12月24日【再配達】
北風が、びゅうびゅう吹いています。
今年の冬は、本当に暖かい冬でした。暖かく、そのためにあらゆるものの歯車がほんの少し狂ってしまった、そんな冬でした。
けれどもう、宇宙の果ての扉は開かれたのです。扉から吹き出でる北風は、真っ当に寒い冬を、連れてきてくれるでしょう。
いよいよ、再配達です。暖かい冬に迷ってしまったお手紙たちを、冬にふさわしい北風に乗せて、配達しましょう。
石炭の局員さんの鞄は、これ以上ないくらい膨らんで、今にもはちきれそうです。たくさんの封筒が、ここに詰まっています。
「皆さんにも、配達を手伝っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
局員さんの言葉に、ゆみこさんは、もちろんうなずきます。なにせ、ここは北風ゆうびん休憩所。北風郵便局の分室なのですから、お手紙を配達するまでが、お仕事なのです。
「ここまで来ちゃったんだ。おれも、手伝いましょうかね」
と、オパールの人が櫂を掲げて言いました。封筒を束にして縛って、オパールの舟に積み込んで、窓から空へ漕ぎ出しました。川や海の方面へのお手紙は、オパールの人に任せてしまって大丈夫でしょう。
「吾輩も、もちろん、手伝うぞ。王様というものは、人の上に立ってふんぞり返ってばかりでは、いかんのだ。時に自ら労働し、民を助ける王様こそ、真の王様なのである」
メレンゲの王様も、真っ白な封筒ばかりを束にして担いで、そう言いました。
「白いもの、甘いもの、ふわふわなものたちのお手紙は、吾輩に任せるがよい」
そして、なんと、昨日作ったショートケーキのクリームの上に、ぴょんと飛び込んだではありませんか。
クリームはひしゃげてしまう……かと思いきや、メレンゲの王様と真っ白な封筒たちは、真っ白なクリームの中に、すっぽりと消えてしまいました。
ああして、分厚いクリームの層に潜り込んで、どこか別の場所にあるクリームの中から、ひょこりと姿を現すに違いありません。白くて甘くてふわふわなものたちのお手紙は、王様に任せて問題なさそうです。
白いものを任された王様を見て、お馬さんも、気合充分に立ち上がります。
「では私は、真っ黒なお手紙の配達を請け負いましょう」
メレンゲの王様が真っ白担当ならば、真っ黒なお馬さんが真っ黒担当なのは、当然のことと言えましょう。
お馬さんは、真っ黒な封筒を束にして、体にくくり付けました。そして、お部屋の隅の、影になっている暗がりへ、すうっと消えていきました。
「みーちゃんも、手伝おうっと」
みーちゃんも、ぐーっと背伸びをしながら言いました。二、三枚ほどの封筒を持ちますと、みーちゃんは、家具の隙間にするっと入っていってしまいます。そして、しばらくしたら、またするっと戻ってくるのです。
猫というものは、そうやって、狭い隙間から、思いもよらない場所へ移動するものです。例えば路地裏や、物置の中なんか、狭い隙間がたくさんある場所への配達は、みーちゃんは大得意なのでした。
みんな、それぞれ得意な方法で、配達のお手伝いをするようです。ですが、ゆみこさんは困ってしまいます。
「どうしましょう。私は、足が悪くって。配達では、お役に立てないかもしれません」
ゆみこさんは、バイクも舟も持っていませんし、白いクリームの層に潜ることも出来ませんし、暗がりに溶けることも出来ませんし、狭い隙間を通り抜けることも出来ないのです。
何の役にも、立てないかも。ゆみこさんはそう思ったのですが、石炭の局員さんは、「おや、何をおっしゃいます」と、きょとんとします。
「ゆみこさんには、大の得意の、あれがあるじゃありませんか」
次にきょとんとするのは、ゆみこさんの方です。大の得意の、あれって一体なんでしょう。
分からないでいるゆみこさんに、男の子が、あるものを持ってきて見せました。それは、毛糸の玉と、編み棒です。
「ほら、クリスマスのプレゼントって、靴下の中に入っていることが多いでしょう。靴下というものは、足だけでなく、あらゆるものを受け入れる性質があるからなんですよ。
ようやく北風も吹き始めて、冬らしく冷え込んできたことですし、靴下も、内側に受け入れるべき何かを、探していることでしょう。それに、今日はクリスマス・イブです。靴下たちは、贈り物を届けようと、張り切っているはずです。ですから、ゆみこさん」
石炭の局員さんは、ゆみこさんに、一通の封筒を持たせました。
「それを、靴下へ入れてごらんなさい」
ゆみこさんが手にした封筒は、可愛らしい、ひよこのような黄色の封筒です。かすかに、淡く甘い、お花の香りがします。たくさんの封筒を仕分けたゆみこさんには、すぐに分かりました。これは、春の新一年生がかぶっている、黄色い帽子のお手紙です。
これにふさわしい靴下は、どれでしょう。ゆみこさんは、ゆみこさんが編んだたくさんの靴下の中から、それらしいものを選びます。選んだのは、桜色の靴下です。
封筒の四隅が折れ曲がってしまわないように、ゆみこさんは慎重に、靴下の中に封筒を入れました。そうしますと黄色い封筒は、毛糸の編み目に溶け込むように、じんわりと消えていったのです。
「行くべき場所へ行ったのですよ」
ゆみこさんは、封筒の消えていった靴下を見つめ、毛糸と編み棒を見つめ、そして自分の手を見つめました。
「それでは私にも、配達のお手伝いが出来るんですね」
そう言ったゆみこさんに、石炭の局員さんは、微笑みながらうなずいてみせます。「そうですか」と、ゆみこさんも笑いました。
さあ、そうと分かりましたら、あんまりのんびりはしていられません。
なんと言っても、クリスマスは明日なのです。急がなくては、クリスマスまでに、配達し終えられません。封筒は、文字通り、山ほどあるのですから。
男の子が、ゆみこさんのお手伝いをしてくれます。ゆみこさんが、封筒の山から一通を取りますと、男の子が、配達に適した靴下をひと組探して、ゆみこさんの元まで持ってきてくれます。
夜のように真っ黒な封筒には、同じように真っ黒な靴下を。ピンク色の封筒に、可愛らしいハートのシールが貼ってあるものには、レース飾りのついた真っ白な靴下を。茶色と白の、手触りが柔らかくて温かい封筒には、赤い靴下が最適です。
いったい、何のお手紙なんでしょう。誰に、どんなことを伝えたいお手紙なんでしょう。ゆみこさんには、さっぱり分かりません。
だけれど、どこかにこのお手紙を出した誰かがいて、伝えたい何かがあった、それだけは確かなのです。そのお手伝いが出来ることを、ゆみこさんは、心から嬉しく思うのです。
封筒の山は、見る間に減っていきます。みんな、ゆみこさんのお家と、それぞれの配達担当エリアを、何度も何度も往復します。
北風の後押しがありますので、配達はすいすい進みます。宛先を忘れてしまっていたお手紙たちも、冷たい風にぴしゃりと叩かれますと、「あっ」と言って、自分のことを思い出したりするのです。
「さあ、さあ、あと少し。もう少し」
石炭の局員さんが、頬を真っ赤に赤熱させながら、言いました。あっちこっちへバイクを走らせて、忙しいったらないのです。ですが、あと少し。もう少しで、配り終えます。
ゆみこさんの担当する山も、ずいぶん低くなってきました。あと数通を靴下の中に入れましたら、再配達は終わります。
封筒を靴下の中に入れながら、ゆみこさんがふと顔を上げますと、男の子が泣いているのが分かりました。下唇を噛んで、声も出さず、静かに涙を流しているのです。
何か声をかけようと、ゆみこさんが口を開きますと、ゆみこさんが何か言うより早く、男の子は「ちがうよ」と言いました。
「悲しいんじゃないんだ。嬉しいんだよ。みんな、ようやく、届けられるんだって思ったら」
涙が、男の子の頬を伝って、顎に垂れ、足元へ落ちました。男の子の、凍り付いた両足を包んでいる、ゆみこさんの靴下の上へ。涙は落ちて、沁み込みます。
「迷子は、寂しいからね」
そう言って、男の子が差し出した封筒が、最後の一通でした。あれほど山になっていた封筒たちは、みんなきちんと、届けられたのです。
ゆみこさんは、男の子から封筒を受け取って、それをじっくりと観察します。紺色の、ざらざらした手触りの封筒です。赤い蝋で封がしてあります。
顔を上げて、男の子を見ますと、男の子は頬に涙のあとを残したまま、笑いました。
「おれも、届けてもらえるかな」
それは、祈るような一言でした。「ええ、もちろん」と、ゆみこさんはうなずきます。男の子は「よかった」と言って、ゆみこさんの腕の中に、飛び込みました。
腕の中の、寂しい少年を、ゆみこさんはいっぱいいっぱい抱きしめます。男の子も、ゆみこさんをいっぱいいっぱい、抱きしめ返します。
「ゆみこさん、だーい好き」
その言葉を最後に、男の子の姿は、煙のように消えてしまいました。
けれど、姿は見えなくなっても、ちゃんとここにいることを、ゆみこさんは知っています。
明日、この封筒を、届けに行きましょう。また受け取り拒否をされてはいけませんから、直接渡しに行こうと、ゆみこさんは決めたのです。この封筒が、あの男の子が、誰に宛てたお手紙なのか、ゆみこさんには何となく、分かっているのでした。
赤い封蝋の、紺色の封筒を、ゆみこさんは大切そうに両手で持って、胸に当てます。封筒はじんわりと温かく、今にも、「ゆみこさん、だーい好き」と、男の子の声が聞こえるようでした。
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