第5話 ブラックサンタ

『フライトモード起動。後部ハッチ開放後、ヘヴンズコールに向けて降下します』


 ナイチンゲール21stのハッチから落下する車内で、エイトオーはソリ男に問う。


「セヴンシックスの罪状を確認したい」

『了解しました。サンタネーム:セヴンシックス76、手配ネーム:クリムゾンタスクcrimson tuskの罪状は財団のおもちゃ及び専業サンタクロース専用備品の盗難、並びに安全基準を満たしていない危険なおもちゃの配布、となっています』

「動機は?」

『不明です』

「……分かった」

『目標地点到達まで、あと五分』


 十二月二十四日の夜は静かに燃え始めた。


『エイトオー。荒野を低空飛行するソリッドトイ甲型を確認。ヘヴンズコールに向かっている模様。識別信号を確認……ノーシグナル。ターゲットです』

「オーケイ! 急降下してし潰せ!」

『お奨めできません。成功率、およそ三割と推定。それでも作戦を実行しますか?』

「三割もあるじゃねえか。やっちまえ!」

『了解しました。シートベルトを着用して下さい』

「……うっほー!」


 じきにソリ男は急降下を開始し、サンタは雄叫びをあげる。それは自らを奮い立たせるためのものか、もしかしたらただの本能なのかも知れない。

 ソリ男はひたすらに落ちて落ちて落下する。

 自由落下ではない。頭を地面に向け、推進用のブースターを使用した本気も本気、真っ逆さまの落下である。墜落と呼ばないのは、本人の意思によるもの。それだけだ。

 空気を穿ち、音を置き去りにしてどんどん落ちる。


 ――だが、いつまで経っても頑丈な車体と車体がぶつかる音は聞こえてこず、エイトオーの足はふんわりと着地した。


「むう? どうしたソリ男」

『目標の前方から急接近する軍用ホバーバイクを検知。……機体はパンテラ・シニェズナイェデン……識別信号を参照……レッドウィッチred witch。通信を繋ぎます』

「……久し振りね、エイトオー。無事でよかった」

「け。まったくどの口が言うんだ」

「一緒に熱い夜を過ごしたというのに、随分と冷たいのね。もう他の女に浮気したのかしら」

「言ってろ。……それより何のつもりだ?」

『目標との距離、およそ五百』

「何ということはないわ。ただこの前の失敗を後悔しているだけ。分かるでしょう?」

「ほう。それで? 具体的にはどうするんだ?」

「私が進路を妨害するから、その間にあんたは車ごとぶっ込んで奴を引きずり出しなさい」

 それを聞いたエイトオーは、途端にサングラスの奥で目を細めた。


「いいねえ、実に俺好みの作戦だ。ソリ男、聞こえたな。突撃モードだ」

『了解』


 ソリ男はすぐに折り畳まれていたタイヤを出し、これまで以上の土煙をあげ始める。

 そしてその前方では、火花が散り始めた。


『距離、およそ百』


 いくら堅牢な甲型といえども、レッドウィッチが繰り出すショックウェーブや特殊樹脂弾などをまともに受けるわけには行かず、後ろを走るエイトオーとの距離はどんどん縮まっていく。


『十秒後に衝突します』


 荒野に響き渡る重い金属音。飛行モードだった相手の甲型は盛大に吹き飛び、地面に刺さった。

 今がチャンスと、爆発火災の危険も厭わずに徒歩で二人が近寄れば、半開きになっていた側面ハッチを黒いサンタ装束の男が乱暴に蹴破った。


「よう、久しぶりだな、セブンシックス。今はクリムゾンタスクか?」


 エイトオーは大きな声で挨拶し、血色の悪い黒髪の男に無造作に近づいていく。


「……お前か。エイトオー」

「そうだ。俺だ」


 エイトオーが近寄りながら上着を脱ぎ捨て放り投げれば、セヴンシックスも上着を脱ぎ捨てた。


「お前はどうして俺の邪魔をする?」

「こっちが聞きてえよ。どうしてお前が粗悪なおもちゃを配るのかをな」

「……」


 腕組みをし、無言で対峙する二人。そこにナインツーが入り込む隙は無かった。


「どうやら拳で聞くしかなさそうだな」

「ああ、そのようだ」


 お互いに両手を構えてじりじりと近寄る。

 どうしてそうなるのかナインツーには理解できない。

 けれど、事実として目の前の大男たちは足を止め、ただひたすらに殴り始めた。


「訓練で一度も俺に勝ったことがないお前から勝負を挑んでくるとはな。エイトオー」

「け。やってみなきゃ分かんねえだろ?」


 顔に、胸に、腹に。

 お互いの一歩も譲らない拳がめり込み、肉を打つ音が静かな夜の荒野に響く。


「どうしてそんなことをするのか、だったな?」

「ああ、そうだ。訓練生時代のお前はそんなことをする奴じゃなかったはずだ」

「少し考えてみれば分かることだ。安全基準を満たしたおもちゃは確かに良い物で、基準を満たしたおもちゃの事故はほとんど起こっていない」

「だったらなぜだ」

「だが、それは本当に子供たちにとって良い物なのか? おもちゃを通して危険を学ぶべきではないのか? 本当に安全な場所など、この世界のどこにもないんだから、危険にはどう対処すれば良いのか、子供たちはおもちゃを通して学ぶべきなんじゃないか?」


 傍から見れば互角に見えた殴り合いも、しかし、エイトオーは確実にダメージを蓄積していた。

 セヴンシックスの大振りの右が左頬を強打し、エイトオーはついに片膝をつく。

 だが、エイトオーは共に汗を流した同期をギロリと睨み付けていた。


「おもちゃにそんな役割があってたまるかよ! 危険を教えるとしたら家族や学校に決まってるだろうが! おもちゃで子供が傷つく世界なんぞまっぴらごめんだ!」

「そうか。やはり俺とお前は分かり合えないな。……今、楽にしてやろう」


 肩で息をし、相手を睨んだまま動けないエイトオー。

 それを見下ろし、青白いレーザーブレイドを起動させて大上段に構えるセヴンシックス。

 誰の目にもエイトオーの命は風前の灯火かと思われた。

 だがそのとき、破裂音とともにエイトオーの視界が傾いた。

 否。傾いていたのはセヴンシックスだった。


「おおおぉぉぉぉぅぅぅ!」


 エイトオーはその隙を逃さず、あらん限りに声を、力を振り絞る。

 斜め前に突き出すように立ち上がった頭の先にあるのは、そう、よろけたセヴンシックスだった。

 フラフラになりながらも、ナイトキャップが乗ったエイトオーの頭は敵の顎を捉え、ゴツンという音の直後、セブンシックスは仰向けに倒れ、動かなくなった。

 満身創痍のエイトオーもただでは済まず、同じように仰向けに倒れ、しばし寒空を見上げていた。

 やがて視界を塞いだのはレッドウィッチの顔だった。


「奴は?」

「拘束してあなたの甲型に放り込んでおいたわ」

「そうか。さっきのショックガンと言い、ありがとうよ。助かったぜ」

「どういたしまして。それよりも、エイトオー。もっと言うべきことがあるんじゃなくて?」

「そうだな。今夜は沢山の子供たちが待ちわびた日だ」

「そうね。……メリークリスマス」

「メリークリスマス。だが、手柄はプレゼントしねえからな」


 サンタ達の夜は、これからが本番だ。



『サンタvsブラックサンタvsレディサンタ』 ―完―



 ――路地裏の空き地で、町の不良チームがたった一人の男に蹂躙されていた。


「クッソ! ふざけんなよ、このサンタ野郎が!」

「はっはっは! 元気が良くていいことだな。決めたぞ。お前の名前はトナ太郎だ。で、そっちのお前はトナ次郎。とっとと帰るぞ」

「はあ!? 勝手に決めるんじゃねえ! それに、帰るってどこにだよ?」

「決まってるだろう。俺の家だ。今から俺のことは親父と呼べ。嫌とは言わせないぜ?」

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サンタvsブラックサンタvsレディサンタ 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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