフ……ではないですよね……」

「エルフ?」


 エリーは首を傾げたり、腕を組んだり、口をぽかんとあけたりせわしない。


「それで……その鎧は……?」

「……外宇宙及び異次元探査用スーツ、通称ヴォイドウォーカー。ナノチューブ強化合金とナノマシンで構成されているものだ。珍しいか?」


 私がそう言うと、エリーが困った顔を浮かべる。

 探査用スーツやナノマシンについての話は、彼女にとって特に興味深いようで、細かい質問が次々と投げかけられた。

 その度に、私は不思議な感覚になる。言葉に言い表せないこの感覚は、きっと機械化の影響で抑圧された人間本来の感情なのであろう。


 <それが楽しみってやつさぁ、兄弟ぃ>


 よくわからない。


「ナノマシンって、具体的にどんなことができるんですか?」


 私の困惑を横に、エリーが興味津々で尋ねた。


「……傷の治癒を早めたり、体の機能を一時的に強化したりすることができる。ただし、今回のように大量に失ってしまうと、その効果も限定的になる」


 と私は説明し、スーツの損傷とナノマシンの流出による現在の状況を共有した。


「大変でしたね。でも、ここで新しい友達ができたんですから、少しは良かったこともあるんじゃないです……か?」

「……友達?」

「はい……友達」


 友達という単語はあまり聞かない。しかし、確かに脳の言語チップに記憶されている。


 <わからねぇか! オレ様とお前みたいな関係のこと! まぁオレ様たちは友達というより兄弟だな>


 なるほど。


「……では、そうだな。傷を癒してくれた君は友達、いやパートナーか」

「ぱ……パートナー……」


 また彼女の顔が赤色矮星のように赤くなる。


 <バカ>


 何か不味いことを言ったか。


「そそ、そ……それは置いておいて! あ、明日は私の家族や村の人たちと会っていただけませんか?」


 エリーが視線を合わせずに言う。


「……家族がいるのか! 面白い。わかった。こういう時は礼儀というものを尽くすべきだろうしな」

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