第12話
話をした後、二時間ほど組手をしてから単独での任務の準備がある優雅と別れた。
単独任務ってのは、言っちまえば上位種の怪異が発生したことによる弊害だ。
拠点を持つ上位種が発生すると、その群れの中位が方々に広がりだし、活性化して少しばかり事件が増えている。
俺たちが調査して帰還したことで、どうにか後手に回らずに済んだが酷いと、それだけで年間の死者数が倍になることもあったそうだ。
そういうこともあって一部の死越者は今、単独での任務を行いそれらを狩っている。
それと同時に調査任務の再発行もされている。
俺とクロスフォードが遭遇し持ち帰った情報はあるが、それとは別に奴があのショッピングモールを移動しないかを見張り、また活動の規則性を探る目的や中位の個体数の大まかな確認などで学園にいる第参位階以上の死越者が数十名派遣された。
クロスフォードと燈子が、今この任務に就いている。
じゃあ、俺は何をしているのかと言えば、待機だ。
こういった有事の際に幽鬼はとことん無力だ、と学園は判断したらしい。
まあ、当然の話ではある。
この間までろくに戦えなかったやつが、急に戦えるようになったと思う奴はいないし、せいぜい運良く生き残ったと思われるのが関の山。
それでも、一部には上位を相手に幽鬼が運良く生き残るなんてことがあるのか? と言われていた、とクロスフォードから聞いたが真相は今のところ俺と優雅しか知らない。あとは、大百足ぐらい、か。
まあともかく俺の生き延びた理由について周囲には現状、仮に運が介在しなかったとしても第漆位階を盾に逃げ延びたのだろうと言われている。
そのようなことをクロスフォードに言うと、彼女、めちゃめちゃに怒っていたが。
それで待機になったから、暇で暇で仕方のない俺は一応班の指導教官ということになっている人の部屋へと顔を出すことにした。
理由は単純。
「暇なので直談判しに来ました、教官」
「帰れ」
ノックして黒髪の美人が扉を開けてくれたと思った瞬間に閉められる。
「あの、教官?」
「……」
無視である。
まあ、無理もないというか予想出来ていたことではあった。
第拾壱位階という位階の高さと確かな技術に裏付けされた指導力を持ち、学園内外問わずに優秀なこの指導教官・鷹野沙織教官の唯一にして、最高の欠点とはとどのつまりこれだ。
仕事が嫌いなのである。
しかしながら、彼女に許可を貰わないことには俺は暇を持て余す。暇を持て余せば、生き残るために必要な経験を得る機会を損なう。これは由々しき事態であり、結構な損失なので、俺は手段を選ばないことにした。
軽く発声して喉の調子を確かめ、息を深く吸って声を上げる。
「さーおりちゃーん、あーそーぼー!」
「何を考えているんだお前!?」
ほら、すぐに出て来た。
「いや、だって沙織ちゃん話聞いてくれねえんだもん」
「だからって部屋の前で大声を出して人を呼ぶ奴があるか!」
「それはほら、沙織ちゃん神経質だろ。だから、腹が立って出てくるかなって」
「お前が無神経すぎるだけだ……!」
それはやってることがやってることなので特に否定しないが、別に本当に嫌なら無視すりゃいいのにと思う。
なんだかんだ、昔からこの人は優しいというかノリがいいのだ。
凡そ十年の付き合いになるが、俺や燈子たちがプライベートで教官って呼ぶと拗ねるしな。
顔を真っ赤にして飛び出してきた沙織ちゃん……もとい沙織教官には悪いが、このまま続ける。
「で、もしこのまままた帰れとか言われたその無神経な俺は、何するかわからんけどどうするよ」
「わかった。わかったから、ほら入れ」
「うっす、邪魔します」
「邪魔するならやっぱ帰れ」
なんて他愛もないやり取りをしながら、二人で教官室に入る。
その辺の椅子に腰をかけると、沙織教官は野暮ったそうに煙草を咥えて火をつけると、机の上に座る。
「教官、俺一応生徒なんすけど?」
「生徒である前に弟みたいなものだからいいだろ」
まあ、別に煙草の煙に嫌悪感あるわけじゃねえからいいけどさ。
この人が未だ独り身である理由が透けるな。
酔った時、燈子に絡んで結婚したいって泣いてた話、この人、自分で覚えているのだろうか。
少し呆れながら、沙織教官の様子を見守っているとやる気のない様子を隠しもせずに煙を吐き出して、彼女は口を開く。
「あと、部屋に入ったら教官って呼ぶな。敬語もやめろ」
本当に面倒臭いなこの人。
仕方ないと俺が頷くと、彼女は満足そうに頷いてから続ける。
「で、直談判っていうのはなんだ」
「いや、俺も単独任務行きてえなって」
「ダメに決まっているだろうが……」
呆れたようにそう言われるが、まあわかっていたことだった。
ただ、ここで引き下がるわけにもいかない。
鷹野沙織という実力者の一言があるだけで、この学園での動きやすさが変わる。
俺が今待機になっているのだって、どうせ彼女が何かを言ったからだろうしな。
今の状況で幽鬼は役に立たない。もっと効果的な場面で使うべき、とかそんなことを言ったんじゃなかろうか。
だから、ダメで元々。本当にダメなら諦めて、罰則覚悟で外に出りゃいい話だ。
「教官」
「だから教官と……」
俺の言葉を止めようとする沙織教官を無視して言葉を続ける。
「頼む」
真っ直ぐに目を見てから、そう言って頭を下げる。
しばらくそのまま顔を上げずにいると、大きなため息が聞こえて来た。
「……その様子ではダメだと言っても、勝手に外に出そうだなお前は」
わかってるじゃねえか。
「じゃあ……」
「ああ……だが、一人でも戦えるという根拠はあるのか? もしや、位階が伸びでもしたか」
少し期待した様子でそう聞いてくる彼女に俺は首を振る。
「いんや、計測器はエラーのまんまだ。ただ、存在の格は明らかに上がってるはずだぜ」
「ほう? 計測器では測れないのに、か?」
訝しげに聞いてくる彼女に苦笑しつつ、頷いた。
秘密の共有者は多い方がいいし、それが口の硬い相手なら望むべくもない。
「優雅に聞けばわかる。ただ、他言は……」
「ああ、事情はわかった。優雅から確認が取れ次第、お前には私から任務を伝えることにしよう」
やれやれ仕事が増えたな、とそんなことを言いながら、沙織教官は机に座り書類を用意し始める。言い草の割に嬉しそうだった。
その様子に安堵して、俺は椅子から立ち上がる。
「じゃ、そういうことで……」
「む、もう行くのか?」
「まだ体が慣れてねえから少し動したいんだ」
「ふむ……」
少し不満そうにしながら、仕方ないと言ったように彼女は頷く。
恐らく、この後任務前の優雅を呼び出してダル絡みするつもりだろう。哀れ優雅。合掌。
「じゃあ、教官また」
「ああ、またいつでも来い。あと沙織ちゃんと呼べ」
男気溢れる言葉と共に告げられた訂正に、ぶれねえなと思いながら教官室を後にする。
いい加減、身持ちを固めて落ち着いて欲しいなとそう思った。
汝、死を想え~最弱の死を越えし者、いずれ世界を変えん~ 高橋鳴海 @Narumi_TK
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