永遠に
星谷七海
第1話
数か月前に亡くなった父の遺品の整理をしていた。
享年91歳。私たち成人した子どもや孫たちに看取られて、その顔はとても穏やかで幸せそうだった。
私の子どもの頃のおもちゃや弟の野球ボール等が入った箱を見つけた。
家族想いの父らしかった。
ふと、その宝箱の奥に1冊のノートを見つけた。
私は思わず、そのノートを開いた。
『私の人生はあの出来事によって大きく変わった』
1行目のその父の字に強い好奇心がかけめぐった。
私は気になりだし、どんどん読み進めていった。
一生、秘密にしてきたあの出来事。
私も老いて、妻にも先立たれてしまった。
私もいつこの世から去るか分からない。
だからあの生涯消えることのなかった記憶を記しておきたいと思う。
あれは、家族で旅行に出かけてた12歳の時のことだった。
古代遺跡の観光目的の家族旅行だった。
しかし、自分はガイドブックに目を通してさえいなかった。
進学のことで頭がいっぱいだった。
必ずあの有名な名門校へ入学しなければならない。
私はいわゆる金持ちの名家に生まれた。
だから、家の名に恥じないようにと厳格な英才教育を受けてきた。
ずっとそんな育てられ方をしてきたんだ。
旅行など心から楽しめるわけがなかった。
そしてあろうことか、気がつくと家族からはぐれてしまっていた。
12歳にもなって迷子になるなんて、と恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
その一方で、なぜがはじめての地をさまようわくわくした気持ちにもなっていた。
不思議と不安はなかった。
ふと道の通りに地下に続く長い階段を見つけた。
その階段はやたら長い。
どこまで続いているのだろう。
好奇心にかられ、その不思議な階段をどんどん降りていった。
どのくらい階段を降りたことだろう。
それでもなかなか階段は終わらなかった。
もう疲れた、限界だ、と思ったその時、やっと地下にたどり着いた。
するとそこは広い廊下になっていた。
「誰?そこにいるのは。」
背後から声をかけられた。
振り返ると、12歳くらいの少女が立っていた。
「お客様かしら?歓迎するわ。我が神殿へようこそ。」
「は?」
「ここはね、私たちの王が眠る神殿よ。私たちの王は永遠の命を持っているの。」
「はあ・・・」
何やら夢の中にいるような気分になった。
信じられない話だが悪くない。
何より目の前にいる少女はエキゾチックで華やかな美少女だ。
けれど、その美しさよりも、この少女は何かひきつけるものを感じていた。
「永遠の命を信じていないといった顔ね。王に会わせてあげるわ。ついてきて。」
私は少女の後をただ無心についてきた。
しばらくいくと広間に着いた。
大人や子どもが大勢いた。
中央には大きなベッドがあった。
「おお。また連れてきてくれたのかい?」
「ええ。だって私たちと同じような気がしたんだもの。」
少女のその言葉にはっとした。
私が、少女にひきつけられていたように この少女もまた私にひきつけられていたのかもしれない。
何か同じものを感じて。
「さあさあ。そなたも王に挨拶をしておくれ。」
「永遠の命を持つ王だよ。」
私は、大人の人たちに導かれるままにベッドへ近づいた。
その時、私は思わず、口を押えて吐き気をこらえた。
そのベッドには一体のミイラがいたのだ。
「えっ・・・永遠の命・・だって?」
私はふるえながら後ずさりした。
「ほら。この通り、王は死ぬことのない身。こうして生きて我々を見守ってくれている。」
「王は永遠の命でここにいるのだ。」
なんだ?一体ここは・・おかしい・・・おかしなカルト集団なのか・・
何とかして逃げ出さなくては・・・。
私はきょろきょろを辺りを見渡した。
こんな所にもいたくない。早く家に帰りたい? いや、それとも?
その時、少女と目が合った。
少女は私の目を大きな瞳でじっと見つめた。
そして私の手を引き、連れ出してくれたのだ。
長い廊下を2人で歩き続けた。
「君はなんでこんな所にいるんだい?危ないよ。」
「私は、王に一生仕えなければならない身。生まれた時からそう決まっている。」
少女は立ち止まった。
私は少女の目をじっと見つめた。
生気の感じられない瞳。
初めて少女にひかれた理由が分かった。
私と少女は環境や立場は違えど「同じ」だ。
そう、生まれた時から決められたレールの上にいる。
「あなたも私と同じだと思った。だけど違った。目の奥に何か疑問のようなものを持っている。」
「ええっ」
そうだろうか。
地位と富に恵まれた家に生まれてこれて自分は幸せ者だと思っていた。
両親に反抗したことなど一度もなく、常に従順な子どもだった。
それで良いと思った。
「あなたが変われば、あなたの人生だって変わるのよ。」
「そんなアドバイスしないでくれよ。僕はずっと親に何でも決めてもらいながら生きてきたんだ。豪華な大量のえさを与えられたかごの鳥さ。大空を飛ぶことはできないけど、これでいいんだよ。」
「でも、あなたの目はそう言っていないの。あなたは私たちとは違う。もちろん私は私で幸せよ。こうして永遠の命を持つ王に仕え続けることができて。」
少女は両手で私の手をやさしく包み込んだ。
「本当は、あなたを王の生贄に捧げるつもりだったのよ。でも特別に逃がしてあげるわ。あなたは何か違うものを持っているのよ・・」
少女の両手はだんだん冷たくなっていった。
その時、がやがやと足音が響いた。
「おい。その少年をさっさと連れてこい。」
男の怒鳴り声がする。
「さあ、もう行って。この先は絶対に振り返ってはだめよ。」
私はもう無我夢中で道を走り続けた。
もう追ってこないだろうか。
あの長い階段はどこだろう。
目の前に光が見えてきた。
外の方に出られそうだ。
すると急に強い力で腕をぐいっとつかまれた。
恐怖でふるえながら振り返ると
「君、だめじゃないか。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだよ。」
と警察官ような恰好をした男性が立っていた。
「あの・・そこにおかしな集団がいて・・助けて・・助けて下さい。」
「はあ?何言ってるんだよ。とにかく来て。」
こうして私は警察に保護され、家族が迎えにきてくれることになった。
「君、どうしてあの場所に入れたの?」
「・・・・・・・」
警察署に着いてからも震えがとまらず、言葉が出ない。
「んー。まあ、子どもだから大目にみてやれるけど、あの場所はね・・・」
警察官の説明に私はさらに絶句した。
私がいたあの場所は、古代遺跡の中だったらしい。
そしてはるか昔の王とその奴隷たちのミイラが眠っている。
王が死んだ時、ともに生き埋めにされた人々が多くいたらしい。
また、王の復活のために生贄に捧げられた人々も後を絶たなかったようだ。
大人も子どもまでも・・・
私はもうあの出来事を話すことができなかった。
どうせ誰も信じるはずがないだろう。
ただ、私はこの日から変わった。
大人になったらこの家から出ようと思った。
今は、まだ子どもだから我慢するしかない。
けれど必ずこの家から出て、自分の好きなように飛びまわろう。
私の瞳の奥底に隠されていた『希望』をあの少女が気づいてくれた。
生き埋めにされたあの少女は、敬愛する王とともに永遠を共にしている。
私は私でたった一度しかない人生を存分に楽しもう。
「信じられないわ。父にこんなことがあったなんて。父は大学生の時に母とかけおちしたって聞いていたけど、まさか実家が名家だっただなんて。」
思わず、深いためいきをついた。
父は画家だった。
いつも楽しく仕事をしている姿が印象的だった。
家族旅行で海外のあちこちをまわっては、私たちを楽しませてくれた。
家族や友人を思いやって、楽しく1日1日を生きている人だった。
私は、父の最期を思い出し、涙があふれてきた。
悲しいのではない。嬉し涙だ。
永遠に 星谷七海 @ar77
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