第3話 レッドウィッチ

 建物の中に踏み込むと、じゃりっとしたざらついた感触がエイトオーの足裏に伝わった。けれど、土埃や汚れ、コンクリート壁の剝落が見られる程度で、廃工場ではあるが廃墟というにはほど遠い。

 灯りは……予想通り無かった。

 それぞれに銃を構え、エントツの暗視機能を頼りに探索をする。機材が残っていない屋内は見通しが良く、柱の裏や事務所として使っていたであろう小部屋を警戒するのが精々だった。


「一階にはいねえな」


 小部屋の捜索を終えたエイトオーが、地下への階段を見張るナインツーに小声で零せば、彼女は首を縦に振って答えた。次いで、自己と地下を親指と人差し指で交互に指さし、地下への突入を志願するが、彼は首を振り、自ら壁際の仄暗い穴へと降り始めた。

 ナインツーは肩を竦めて遺憾の意を表明するが、それでも自己の役割を疎かにしない。

 金属板の階段を慎重に、けれど、どうしても音を鳴らしながら降りるエイトオーの背後を警戒しながら、壁を背に降りてゆく。

 そして足元の感触はコンクリートへと変わるが、地下も地上と同じ作りだった。天井は少し低いが、太く四角い柱が一階と同じ位置にある。そこにやはり灯りはなく、窓がない分だけいっそう暗い。


 サングラス型デバイスを装着したサンタ装束の男女は、じりじりと足を進める。

 空気の流れ以外は何も聞こえない……いや、違う。

 エントツの仮想ディスプレイには定期的に同じ波形が表示されていた。イビキか寝息か。微かな空気の振動をエントツが拾っていたのだ。

 それまで背中を合わせるように探索していた二人は顔を見合わせ、身振り手振りで一方が階段を塞ぐように散開し、仮の目標地点を目指した。

 徐々に波形が大きくなり、エントツに黒い塊が見えたとき、その波はピタリと止まった。

 二人に緊張が走る。

 黒い塊はゴロゴロと二回転がり、立ち上がるような仕草を見せる。

 ナインツーはハンドショックガントイバッグ三式を黒い塊に向けてじっとしている。

 エイトオーは咄嗟に駆け出した。大きな足音を立てて床を揺らし、猪のように猛然と距離を詰めて、ドンと一射。

 散弾は黒い塊の胴体にすべてめり込み、セヴンシックスと思しきものは動かなくなった。血は、流れていない。

 エイトオーは振り返らずにナインツーを手招きし、ショットガンを脇に置いてセヴンシックスに拘束具を取り付けようとする。


 ゴリ


 そのとき、硬くて重い物体がエイト―の後頭部に押し付けられた。


「……何のつもりだ、ナインツー」


 エイトオーは片膝立ちで両手を上げる。

 彼の後頭部には、ナインツーが構えたショットガンの銃口が押し付けられていたのだ。


「エイトオー。そいつを捕まえた手柄を全て私に譲りなさい」

「け! 俺がそんな要求に応じると思っているのか?」

「応じるか応じないかは関係ないわ。これは命令よ」

「だとしてもだ」

「あなた、この状況が分かっているのかしら? こんな簡単な命令も分からないなんて、流石はネームレスだわ」

「あー? 聞こえねえなあ。……ま、少なくともお前みたいにレッドウィッチ赤の魔女などと、信用ならないコードネームで呼ばれるよりはましだと言えるがな」

「……頭を、スイカみたいにされたいの?」

「それは御免こうむりたいところだが、この状況はあまりくないな」

「分かってるなら、早く首を縦に振りなさいよ」

「そういうことじゃねえ」

「なら、なんなのよ」


 彼の視線の先では、セヴンシックスの前腕部が僅かに膨張していた。エイトオーに夢中なナインツーは気付いていない。これはどうにも参ったとエイトオーが考え始めたそのとき、光の線が下から上に瞬いた。


「ぐおおおおおおお!」


 目を白黒させるナインツーの視界で、光の残像は横にもう一閃。鮮血が宙に舞う。

 エイトオーは苦悶の声とともに倒れ伏し、代わりにそこに立っていたのは黒いサンタ――セヴンシックスだった。

 彼の右手には青白く光るレーザーブレイド。

 床に転がるは、血を流すエイトオーの巨体と彼の左腕。


 ドン

 ドン


 乾いた音が二度、地下に響いた。

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