12月21日【クリスマスパーティ】
それから、たった半日足らずで、宇宙の果ては、見事に様変わりしました。
話し合いにより、クリスマスパーティの会場は、ゆみこさんのお家に決定しました。玄関に『北風ゆうびん休憩所』の看板が出ていた方が、お手紙たちも集まりやすいだろうとの、局員さんの提案です。
そうと決まれば、まず、張り切ったのは椎の木でした。石炭の局員さんが、椎の木をお庭に出しますと、椎の木は、ここぞとばかりに大きく背伸びをします。ぐん、ぐん、ぐんと、ゆみこさんが見上げれば見上げるだけ梢を伸ばし、高く、どこまでも伸びていきます。
こんなに大きなクリスマスツリーを、ゆみこさんは、見たことがありません。ゆみこさんだけでなく、もちろんほかのみんなも、宇宙の果てからはみ出しそうなくらい大きなクリスマスツリーなんて、初めて見るのです。
これならきっと、どこからだって見えるでしょう。ここでクリスマスのお祝いをしていますよと、皆さんに教えるのに、ぴったりです。
そしてもちろん、クリスマスツリーには、オーナメントが必要です。ゆみこさんのお家の落とし物箱から、たくさんの落とし物たちが、ぞろぞろと出てきました。片っぽ靴にキーホルダー、レースのハンカチ、松ぼっくり。おのおのの光を放ちながら、椎の木の枝を上っていきます。
暗い宇宙に光を放ちながら、彼らは呼びかけます。みんな、おいで。迷子の子、落とし物の子、忘れられた子、手離された子。みんな、おいで。パーティをしよう。
落とし物たちの光は、星の瞬きの中に混じり、彼方へと呼びかけます。
さあ、おいで!
それから、オパールの人も、手伝ってくれました。舟で天の川あたりまで漕ぎ出して、網いっぱいの星雲を取ってきてくれたのです。
取ってきた星雲をお鍋に入れて、くつくつ煮詰めますと、光にとろみが出てきます。それを、クッキーの型に流し込んで、冷やして固めて、オーナメントの出来上がりです。
これもまた、椎の木を飾り付けるのに使うのです。星雲の光をまとって、椎の木は、青白くぼんやりと輝きます。
あんなに真っ暗だった宇宙の果てが、次第に、光に満ちていきます。光は、たったひとつの言葉を伝えるために、遠い地上へと降り注ぎます。
さあ、おいで。迷子の子、落とし物の子、忘れられた子、手離された子。
みんな、おいで!
キンコーン。この日、最初に玄関のチャイムが鳴ったのは、ちょうどミンスパイが焼き上がったころでした。玄関の前には、茶色のマフラーを巻いた、リスの兄弟が立っています。
「ぼくたち、迷子なんです」
「それで、星の光がね、迷子の子はここまでおいでって、呼びかけて来たから」
ゆみこさんは、彼らをお家へ招き入れました。リスの兄弟たちは、初めはもじもじしていましたが、子供たちに遊びに誘われますと、次第に打ち解けて、笑うようになりました。窓から見える大きなクリスマスツリーに大はしゃぎしたり、クリスマスキャロルを歌ったり、結露の魚を追いかけたりして、子供たちとリスの兄弟は、たくさん遊びました。
たくさん遊んでお腹がすいたら、ご馳走だってたくさんあるのです。リスの兄弟は、クルミのパンを仲良く、分け合って食べました。
ひとつのパンを半分にしなくたって、パンはふたつあるのだから、ひとつずつ食べたら良いのに。ゆみこさんがそう言いますと、リスの兄弟は首を振って、「これが良いんです」と言うのです。
リスの兄弟は、なんでも半分こに分け合います。はちみつのたっぷり溶けたホットミルクも、イチゴのジャムが入ったマシュマロも、ゆみこさん特製の靴下(小動物に合わせた大きさの、小さな靴下)ですら、一足ずつ分け合って履くのでした。
ひとつのものを分け合って、幸せそうなリスの兄弟に、石炭の局員さんが手招きをしました。兄弟は何もかも分かっているふうに、局員さんのもとへ行きますと、揃ってぺこりとお辞儀をします。
「こんにちは、郵便屋さん」
「こんにちは」
石炭の局員さんも、丁寧に、お辞儀をします。
「こんにちは、リスのお手紙たち。今年は配達が遅くなって、あなたたちを迷子にさせてしまって、すみません。でも、もう大丈夫。ようやく、北風が吹き始めました」
リスの兄弟は、安心したように笑いました。
「では、ぼくたちも届けられるんですね」
「ようやく、伝えられるんだね。残った兄弟たちに、がんばってねって、言えるんだね」
それから、リスの兄弟たちは、ゆみこさんの方を振り返って、ゆみこさんにもお辞儀をします。男の子と、みーちゃんにも、お辞儀をします。
「パーティ、とっても楽しかったです。ありがとう」
「いっしょに遊んでくれて、ありがとう」
そう言ったかと思いますと、ぱたり。リスの兄弟は忽然と消え失せて、あとには茶色い封筒が二通、落ちているのでした。
石炭の局員さんは、封筒を拾い上げて、革の鞄にしまいました。みーちゃんが、寂しそうに、にゃーんと鳴きました。
キンコーン。次の来訪者は、黒いドレスを着た、貴婦人ふうの女性でした。ゆみこさんがお家に上がるよう勧めると、貴婦人は女優さんのように優雅な動きで、しゃなりしゃなりと歩き、リビングへと上がります。
「素敵なところね」
ゆみこさんがお出しした紅茶を一口飲んで、貴婦人が言いました。鈴の音のような、耳に心地の良い、可愛らしい声です。
「お恥ずかしながら、あたくし、行く宛てをすっかり忘れてしまったのですけれど、こんな素敵なパーティにお呼ばれされるんなら、さ迷ったかいがあったというものね」
「それは良かった。どうぞ、楽しんでいってくださいね」
ゆみこさんの言葉に、貴婦人は「あら」と声を立てて笑います。
「あたくしが楽しむのでなくて、あたくしが、人を楽しませるんですのよ」
そして、すっくと立ちあがります。そして、胸のあたりに手を当てますと、堂々と、歌い始めたのです。彼女の喉から出る音は、人の声ではなく、美しいバイオリンの音色でした。バイオリンだけではありません。あらゆる弦楽器、金管楽器、木管楽器、打楽器、鍵盤楽器の音が、同時に溢れ出るのです。
「すごおい」
みーちゃんが、お耳をぴくぴく動かしながら、貴婦人の歌に聞き入ります。まるで本物のオーケストラ楽団が演奏しているような、迫力のある音楽が加わって、クリスマスパーティは、いっそう豪華になりました。
貴婦人は、リクエストされれば、どんな音楽でも奏でてくれます。ゆみこさんが、昔好きだった歌謡曲をお願いしますと、アコースティックギターとオルゴールの音色で、美しくアレンジして演奏してくれました。
男の子とみーちゃんのリクエストで、クリスマスおめでとうの歌は、お洒落なジャズふうに。お馬さんのリクエストで、交響曲第九番は高らかに、壮大に。
オパールの人は、ゆみこさんの聞いたことのない曲をリクエストしました。その曲は、ゆみこさんの知らない楽器の音色で奏でられたのですが、それは不思議と心に染み入る、懐かしい音色でした。
メレンゲの王様は、「メレンゲを讃える歌を歌うが良いぞ」と、なかなか無茶な注文をしました。しかしそんな無茶にも、貴婦人はしっかり応えてくれるのです。
オーケストラの楽器を総動員して、豪華に高貴に壮大に奏でられた「メレンゲは素晴らしいの歌」に、メレンゲの王様はたいへん感動し、自分の頭の上に乗っているメレンゲの王冠を、貴婦人に与えたのでした。
貴婦人が歌い終わるたびに、万来の拍手が巻き起こりました。ゆみこさんたちだけでなく、椎の木を飾っている落とし物たちも、拍手喝采をするのです。
頬を紅潮させて、本当に幸せそうに笑う貴婦人に、石炭の局員さんが手招きをしました。
「そうね」と、貴婦人がうなずきます。
「あたくし、宛先を思い出したわ。もう大丈夫。伝えてくるわ。大好きよ、って」
そして、くるりと回りますと、古びたレコード盤になりました。そしてもう一度、くるりと回り、真っ黒な封筒になりました。
石炭の局員さんが、封筒を拾い上げて、革の鞄にしまいます。パーティを彩っていた音楽がなくなって、寂しい……かと思いきや、革の鞄から楽しげな音楽が漏れ出してきて、みんな、笑ってしまいました。
そんなふうに、たくさんの迷子たちが、宇宙の果てまでやって来ました。またしても、ゆみこさんの作戦は大成功なのです。
宛先を忘れたり、自分が誰なのかを忘れたりしたお手紙たちは、心細い中に、大きなクリスマスツリーを見付けます。楽しげな声と音楽、美味しいお料理の香りに導かれて、パーティにやって来たお手紙たちは、楽しく過ごす間に、自分の形を取り戻すのでした。
自分はいったい何だったのか。どこへ行くはずだったのか。誰に、何を伝えたかったのか。
お家の中には、革の鞄に入りきらなくなった封筒が、次第に、山積みになっていきました。それらはみんな異なる色合い、異なる手触り、異なる蝋封の封筒たちで、世の中にはこんなにお手紙が溢れているのねと、ゆみこさんは感心してしまいます。
みんな、誰かに伝えたいことがあるのです。実体のあるものも、ないものも。生きているものも、そうでないものも。みんな、誰かに何かを伝えたくって、お手紙を出すのです。
キンコーン。また、チャイムが鳴りました。迷子のお手紙たちは、もう山ほど訪れています。まだ、迷子の子がいたのね。ゆみこさんはそう思って、急いで、玄関のドアを開けました。そうしますと、
「こんばんは、ゆみこさん。遅くなってすみません」
そこに立っていたのは、なんと、長江商店のヨシオさんでした。そういえば、今日は木曜日。長江商店の、配達の日です。
「まあ」
ゆみこさんはびっくりしてしまって、「まあ」の後に続く言葉を忘れてしまいました。ゆみこさんの背後のリビングで、がたがたがたんと大きな物音がしましたから、きっとみんな、慌てて隠れたのでしょう。
玄関ドアの外は、真っ暗。でも、ヨシオさんは平然と、宇宙の果てに立っています。長江商店の配達トラックも、宇宙の果てに、停まっています。
「いやあ。なんだか今日は、道に迷っちゃって。ゆみこさんのお家なんて、何百回も来ているはずなのに、今さら道に迷うなんて変でしょう。でも、どうしても着かなくって、あちこち迷って、遅くなってしまいました」
「いいえ、それは構いませんけれど……」
なんということでしょう。ヨシオさんは、道に迷いながらも、なんと配達トラックで、宇宙の果てまで来てしまったのです。
長江商店は、この町に古くからある商店で、何でも売っていることや、どこにでも配達してくれることで、有名ではありますけれど。まさか宇宙の果てまで配達に来てくれるなんて。そりゃあ、大手スーパーの系列店ですら、敵わないはずです。
ゆみこさんは、ヨシオさんをお家へ招き入れて、温かい紅茶をご馳走しました。ヨシオさんは、お家の中を見回して、「ほお」と感嘆します。
「これはもしかして、クリスマスの飾り付けですか。そういえば、お庭にクリスマスツリーが出ていましたね」
「ええ。今年は子供たちがいますもので、張り切ってしまいまして」
「なるほど。こんなにたくさん封筒があるのは、郵便局のボランティアの関係ですか。あ、どうも、初めまして」
ヨシオさんはそう言って、お茶を飲んでいた石炭の局員さんに、「長江商店の、ヨシオです」と挨拶をしました。
ヨシオさんにはきっと、局員さんの真っ黒な姿は、何の変哲もない人間の姿に見えているのでしょう。「急に寒くなって、配達業には堪えますねえ」なんて、世間話をしています。
「ねえ、大丈夫なの」
男の子が、ゆみこさんのカーデガンの裾を引っ張って、声を潜めて言いました。深刻な表情ですが、けれど、その声は少し笑っています。
「みんな、ちゃんと隠れてるけどさ」
男の子の言う通り、秘密のものたちは、きちんとその秘密を守っているのです。
椎の木のクリスマスツリーは、ヨシオさんが見ていないときは、宇宙の果ていっぱいにその枝を伸ばしていますが、ヨシオさんが窓の外を見ますと、当たり前のクリスマスツリーの大きさにシュンと縮みます。
メレンゲの王様とオパールの人は、クリスマスのオーナメントのふりをして、壁飾りと一緒にぶら下がっていますし、お馬さんは、大きな馬のぬいぐるみになって、ソファに鎮座しています。
くすくす、笑い声が聞こえます。どうやらみんな、隠れんぼを楽しんでいるようです。この調子だったら、大丈夫でしょう。
ゆみこさんの勧めで、ヨシオさんは、ゆみこさんのお家に泊まることにしました。また道に迷いながら、宇宙の果てから帰るには、ちょっと時間が遅すぎますから。
ヨシオさんも、そう思ったのでしょう。「では、お言葉に甘えて」と言って、一緒に夜ごはんをいただきました。
寝るときは、やっぱりリビングに毛布を敷いて、ヨシオさんは男の子の隣に寝転びました。男の子は、意外にも嫌がらず、むしろヨシオさんの腕に引っ付いて、寄り添って一緒に眠ります。
「なんだか、子供のころを思い出すなあ」
静かな部屋で、ヨシオさんが言いました。
「ほら、子供って、想像力が豊かでしょう。自分が眠っている間に、本当はぬいぐるみたちは動いて喋ってるんじゃないかとか、クリスマスツリーがものすごく大きくなってるんじゃないかとか、そんなことを想像して、わくわくしたもんですよ。クリスマスって、何か特別なことが起こるような、そんな気がしたんです」
「そうですね」と、ゆみこさんは答えます。
「でも、案外、その通りかもしれませんよ。ぬいぐるみやおもちゃも、クリスマスツリーのオーナメントも、例えばキーホルダーとか、古いレコード盤とか、ハンカチとかも、本当は動いて、喋っているのかも。お庭のクリスマスツリーだって、ものすごく大きく伸びて、宇宙にまで届いているかもしれません」
ヨシオさんが、「ははは」と笑います。
「ゆみこさんは、ロマンチストなんですね」
ゆみこさんも、「ふふふ」と笑います。
「そうかもしれませんね」
夜の中でひっそりと、ぬいぐるみやオーナメントや落とし物たちがくすくす笑う声は、ゆみこさんにだけ、聞こえていたのでした。
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