第4話 イマジナリーアームズ

 エイトオーが目覚めると、そこはベッドの上だった。

 白い天井、白い壁、白い布団、白い照明、白い包帯。

 起き上がって確認しようとしたが、どうにも体はいうことを聞かなかった。

 自動ドアが開く音がして、固い靴底が床に当たる音もした。それはエイトオーに無警戒に近づいてくる。


「はい! はい! はいはいはーい! エイトオーさあーん、お目覚めですかぁー?」


 場違いに陽気な声でエイトオーの顔を覗き込んだのは、サンタのお面を被った男だった。そのスリムな体は、白のピンストライプが入った深緑のスーツ、黄緑色のシャツと深緑色のネクタイに包まれている。


「モミの木か。……何か用か?」

「おやおや、用事がなければ来てはいけないんですかぁ?」

「早く用事を言え。お前らがただのお見舞いで来るわけがねえ」

「はっはっはー。その通りですよ」

「……そういやあいつらはどうなった?」

「それを私に聞いちゃいますかぁ?」

「うるせえな。早く答えろ」

「いやいや、怪我人インザホスピタルだというのに実にせっかちなことですよ。まあ? 他ならぬ? 私とあなたの仲ですから? お答えするのはやぶさかではありませんがね?」

「……」

「クリムゾンタスクは再び雲隠れ、レッドウィッチも行方知れずですよ。満足しましたか?」

「あの野郎」

「あの野郎がレッドウィッチのことなら、訂正しなければなりません。あなたをソリッドトイ甲型ともども、この重巡洋空中機動病院艦ナイチンゲール21st二十一番艦に連れてきたのは彼女なのですから」

「……そうか。ところで用事ってのはなんだ?」


 エイトオーの体は相変わらず指先すらままならず、眼と口と首だけが動いていた。


「なんとですね、あなたにもついに裏のコードネームが付いたんですよ! はい、拍手ぅー!」


 病室には誰の拍手も響かず、緑色のスーツを着た男が、口でパチパチパチパチと寂しく言うのみだった。

 エイトオーはすぐにでも立ち去りたかったが、しかし、自分の体がまるで別の物になってしまったかのように感触がない。


「はぁ……。それで、俺のコードネームは何なんだ?」

イマジナリーアームズimaginary arms

「ふざけた名前だな」

「いえいえ、とんでもない。今のあなたにはこれ以上ないくらい、相応しいものだと思いますよ? その由来は、まあ、近い将来に分かることでしょう。それではまた。ごきげんよう、イマジナリーアームズ」

「ち、勿体ぶりやがって」


 果たしてその日は、一週間も経たずにやってきた。

 白髪頭の医師と、同じく白髪頭のエンジニアが彼の枕もとで得意気に説明するのだ。お前の左腕と左眼は機械になったのだと。新しい技術を惜しげもなく詰め込んだのだと、お前の左腕には、お前の左眼には、こんな機能があるんだと、鼻息荒く説明するのだ。まるで新品のおもちゃを前にした子供のように。


 そしてもう一人。

 長身のエイトオーよりも一回りしか小さくない、いかにも腕っぷしの強そうな女性看護師が目を輝かせてエイトオーに言う。


「さあ、その新しい体を使いこなすための楽しい訓練を始めましょう」と。


 エイトオーも左腕のことはわかっていた。左眼のことも何となくは分かっていた。

 しかし、実際に説明されるとなると、その衝撃は大きかった。それは、左腕と左眼を失ったということよりも、自身の身体が思い通りに動かないという事実に対してだった。どんな素材で出来ているかも分からない重たい腕と、今一つ焦点が合わないガラス質の赤い瞳。

 ままならず、異物感に苛まれて何度ももぎ取ってしまいたいと思ったが、その度に筋肉の塊のような女性看護師に力ずくで押さえつけられ、ときには気合の入った重い拳で殴られ、断念した。


「立ち上がりなさい、大きなベイビー。あなたにはまだママが必要なのよ」

「けっ。なにがママだ。暴力看護師め」

「私、看護師じゃなくて理学療法士よ。このセクシーナース服は男たちのやる気を引き出すためのただのコ・ス・プ・レ」

「なん……だと!?」


 ママの献身的なトレーニングのお陰で、エイトオーは見る間に体力を取り戻し、エンジニアが興奮するほどのスピードで義手と義眼を使いこなしていく。

 そして二週間後。

 ナイチンゲール下層の射撃訓練場で、左眼の最終調整を行なっていたエイトオーの前に、モミの木が現れた。


「益々ご健勝のこととお喜び申し上げます」

「とんだ皮肉だな。ところで何の用だ?」

「クリムゾンタスクとレッドウィッチの目撃情報がありました」

「……どこだ?」

「ヘヴンズコールにて」

「分かった。……世話になったな、ママ。行ってくるぜ」


 上着に袖を通したエイトオーはママと前腕をガシッと絡め、しばし見つめ合うのだった。

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