第2話

「目黒?」

 気づくと目の前で、手の平が揺れている。薬指に見覚えのある指輪をしている。そういえば、こいつはずっと……。

 ぼんやりとしていた頭が徐々に覚醒する。眉を顰めてこちらを覗き込むいつかと目が合い、思わず息を呑んだ。

「なっ……」

「いや、そこまで驚かなくても。ショックだなー」

 そう言って、いつかは腕を組んだ。どうして、彼女が目の前にいるのか。理解が追いつかず、思わず立ち上がった。

「は……?」

 知っている場所だ、ここは。登下校時に使っていた駅のホーム。そこの、最も端にあるベンチだ。ほとんどの電車の車両が短く、ここまで端に停まる電車が少ないためにここのベンチはほとんど誰も使わないのだ。その為、一人でひっそりといられるので好きだった。が、それをいつかに知られてからは彼女も使うようになったのだが。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。どうして、いつかは学生服を着ているのか。それに目鼻立ちもどこか幼く見える。

 部屋に閉じ込められてからずっと、おかしなこと続きだ。今が何年かなんて下手な質問をする前にポケットに入っていたスマホを取り出す。こっちで調べた方が怪しまれずに済む。

「目黒、スマートフォンにしたの?」

「え?」

 目を輝かせたいつかに戸惑う。そういえばこの時分はまだ、スマホユーザーよりも、ガラケーユーザーの方が多かった。

 そういえばその頃、自分もまだガラケーを使っていたはず。そもそも、このスマホは穴に落とした物だ。どうして、手元にあるのかも不思議だった。

「見せてっ」

 ほとんど奪い取られるようにスマホが手から離れるも、いつかはすぐに返してきた。

「電池切れてるよ。もしくは壊れているか」

「うそ?」

 確かにスマホの電源は入らなかった。その際、暗い画面に映る自分の顔の幼さに気づいて思わず笑いそうになる。自分では学生の頃とあまり変わっていないと思っていたが、やはり顔付きが全然違った。

 状況から考えて、過去に戻っている。もしくは、穴に落ちている自分の走馬灯か。夢の中で夢を見ているのかもしれない。何にせよ、ずっとここにいてはいけないと直感的に思った。

「……私もさー、新しい携帯に変えよーかな。どう思う?」

「どうって。したいようにすれば」

「目黒が決めてよ。最近気づいたんだけど大体、目黒が決めた選択が正しいんだもの」

「何だそれ。じゃあ、今ここで裸で踊りだせって言ったら?」

「踊るよ、もちろん」

 思わず失笑する。いつかも冗談で言ったらしく、笑みを浮かべていた。久しぶりに話す相手との会話は心地良かった。

「……あのさー、も一つ相談なんだけどね」

「うん」

「モデルにならないかって。声をかけられた、この前。どうすべきだろ?」

「……」

 この会話は覚えている。やはり、これは過去の再現なのだろう。

 確かこの後、モデルになるように勧めた。それは間違いない。だから、現代で彼女は女優にまでなったのだから。

 だが、その事がきっかけで、喧嘩別れになったとも言える。そして、死の原因を作った可能性もある。自分が側にいれば、結果は変わったなんておこがましいにもほどがあるとは思う。だけど……。

「……反対。正直、怪しいと思う」

「だよね」

 満足したように頷くいつかを見て、胸がチクリと痛む。これからの彼女の輝かしい未来を自分が奪ったのかもしれない。だが、死んでしまっては元も子もないではないか。

 その時、ホームにアナウンスが鳴り響いた、どうやら、電車が到着するらしい。

「行こっか、目黒」

 そう言って、いつかは立ち上がり、ホームドアへ向かって歩きだした。そんな彼女の背中を目で追う。

 これがただの夢ならば、彼女の未来は何も変わらないのだろうと悲観的な思いを抱きながら。

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いつかが泣くのはきっと君のせい もももも @jk639

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