クリスマスの奇跡

 寒い寒い北の国のお話です。

 クリスマス・イブの日、夜遅く。

 外は雪が降り積もり、辺りは真っ白です。

 空は澄み切っていて、星が瞬いています。

 周りを森で囲まれた一軒家。

 配達人のニコが、一日の配達を終えて家に帰って来ました。

 乗っていたビークルを脇に止めて、いそいそと家の中に入っていきます。

 ニコにとって一年で一番忙しいのが、クリスマス・イブの日の配達です。

 そして、ニコの住む北の国では、この日が一年の仕事納めです。

「やれやれ。今年もようやく終わったわい」

 ニコはほっと胸をなでおろし、大きなため息をつきました。

 これからしばらくの間、仕事はお休みです。

 荷物袋を玄関に投げ出したまま、凍えた体を暖めようと、急いで暖炉に火を灯します。

 ニコは暖炉の脇にある椅子に腰掛け、ホットワインを飲みながら、今日の配達について思いを巡らせていました。

「今年はクリスマスのお届け物が多かったなあ。本当に疲れたよ。私もそろそろ歳だし、この仕事はもうやめるべきかな」

 配達人の仕事は大変なのです。特に最近は、道が分かりにくくて、家を探すのが難しかったり、やっと探し当てても、中には、ニコのことを不審者と間違えて警戒する人もいます。

 それでもニコは、お届け物をもらって喜ぶ人の顔が大好きです。ニコは、みんなの笑顔が見たくて、この仕事を長い間続けてきました。

 フーーーーッと、もう一度大きなため息をつきます。

「スミスさんのところは子供が随分と大きくなってたなあ。タナーさんのところは家族が多いから、お届け物も多くて大変だよ。マクレーンさんは引っ越したのに教えてくれないから、探すのにだいぶ時間がかかってしまった。アンリさんのところのお届け物はいつも大きくて運ぶのに苦労するよ。ライコネンさんの家も遠いから、行くのが大変だったなあ・・・・・・」

 一日の仕事の苦労を思い出しているうちに、ぬくぬくとした暖炉の温もりに包まれたニコは、いつしか眠りに落ちていきました。


 ニコの夢の中。

 ニコにたくさんのお届け物が届きました。

 配達人をやめたニコに、世界中の人から贈り物が届いたのです。

 それを見たニコは大喜びです。

「ああ、私はもう配達をしなくていいんだ。ありがたい、こんなにもたくさんの人たちが私を想っていてくれたなんて・・・・・・」


 ・・・・・・はっとして、ニコは目が覚めました。

 暖炉の火は、随分と小さくなっています。

 ニコが時計を見ると、もう次の日のお昼頃でした。

 窓の外を見ると、空はどんよりと曇り、雪がしきりに降っています。

「ふぅ、やれやれ。暖炉の前で寝入ってしまったわい。ああ、もうこんな時間か。こりゃ、今日はひどい吹雪になりそうだ。こんな日に仕事じゃなくて良かったよ」

 ニコは椅子から立ち上がり、キッチンに行って、ホットワインを作って飲みました。

 しばらく仕事はお休みです。

 好きなお酒をたくさん飲んで、心と体を休めようと思ったのです。

 ホットワインの酔いが回ってきたころ、ふと、玄関に投げ出したままになっている荷物袋が目に留まりました。

 ニコは、長年、同じ荷物袋を使っていました。最初は白かった荷物袋も、今じゃ、すっかりくたびれて汚れています。

「やれやれ、こいつも洗ってやらないとな」

 ニコは無造作に荷物袋を持ち上げました。

 すると、逆さまに持ったおかげで、中から赤と緑の綺麗な紙に包まれた箱が一つ、転がり落ちてきました。

 なんと、まだお届け物が一つ残っていたのを忘れていたのです!

「ああ、なんということだ!」

 ニコは本当に驚きました。

 慌てて箱を見ると、宛て名はノースポールに住むプレストンさんのお宅の四歳になる坊やになっています。24日に届けなくてはいけないクリスマスプレゼントです。

 ニコはもう一度部屋の時計を見ました。

 時刻はもうお昼の二時近くになっています。

「ああ、私はなんということをやらかしてしまったんだ。こいつを昨日のうちに届けなくてはいけなかったのに。ああ、プレストンさんの坊やはこれが届くのをどんなに楽しみにしていたことだろう。なんてこったい、私はこんなに長い間配達人を続けてきたのに、今になって坊やの期待を裏切ってしまった。ああ、どうしよう。今から配達に行くしかない。でも、私はお酒を飲んでしまっている。ビークルの運転ができないじゃないか。いったいどうしたらいいんだ」

 そのとき、玄関のベルが鳴りました。

 ニコが扉を開けると、同じ配達人のルディが立っていました。

 仕事が休みになったので、ニコの家に遊びにきたのです。

「ああ、ルディ。お前さんだったかい。一年の仕事、お疲れさまと言いたいところだが、私はとんでもないことをしでかしてしまったよ」

「いったい、どうしたと言うのです、ニコ。そんなに慌てて」

 ニコはルディに事情を説明しました。

 それを聞いたルディは答えます。

「ニコ、それなら私のビークルに乗ってください。今から一緒に行きましょう」

「おお、ルディ。お前さんが一緒に行ってくれるのか、かたじけない」

「ニコ、私たちはずっと同じ仕事をしてきました。あなたが困っているのを見過ごすことはできません。さあ、行きましょう」


 雪は、ニコが心配していたとおりの吹雪になりました。

 猛吹雪の中、ニコとルディを乗せたビークルは、積もった雪の上を進んでいきます。

「ニコ、どこまで配達するのですか」

「ルディや。少し遠いが、ノースポールのプレストンさんのお宅まで行ってくれ」

 ノースポールといえば、随分と遠い街です。

 ルディはニコの苦労を思いやりながら、全速力で進みました。

「ニコ、着きました」

 数時間後、二人を乗せたビークルが、プレストンさんのお宅の前に止まりました。

 ニコが腕時計を見ると、時刻はもう夕方の五時になっています。

 寒い寒い北の国では、すっかり日が暮れて、辺りはすでに真っ暗です。

 ニコはお届け物の箱を持って降りると、プレストンさんの家に入っていきました。

 ややあって、ニコが暗い表情で戻ってきます。

 ガックリと肩を落とし、うつむき加減でとぼとぼと歩いています。

「ああ、きっとあれは、あの子の生まれて初めてのクリスマスプレゼントだったに違いない。あの子はどんなにそれを楽しみにしていたことだろう。私はあの子の想いを台無しにしてしまった。ああ、私は配達人失格だ」

「ニコ、遅れてしまったものは仕方がありません。でも、あの子のことを思ってクリスマスプレゼントを贈ったという、その思いは届くはずです。さあ、気を落とさずに。あの子もきっと分かってくれるでしょう」

 そのとき、プレストンさんの家の明かりがつきました。

 中から、小さな子供の嬉しそうな声が聞こえてきます。

「うわぁぁー!パパー!ママー!見てよ!枕元にサンタさんからのクリスマスプレゼントがあるよ!」

 驚いて、ニコとルディは顔を見合わせます。

 東の空が、うっすらと白んできました。

 そうです。

 ニコとルディが住んでいるのは北欧フィンランド。

 ノースポールのあるアラスカとは、11時間の時差があります。

 ニコの腕時計で夕方の五時は、ここアラスカでは、朝の六時だったのです!

 ニコは、12月25日の朝までに子供たちにプレゼントを届けるという仕事に間に合ったのです!

 吹雪はだんだんと弱くなり、いつしか雪も止みました。

 ニコとルディは、ゆっくりと家路を急ぎます。

「ああ、ルディ。お前が急いでくれたおかげで、あの子にクリスマスプレゼントを届けることができた。本当にありがとう」

 照れ臭そうに、ルディは赤い鼻をこすります。

「ニコ、あなたは今まで世界中の子供たちのためにプレゼントを届けてきました。私たちトナカイはあなたを尊敬しています。どうかやめるなんて言わないでください」

「ああ、やっぱりいいもんだな、クリスマスプレゼントをもらって喜ぶ子供の声を聞くのは。もう少し、この仕事を続けるか」

 ルディの顔が喜びに輝きました。

「ええ。これからも私があなたを世界中どこへでも連れていきます。でも、ミスター・サンタクロース。慌てん坊のクセは直してください」


 その日、空を見上げた子供たちは、東へと帰っていくサンタクロースとその橇を引く赤鼻のトナカイ・ルドルフの姿が見えたとか見えなかったとか。

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童話集① いもタルト @warabizenzai

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