第5夜

「お待たせしました。」

「・・・。」

「蔵匿くん、もう少し愛想よく笑え。」

「・・・こうですか。」

「まぁマシになったかな。」


道化方さんを今の地位から引きずり下ろす計画に協力することになったものの、仕事をサボる訳にはいかない。道化方さんに怪しまれないように振舞いつつ計画を練る必要があると纏はいった。そういわれるがまま客へドリンクを運んだりするが、二人のようにはスマートにはいかない。兄妹の連携はばっちりと決まり、次々とスタッフたちが運びこまれる注文を迅速に処理していった。


「お兄さん、相手してくださらない?」

「あぁ失礼レディ。あなたの手を取れないことを悔やみながら今夜を明かしますよ。」

「酒だけじゃなくて、君に相手をしてもらいたいな。」

「光栄だわジェントル。でも私はこのお酒以上に高いわよ。」


酒の注文以外にも、客のあしらい方もしなければいけないらしいが、きっと慣れることはないだろうなと他人事のように思った。客へのボディタッチを軽くいなし、そうかと思ったら誘うように耳元で囁き、そのままフロアへ去っていく。大和にさり気なく呼ばれ追いかけるようにフロアに出ていく。


「纏は?」

「一気に三人いなくなったら怪しまれるでしょう。」

「それもそうか。」

「兄さんならうまくやるから安心して、蔵匿くんはこっち。」

「はいよ。」


やや急ぎ足で大和は更なる地下へと俺を案内した。頑丈そうな扉の目の前につき俺は息を飲んだ。がちゃりと重い音がして扉が開く。扉をくぐるとそこは、暗い廊下だった。狭く長い廊下は、足元のカーペットで靴音は鳴らないようになっている。壁に備え付けられているランプの光を頼りに歩くと、突き当りには重厚な鉄の扉があった。


「ここは?」

「カジノのお金を保管している場所。いわゆる金庫室。」

「金庫室・・・。」


なぜ俺をこんなところに?と尋ねると、出し抜いた後にお金は必要になるでしょう?と淡々と彼女はいってのけた。いい方が強盗のそれだ。思わず顔が引きつった。カジノをまだ把握しきれていない俺は、仕事のほかにも覚えなくてはいけないことが多そうだ。


「計画当日は蔵匿くんが直接金庫を開けるなんて芸当はしなくていいわよ。」

「頼まれたとしても遠慮したいね。」


俺が肩をすくめたのと同時に彼女はもう一度俺の手を引いてフロアへ戻った。


「計画実行日は枢機さんが金庫を開けてくれるわ。」

「枢機さんってあの金属生命体みたいな?」

「オーナーにはコリゴリらしいわよ。話を持ち掛けたら喜んでって。」

「そ、そうか・・・。」

イメージは湧かないものの、大和がそういうのであれば信用するしかない。なんにせよ、信用できる存在が増えるのは心強いものだ。フロアに戻ると今度は纏と入れ替わるように大和は仕事へ戻った。俺は纏と一緒に部屋へ戻る。

「金庫室はみたか?」

「中身との感動の再会はしなかったけど。」

「そうか。」


纏は満足そうに頷く。纏は机の上に紙を広げる。どうやらこのカジノの見取り図のようだ。カジノは地下にあり、フロアを見渡せる場所にオーナーの部屋がある。

そしてさきほどみた金庫室はフロアのもっと下。カジノの下だ。


「計画のおさらいといこうか、蔵匿くん。」

「はいはい。」

「俺たちは道化方に勝負を挑む。」

「挑む。」

「その間に枢機と揚羽ちゃんが金庫室から金を運ぶ。」

「運ぶ。」

「道化方に勝利した俺たちは金と一緒にさようならってわけだ。」

「簡単にいうな。」


つまりは道化方を失脚させるために、金庫室の金と、矢嶋兄妹がカジノから脱走するということだ。お金と人が居なくなれば道化方は損失を出すだろうし、下剋上が成功すればカジノから追い出される。そして今働いているスタッフも開放されるだろう。でも驚いた。この計画に揚羽さんも絡んでいたなんて。道化方さんには少し怯えていたようだけれども


「でもカジノに警察が来たらやばいんじゃないのか?」

「そうなる前に退散しないとな。」

「脱出のタイミングとかあるのか?」

「そこは任せてくれ。」


纏は得意げにそういった。頼もしい限りではあるが、正直に言うと不安でしかなかった。そう計画といっているものの、結局のところオーナーである道化方とのゲームに勝たないとそもそも成り立たないのだこの計画は。


「ゲームに勝てる自信はあるのか?」

「さぁな。」

「んな随分余裕だな・・・。」

「流石にイカサマをしないと100%勝てるとはいえないさ。」

「まぁそりゃそうだよな。」

「だが、それでも十分勝算はある。」


纏は自信たっぷりにそういって笑った。道化方さんがどれほどの実力者なのかは目の辺りにしていないから知らないが、負けなしと聞いている。だけれども纏は勝算はあるといった。なんだかその姿が少し、カジノに来ている客たちを彷彿とさせた。


「(纏も大和も、そのほかのスタッフもここの空気に充てられてギャンブルというものに抵抗がないのか、それともそれすら楽しんでいるのか。)」

「この計画には蔵匿くんが必要不可欠だからな。頼んだぞ。」


纏はさぁ続きはまた今度と、なにごともなかったかのように仕事に戻った。俺は仕事をしている間も、フロア内を飛んでいる揚羽さんをつい目で追ってしまったりと、少し落ち着かなかった。計画を聞いて少し不安に駆られていたというのもあるのかもしれない。思わず酒をこぼしそうになった場面も何度もあった。その度に纏や大和がフォローはしてくれたが。ドリンクを何度もこぼしそうになっている俺を気遣ってか、今日はバーカウンター内でグラス拭き手伝いをしてこいと纏からいわれて、指示のまま俺は次々現れるグラスを拭いていた。

酒と香水と、煙草のにおいが充満する店内。客たちはスロットやカードゲームに興じている。時折みえる狂気じみた顔つきにここは本当に楽園と呼べるようなところなのだろうかと思った。フロアを見渡すと揚羽さんや狡兎さんの姿がみえ、二人ともにこやかな笑顔を携え、客への相手をしている。纏と大和もまさかあんな計画を立てている張本人とは思えない堂々たる素振りで仕事をこなしていた。


「狂気の中に潜むものは本物の狂気・・・。」

さも当たり前に動く皆の姿をみて、俺はなんだか怖くなった。


「やぁ~、蔵匿くん!」

「わ!?」


ぼぅと考えごとをしている間に急に呼びかけられたものだから思わずグラスを落としそうになったが、俺の手よりさきに伸びてきた手首にグラスは収まった。道化方だ。


「びっくりした・・・。」

「ごめんごめん!ちょっと、力加減を間違えちゃった!」

「力加減って・・・。怪我したらどうしてくれるんですか。」

「あっはっは!」


屈託なく笑う道化方さんに対して、俺は冷や汗ばかりかいている。自然にふるまえただろうか。計画を気づかれていないだろうか。ばくばくを鳴る心臓を無理やり抑え込むようにして、道化方さんのほうへ顔を向けた。


「それで俺に何か御用ですか。」

「う~ん。君は随分変わっているなと思ってさ。」

「変わっている。」

「だってさ、普通はもっと取り乱すものだよ。友人の代わりに借金を返す羽目になり、こうして裏の世界に足を踏み入れてしまった表の人間だったら、本来はもっともっと醜く取り乱す。僕がみてきた人間はそういう奴らばっかりだったのに。蔵匿くんは素直にそれを受け入れた。」


十分、変人といえるよねと怪しく笑った道化方さんに俺は引きつった笑みしか返すことが出来なかった。道化方さんの言葉に俺は、確かにそうだ。と妙に納得してしまった。もともと自分が作った借金でも何でもないのに、なぜ俺はここにいるのだろうか。いや、俺をここに連れてきた張本人から言われているというのに、いまさらになってなんでこんなことをいうのだろうか。だったら最初っから連れてくるなという話だ。なんてことを本人を目の前にして言えるわけなかった。


「そう、ですかね・・・?」

「うんうん!普通はね、友人でもない他人のせいで巻き込まれたらね、弁護士を呼ぶなり警察に行くなりして身の安全を確保しようとするもの。わざわざ危険な仕事をしようとするなんてさ。」

「(だから、それはあんたがそうさせるしか道がないと言ったからで。)」

「事なかれ主義者なのか。それともよっぽどのお人よしなのか。・・・それとも君のピエロなのか。」


道化方さんのその言葉に思わず俺はグラスを落としてしまった。


「怪我しなくてよかったね。・・・蔵匿くんはとてもぼくのお気に入りにはならないけど、評価はしてあげたいなと思うよ!」

「は。はぁ。」

「そんな頑張っている変人の蔵匿くんを労わってあげようと思ってさ。」

「あ、ありがとうございます・・・。」

「お仕事が終わったら僕の部屋においで。君だけの面白いショーを用意して待っててあげる。」


約束だよ~と道化方さんはそういってバーカウンターを離れた。嵐が去ったようだと思いつつ、俺はその場にしゃがみこんだ。ひとまずは怪しまれなかっただろうかと頭を抱える。にしても面白いショーとはなんだろうか。とても嫌な予感しかしない。だが変に断って勘ぐられるのもよくない。そう思い俺は落ちたグラスの破片を拾い集めた。

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