12月11日【オパールの舟と魚とり】
朝には、潮はすっかり引いていました。
海に置いて行かれたオーナメントたちは、リビングのあちこちに引っかかって、ぶら下がっています。カーテンレールや、照明や、ドアノブなんかに。
ゆみこさんが朝ごはんを作っている間、子供たちは手分けして、リビング中のオーナメントを集めました。
集めたオーナメントは、籐のかごに入れておきます。籐のかごは、元々は毛糸がたくさん入っていたのですが、靴下を編むのにずいぶん使ってしまったので、オーナメントを入れておくくらいの空きはあったのです。
「くつした、たくさん」
金色のお星様をかごに入れながら、みーちゃんが言いました。いつぞやの早口言葉に再挑戦です。早口言葉というには、かなりゆっくりだったような気もしますが。
「くつした、たくさん。ゆみこさんは、魔法使いみたいだね。毛糸を、くつしたに変えちゃうの」
みーちゃんは、うっとりうるんだ目で、自分の足元を見ました。
昨日、ゆみこさんは海に揺られながら、みーちゃんのための靴下を編んでくれたのです。みーちゃんの、小さな猫の足にもぴったりな、特別製の靴下です。
「うふふ、くつした、たくさん」
みーちゃんは、嬉しくて嬉しくて、仕方がないのでした。
クリスマスまで、あと二週間。ゆみこさんはまだまだ、たくさんの靴下を編みます。そろそろ、毛糸玉が残り少なくなってきましたが、今週の木曜日には、また長江商店のヨシオさんが届けに来てくれますので、何の問題もないのです。
「何色の毛糸が、届くのかね。もちろん、真っ白もあるのだろうな」
メレンゲの王様が、お鍋のミルクをかき混ぜながら、ゆみこさんに尋ねます。尊大な態度は相変わらずですが、お鍋をかき混ぜる手つきはとっても丁寧で、お砂糖を入れて甘くしたミルクは、焦げ付くこともなく、とくとく温まっています。
「真っ白は……どうだったでしょう」
真っ白な毛糸は、買っていなかったような気がします。子供たちのために編む靴下は、赤や緑や青、黄色やピンク、オレンジなど、カラフルな毛糸を使うことが多いのです。模様を入れるのに、白い毛糸も使いはしますが、あんまりたくさんは必要ないので、今週は買っていないような気がします。
「それはいかん」
と、メレンゲの王様。
「真っ白な靴下も、編むとよい。真っ白だって、色のうち。きっと、真っ白が好きな子供だって、いるに違いないからな」
王様の言う通りです。ヨシオさんが来ましたら、今度は、真っ白な毛糸も注文しなくてはなりません。
さて、みんなで朝ごはんをいただいて、午前のうちは、のんびりと過ごしました。ゆみこさんは窓際で靴下を編み、子供たちはお庭に出て、庭木に水をやり、虫を探しました。
まったく今年の十二月は、あんまり暖かいので、虫たちも冬眠しそびれているのです。子供たちは、のそのそ動く虫を見付けては、小さな声で、「信じられないかもしれませんが、今は冬ですよ」と囁き、教えてあげるのでした。
お昼を過ぎて、いよいよ気温も上がってきたところ、キンコーン。今日のお客さまがいらっしゃいました。
「はい、はい。今行きますよ」
ゆみこさんは、よっこらしょと立ち上がり、玄関へ向かいます。そして玄関のドアを開けて、あら? と、ゆみこさんは首をかしげました。昨晩と同じです。玄関の目の前に、海が広がっているのです。
だけれど昨日のように、夜の海に町ごと呑み込まれているような、そんなことはありません。お向かいのお家はちゃんとそこにあるままですし、道路も電柱も、いつもの通りです。ただ、いつもの風景にかぶさるようにして、透明な海が、たしかに広がっているのです。そして、波の合間に、封筒が浮かんでいるのでした。
昨晩の封筒は、波打ち際に横たわっていましたが、今日の封筒はちょっと違います。今日の封筒は、波よりも海に近い方に、ぷかぷか、浮かんでいるのです。波の動きに合わせて、右へ左へ、ゆらりゆらり。封じ目を上向きにして、舟のように、浮かんでいます。
「綺麗ね」
思わず、ゆみこさんは呟いていました。その封筒は、日の光を浴びて、淡い虹色に輝いています。
水で薄めたミルクのような、柔らかくて透明な白の上に、あらゆる色が遊びます。朝焼けの色、夕焼けの色、海の底から見た空の色。オパールだわ。と、ゆみこさんには分かりました。
オパールの封筒は、ゆみこさんが開封するまでもなく、その封を開きました。開いた中から出てきたものは、一枚の、オパール色の紙でした。
封筒の中に紙が入っているなんて、驚くようなことでもないでしょう。それでも、ゆみこさんはびっくりしました。なぜならその紙が、ゆみこさんの想像以上に、大きかったからです。リビングに敷いてあるカーペットよりも大きいオパールの紙が、こんな小さな封筒に入っていたなんて、やっぱり、驚くべきことなのです。
こんなに大きな紙、どうやってリビングまで入ってもらおうかしら。廊下の途中で、つっかえて、破けたりしたら大変。ゆみこさんは不安になりましたが、それも無用の心配でした。
オパールの紙は、再び、折り畳まれ始めたのです。両端を折って、長方形に。四隅を追って、六角形に。つまり、折り紙です。ゆみこさんは、子供のころにたくさん折り紙で遊びましたので、オパールの紙が何になるか、すぐに分かりました。
「舟ね」
ゆみこさんの言う通り、大きな大きなオパールの紙は、舟のかたちになりました。そして、ゆみこさんの脇を通り抜けまして、廊下をすいすいと進み、勝手に、リビングの方へ渡っていってしまったのでした。
「舟だ」
真っ先に駆け寄ってきたのは、男の子です。舟は、ちょうど男の子の胸くらいの高さに浮いています。男の子は、舟のへりに手をかけて、中を覗き込みます。
「人がいるよ」
それを聞いて、ゆみこさんも慌てて、舟の中を覗き込みました。
本当です。オパールの舟の底に、オパールの人が、ごろりと横たわっています。「もし」と、ゆみこさんが声をかけますと、オパールの人は「もう着いたのかい」と、寝ぼけた声で言いました。眠ったままこのお家を訪ねて来るなんて、なんだか、みーちゃんみたいです。
オパールの人は舟の中で起き上がり、ぐーんと背伸びをしました。そうしますと、オパールの人の肩あたりから、オパールの欠片がぱらぱら舞い落ちます。落ちた欠片は、たちまちオパールの舟に溶けていって、舟と一緒になってしまいます。
「ああ、どうも。こんにちは」
驚いているゆみこさんに、オパールの人は、軽く頭を下げました。
「いや、すみません。昨日、ここに海が来たと聞いたもんですから。魚を捕りに来たんです」
オパールの人は、どうやら漁師さんのようでした。でも、確かに昨晩は海が来ましたけれど、魚は一匹もいなかったはずです。昨日泳いでいたのは、魚ではなくオーナメントたちなのです。
ゆみこさんが、そう説明しますと、オパールの人は「いやいや、そんなはずはない」と、首を横に振りました。そして、「ほら、そこにまだ、泳いでいるじゃありませんか」と、窓の方を指差します。
「あ、魚だ!」
みーちゃんがさっそく飛び出していって、金色の魚を、両手でしっかり捕まえました。
「お嬢ちゃん、でかした!」
オパールの人が、すかさず柄つきの網を取り出しまして、みーちゃんの捕まえた魚をすくい上げます。
「ぜんぶ、魚になってる」
男の子の言った通り、いつの間にか、籐のかごに入れていたオーナメントたちはみんな、魚になっていたのです。魚になって、舟と共に再びやって来た海の中を、すいすい泳いでいます。
オパールの人は、舟の中からもう一本、柄つきの網を取り出しました。そしてそれを、男の子に手渡しました。
みーちゃんが魚を追い、オパールの人と男の子が、逃げた魚を網で捕まえます。メレンゲの王様は、あっちへ行った、あっちへ逃げたと魚たちの行った先を教えてくれます。ゆみこさんと雪雲さんは、魚とりの邪魔にならないように、リビングの隅っこに移動しました。
捕まえられた魚は、オパールの人が両手でぎゅっと握りますと、手のひらのなかに入ってしまうくらいの大きさの、ブローチになってしまいます。
ブローチには、それぞれ違った宝石が埋め込まれおり、それはそれは美しいのです。深い緑のエメラルド、鮮やかなルビー、海と同じ色のサファイア。ほかにも、たくさん。
「この魚たちは、なんなのですか。昨日は確かにオーナメントだったのに、それが魚になって、ブローチになってしまうなんて」
ゆみこさんが尋ねても、オパールの人は「今は、それどころじゃない。ああ忙しい、忙しい」と、全く相手をしてくれません。
仕方がないので、ゆみこさんは、魚とりのことはひとまず置いておくことにしました。今日のお夕食の準備をしなければなりません。今日はきっと、オパールの人の分も作った方が良いでしょう。
魚とりは、午後の間じゅうずっと続けられました。お夕食にもお魚(これは、ゆみこさんが購入した、普通のお魚です)が出て、みんな、残さずいただきました。そしてゆみこさんはもちろん、雪雲さんのために、白身魚の柔らかく真っ白な身だけを、特別によそってあげました。
「ごちそうさま。ああ、おいしかった。明日も頑張らなきゃ」
オパールの人も、お夕食をたいらげました。どうやら明日も、お仕事をするようです。ゆみこさんのお家に来ていたオーナメントは、あらかた捕まえたはずなのですが、まだ魚とりをするつもりなのでしょうか。
「あのう、あの魚たちは、なんなのですか。明日も、ここで漁をなさるんですか」
ゆみこさんが尋ねても、オパールの人は「今は、それどころじゃない。たくさん働いたから、眠たくなってきた」と、やっぱり全く相手をしてくれません。
そして、来た時と同じように、オパールの舟の船底に身を横たえて、ぐうぐう、眠ってしまったのでした。
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