第6夜

その日の夜、俺は道化方さんにいわれた通りに部屋に向かった。部屋の前に立ちすくみはじめてからどれぐらいの時間が経っただろうか。もうすでに十分はこの部屋の前にいるような気がする。だが道化方さんは「おいで。」といっていた。行かなければどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。俺は深呼吸をして意を決してドアノブを回した。


「失礼します・・・。」


中に入ると道化方は椅子に座り、こちらに笑顔で手を振っていた。その後ろには纏と大和もいた。一瞬、計画のことを思い出しどきりとするがなんとか平然を装う。二人がなにも喋るなといっているようだったからだ。


「待ってたよ、蔵匿くん。」

「(俺はなにもやましいことはしていない。堂々としていればいいんだ。)遅くなりました。」


そう言い聞かせながらも、ばくばくと鳴る心臓をどうにか押さえつける。道化方さんに手招きされ、俺は机を挟んで向かいの椅子に座った。


「それで・・・俺に見せたいも」

「"Knell"。」


突如道化方さんから発せられた言葉に、俺の言葉は途切れた。その言葉に道化方さんの後ろにいた纏と大和は床に座り込んだ。少し肩が震えている。あの二人が怯えているようにみえて俺はますます混乱した。


「ん、おりこうさん。」


道化方さんはゆっくりと纏と大和の頭を撫ではじめた。道化方さんの言葉に、肩に力が入っていた二人の力が抜けていくようにみえた。だが膝の上で握りしめている手に力が込められているようでもあった。


「(これは一体何をしているんだ・・・。)」


纏と大和が道化方の足元に膝をついているという異様な光景に俺はただ、座ってみていることしか出来ない。できることなら目を逸らしたいが道化方さんから無言の訴えが聞こえてくるような気がした。君はそこで、みていろと。俺が動けないでいると道化方さんが椅子から立ち上がり俺の前にやってきた。思わず体を硬直させる俺に、道化方さんはにっこりと微笑んだ。そして俺の前でしゃがみこみ、その手袋に覆われた人差し指で俺の顎を軽く持ち上げた。


「この二人、僕のお気に入りって理由、話したことあるっけ。」

「な、ないです。」

「そうだったね!」


ぱっと手を離した道化方さんは再び椅子に戻る。今度はStripと呟くと、二人はゆっくりと立ち上がりお互いの服を脱がし始めた。


「僕がね、二人を気に入っている理由はね、」


二人が服を脱ぎだしているというのに道化方さんは気にすることなく話を続けた。目の前で起きている異様な光景に頭痛がしてくる。こんなの普通じゃない。


「僕に対して憎悪の心を抱いてくれているからだよ。」


そういって道化方さんは纏と大和の腰に手を添わせた。撫でる手つきは優しいのに、言葉はまったく優しくない。


「ここの従業員が暴れたときに対処できるように、み~んなに強制的に薬を使ってSubにさせたんだけど。」

「薬って・・・そんな聞いたことない。もともとDomとSubはもともと備わってる、」

「それがあるんだよ。ここをどこだと思っているんだい?」


問答無用で言いのけた道化方に、俺は息をのんだ。


「まぁ一種の性質誘発剤だよ。副作用はそこまでない・・・とはいい切れないか。まぁとにかく!ここのいる異業種が暴れたときの保険でみんなに投与していたんだよ。」

「それで暴れたら強制的に従わせて・・・?」

「うんうん!その通り!」


えらいえらいと褒める道化方さんの背後で二人はいつの間にか下着までに手をかけ始めていた。もうみていられないと俺は机へと視線を落としたが、机に投げ出された足が勢いよく落とされ、鈍い音が響く。


「・・・。」

「だめ。ちゃんとみて。じゃないと、この二人にもっと酷いことさせちゃうかも。」


俺はSubではない。なのでこれは拒否できる命令だ。だが今度は二人を人質に取られた。そういわれてしまうと、みないわけにはいかない。ゆっくりと顔をあげるとそこには何一つ身にまとっていない纏と大和がいた。


「んで、話を戻すけど誘発剤を使った従業員って基本的に僕に従順になるんだ~。心の奥そこにある恐怖心からかなぁ。だけどこの子たちは違った。」


纏と大和は腕を引かれて無理やり道化方さんのほうに引き寄せられた。道化方さんは纏と大和の背中をゆっくりと撫でる。


「僕に憎悪を向けているんだよ。仕事はきちんとしているけど、僕に対する憎悪の心は隠しきれていない。」

触って、撫でて、這わして、好きに動いて、まるで子供が玩具で遊ぶように無邪気に、そして決して子供がしない手つきで、

「だからこそ、僕はこの子たちを気に入っているんだ。僕にしかみせないその憎悪が、とても甘美だからね。」


そういいながら道化方さんは二人の首を掴み、机に押し付けた。


「"Stay"だよ、二人とも。できたらちゃ~んと可愛がってあげるからね。」


拒否をしたいはずなのに、性質から逃れられない。そんな二人の忌々しい気持ちを道化方は毎日浴びているのだ。だが本人はそれを望んでいる。なんて気持ち悪い。支配しているつもりが支配しきれていないこの状態を楽しんでいるのだ。こんな道化方さんが、俺は心底気持ち悪く思えた。


「だから蔵匿くんはいい子ちゃんだから、僕のお気に入りにはなれないね。」

「・・・残念ですね。」

「そうだね!あ、蔵匿くんも悪い子になる?そうだなぁ・・・例えば僕を陥れようとしているとか・・・さ。」


空気が冷えた感じがした。そして道化方さんの纏と大和の首を掴む手に力が込められた。


「知ってるでしょ。俺がいい子なのを・・・。」

「あはは!冗談!そんなわかりきっていることを改めて聞かないよ~。」


ぱっと道化方の手の力が緩み、纏と大和は解放される。


「君が悪い子になるのもみてみたいけど、いまは二人を可愛がるのを楽しむよ。あ、もっとみていく?ぼくはぜ~んぜん、オッケー!」

「遠慮しておきます。それじゃあ。」


一刻も早く部屋をでたかった俺は足早にドアへと向かう。二人をこの状況から連れ出そうとも思った。しかし、きっと俺が手を引いたところで二人はそれを望んでいない。二人が望むのは、道化方の墜落。なら俺がここですべき最善の行動は、


「道化方さん、楽しいショーありがとうございました。」

「またみたくなったらいってね。気分がよければ、みせてあげる。」


この人の目の前でいかにいい子を演じ、興味を失うかだ。

気まずさに俺は二人をみることができなかった。あんな大口叩いていたものの、故意とはいえ二人のヌードをみてしまったのだから。そんな趣味を持ち合わせていない俺にとっては二人の顔を直視することができなかった。だが二人はさも平然と部屋にやってくるものだから追い返えせない。


「あの・・・お体大丈夫でしょうか。」

「いまさらそんなかしこまらなくても。」

「俺たちは慣れてる。それにこんなことも今日で終わる。」


纏がいう今日で終わるというのは、今日が計画実行日ということだ。道化方さんを失脚させる日。


「協力者には説明してある。蔵匿くんも頑張ってくれよ。」

「わ、わかった。」

「そんなに緊張しなくても。」


そうはいってもやはり緊張する。この計画は成功しないと道化方さんに楯突いたということで、纏と大和の立場が危うくなる。もちろん他のスタッフも同様だ。いくら纏と大和が道化方さんのお気に入りだとしても、こればっかりはなにをされるもんかわかったものではない。二人の命運がかかっているのだ。失敗はできない。そんなことを考えているとふと纏の胸元に目がいった。道化方のコマンドを受け入れたあとが痛々しくついている。大和の足にも似たようなあとがついていた。


「大和ちゃんをいやらしい目でみたら絞める。」

「みていません。誤解です。」

「ごめんね、愚兄が・・・。」

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