いつかが泣くのはきっと君のせい
もももも
第1話
もう、会社に行かなくていいのか。
玄関のドアが開かなくなったという異常事態だというのに真っ先に思ったことがそれだった。思わず、自虐的に笑ってしまう。
とりあえずベッドに戻り、スマホを手にする。圏外だ。テレビは映るし、ラジオやネットは繋るというのに他者と連絡を取るという手段だけができない。だから助けを呼ぶことができない。
明らかに異常な現象が起きている。
ワンルームの小さな部屋なので、ベッドの位置から玄関のドアまで見える。そこには、明らか日常風景から隔絶された鉄格子があった。指一本も入らない、細かな格子状のものがドアの前に立っている。
その鉄格子は内側にある為、仮に誰かが外からドアを開けたら出られるかはともかく、この異常な状況には気づくだろう。なのでそれほど、焦らなくても大丈夫だ。そんな楽観的なことを考えながら寝返りを打つ。
だが……、内側にあんな鉄格子を付けることができるのは自分以外にあり得ない。まあ、そんなことをした覚えもないし、技術もない。
これは、仕事に行きたくないというストレスが見せている悪夢だと思う方がよっぽど納得できるが、頬を叩いた時の痛みは現実だと教えてくれた。身体を起こして、小さくため息をつく。
確認のために付けたテレビはニュース番組を流していた。平日の昼間にテレビを見るなんて久しぶりで、子供の頃を思いだした。
あの頃は本当に自由だった。子供時代の時間の尊さ、儚さは今30歳目前になってようやく分かった。戻れるものなら戻りたいと、こんな、仄暗い部屋の中に閉じ込められていると心底、思う。
『……いつかさんの遺体が発見されました』
まともに見ずに流し聞きしていたニュース番組から、知り合いの名前が出てきた。慌ててリモコンを手に取り、ボリュームを上げる。
ニュースキャスターは聞き取りやすい声で、淡々と内容を読み上げているが意識が遠のいて、内容がちゃんと理解できない。動揺で背中に変な汗が流れているのを感じる。
芦名いつか。彼女とは友人だった。最後の別れはつまらない喧嘩になってしまったけれど、一番仲が良かったと断言できる。そんな彼女が、死んだ?
気づくと、身体が震えていた。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、膝を抱えるようにして震えが収まるのを待った。
「……」
いつかは特別な人間だった。容姿の美しさもそうだが、見たものを惹きつける輝きが彼女にはあった。学生の頃にモデルにスカウトされて、そのまま順当に女優へと転身した。アイドルみたいな活動も当時はしていたが歌は正直、そこまでだった。だが、演技の上手さには天賦の才があったと思う。だから現在も、第一線で活躍する姿をテレビで幾度となく見ていた。
そんな彼女が亡くなったなんて、あまりにも現実味がなかった。今すぐにでも実家に電話をして色々と確認したいことがあったが、やはり電話は不通のままだ。苛立ちのあまりスマホを投げ捨ててしまうと、勢いよく飛んで机の下に滑って入ってしまった。
余計に苛々が募るも、自業自得だと気づいて徐々に冷静になってくる。嘆息して、スマホを取ろうと身を屈めた。
「え?」
思わず声を上げた。
スマホはそこにはなく、人一人分が入れそうな大きな黒い穴が空いていた。どうやら、スマホはそこに落ちたらしい。
「……」
この穴の先は普通に考えて下の階の部屋に繋がっているだろう。ここは四階なので、つまり三階だ。だが、異常なまでに暗くて、部屋があるようには思えない。試しに懐中電灯で照らしてみても、何も見えない。
怖いと感じた。この穴は地獄にでも繋がっているのではないかと。閉じた方が良いとさえ思う。
だが……この穴の先が出口に繋がっていたら? ここから出られて、いつかの死の真相が分かるかもしれない。今更なのかもしれないが。
考えた結果、穴の中に足をゆっくりと入れていく。その瞬間、何かが足を掴んだ。驚く暇もないまま、身体は穴の中へと落ちていき、闇の中に吸い込まれていく。
死んだらいつかに謝れるだろうかと、そんなことを思った。
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