星の言葉

高黄森哉

新しい星


 宇宙飛行士が、とある星に不時着した。宇宙船のエンジンが、宇宙を飛び回る宇宙鳥という生き物を吸い込んでしまい、推進力を失ったためだ。


 彼は今いる星が、一体どんなところなのかを、船内に搭載されたコンピューターで検索し始めた。いいニュースと悪いニュースが同時に判明したが、総合的に見れば、さほど悲観的な状況ではなさそうだ。


 いいニュースの一つ目は、この星の大気が地球とそう変わらないこと。だから、彼は宇宙服を脱ぐことが出来た。肺いっぱいに空気を吸い込む。それは地球の排ガスにまみれた大気より、ずっと新鮮だった。


 いいニュース二つ目は、この星に知的生命体が存在していること。また、この星の知的生命は、完全に無毛であり、緑の肌であり、両生類のような、つるんとした皮膚を持ち合わせていることを除けば、人間に似ている。


 それに、知的生命というくらいだから、ロケットの技術も保有している。惑星間航行は出来ないかもしれないが、宇宙船のエンジンを修理するくらいなら可能な文明レベルであるとのこと。修理の見返りは、宇宙船の技術でよいはずだ。


 たった一つの悪いニュースは、彼らの言語が完全には解明されていない、ということだった。だから、翻訳デバイスは使用不能である。つまり、船内にある、言語理解マニュアルに沿って、彼らの言葉を一から理解しなければならない。


 大丈夫。このマニュアルは、宇宙一の言語学の大天才が著した、宇宙一の大傑作である。解読法は言語行為にとどまらず、関節話法などの非言語行為にも対応している。それどころか、かの難解な非意識的コミュニケーション法にまでも応用可能なのだ。


 最初の接触は、小さな村で行うことにした。もし、都市部で行えば、メディアなどに付け回され、利用されたうえ、事実を歪曲され、不利になる危険がある。事実、それが原因で処刑された宇宙飛行士も存在する。


 さて、この星の住人は、とても善良であった。全ての村民は、礼儀正しく丁寧であり、彼に対して、常に最大限の理解をするよう取り計らっていた。言語や文化は、地球人の目線からでは、特別なもの、異常なものは、なにもない。


 だからか、言語理解はトントン拍子で進んだ。科学的なほど複雑な会話を出来るようになるには、それでも一年はかかってしまう。が、むしろ一年でここまで習得できたと思うべきだ。


 宇宙船は、村民たち総出で押してもらった。彼らの星にある最高峰の宇宙基地は、幸運なことにこの村から、さほど離れていないところであった。道中、山賊に襲われることもなかった。そもそもこの星に山賊という行為は存在しないらしい。


『おっ。見慣れない生き物だな。橙色の肌、頭部などにやや残る体毛、発達した頭部。おそらく彼は宇宙人だろう』

『確かに。きっとはるばる遠くから来たに違いない。おや、あれは宇宙船ではないか。エンジンが壊れているぞ。直してやなればならない』


 基地の科学者は、こちらへ、地を這って、やってくる宇宙船を眺めながら、そんな会話をした。


『さて、彼ないし彼女は、我々の言葉を理解できるだろうか。残念なことに我々は翻訳機はまだ持ち合わせていない。彼ないし彼女が、我々の言語を解することを期待しようではないか』


 科学者と宇宙飛行士は、まず握手を交わした。

 宇宙人である彼は、大丈夫、と自身に言い聞かせた。そうだ、一年間も勉強したではないか。完璧といわないまでも、内容に支障がでることはない、と言い切れる段階まで、この星の言葉を理解した。少なくとも、内容に関しては完全である自信はある。イントネーションも完全で、同音異義語の区別を明確に付けられる。

 彼は息を吸って、彼の境遇を話し始めた。


『おらは、でーれー、とーい、場所から来たんでね。そーで、とーい、でんれいの、宇宙船がば、よんどれで。そんで、かいしょいのおかみが、そんじょるでね。わいさんは、どうでっせてか、やーれーの、やーれーの』


 トキ族の方言だな。これは、解読までに時間がかかるぞ。この星の科学者は、そう思った。

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星の言葉 高黄森哉 @kamikawa2001

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