マルハナフェアリーのポリンの最初にしてオニノコの最後の旅

「それじゃあ、頼んだよ」とオニハナのお父さんが言いました。

「うん」とポリンはちょっぴり緊張した面持ちで答えました。

 マルハナフェアリーのポリンは、今年が初めての仕事。これから遠く離れたオニハナのお母さんのところまで、誕生したばかりのオニノコを届けるのです。

「道中危険が多いから気をつけて」とお父さんが言いました。「無理をせずに疲れたら休むんだよ」

「大丈夫」とポリンは言いました。「カリンから聞いているわ」

 今までは上のお姉さんのカリンの仕事でした。カリンは優秀な運び手で、オニハナの夫婦も彼女を信頼していました。

「こんな頼りなさそうなので本当に大丈夫?」と、生意気そうにオニノコが言いました。「初めてなんでしょ?」

「あんただって初めてじゃないの。知らないくせに」とポリンは反応しました。

「聞いてるもん」

「この耳年増」

 この子とうまくやっていけるかしら。ポリンは心配になりました。

「我が子よ、そういう憎まれ口を叩くんじゃない。お姉さんと仲良くするんだ」とオニハナのお父さんが言いました。「大丈夫、ずっと前から、マルハナフェアリーはオニノコを運んでくれていたんだ。ポリンのお姉さんも、その前のお姉さんも、その前の、前の前から、いつも無事に届けてくれたんだよ」

「はーい。でも、落とさないでよ」とオニノコは言いました。

「さあ、ポリン。頼んだよ」とオニハナのお父さんは言いました。

「任せてよ。じゃあ、行ってくるわね」とポリンは大事そうにオニノコを抱えて飛び立ちました。

「行ってきまーす」とオニノコは手を振りました。

「お母さんによろしく」とお父さんは二人を見送りました。


 ポリンは、一路オニハナのお母さんがいるところを目指します。お母さんの産卵に間に合うよう、迅速に安全にオニノコを運ばねばなりません。

 一気に上空まで飛んで行くと、東へ吹く風に乗りました。

「やあ、ポリン」と西風が話しかけてきました。

「おはよう。いいお天気ね」とポリンは答えました。

「この子が今年のオニノコだね。かわいいなあ」と西風は興味津々で覗き込んできます。

「おはよう、西風のおじさん。とってもいい風、ぼく気持ちいいなあ」とオニノコは無邪気に笑いました。「このままお母さんのところまで運んでね」

「まあ、調子のいいこと」とポリンはオニノコをにらみつけました。「私には意地悪なくせに」

「まあまあポリン」と西風がポリンをたしなめました。「この旅は、オニノコにとって一生に一度の旅なんだ。優しくしてやりなよ」

 ポリンはその言葉にハッとさせられました。オニノコはオニハナのお母さんのところまで行くと、そこでオニノランに受粉します。良く考えてみれば、この旅はオニノコの一生そのものなのでした。

「ごめん。悪いこと言って」とポリンは素直に謝りました。

「いいってことよ」とオニノコは言いました。

「これは僕からのプレゼント」と言って、西風はオニノコの頭の周りに優しい風を吹かせました。

「あはっ、くすぐったい」とオニノコはキャハキャハ笑いました。

「あら、かわいくなったわよ」とポリンはクスッと笑いました。

 オニノコの髪はかわいらしい巻毛になっていました。

「おじさん、ありがとう」とオニノコはお礼を言いました。

「どういたしまして」

 西風はしばらく二人を気持ち良く運んでやりました。


 そのうちに西風と別れるときが来ました。

「ありがとう西風さん、助かったわ」とポリンは手を振って別れを告げました。

「おじさん、バイバイ」とオニノコも手を振りました。

「ああ、いい旅を」と言って、西風は去って行きました。

 ここからは南へ向かう旅です。

 ポリンは背中の羽をはためかせて、南へ南へと進んでいきました。

 そのうちに渡りをするマダラチョウの群れと一緒になりました。

「きれい。癒されるわ」とポリンはチョウを眺めました。

「チョウチョ、チョウチョ」とオニノコが言って、チョウを捕まえようと手を伸ばしました。

「あ、ちょっと、ダメよ」

「一匹ぐらい、いいじゃないか」

「そういう問題じゃないわ」

「ポリンのケチ〜」オニノコは、ブーッと頬を膨らませました。「カリンはくれたって聞いてるよ」

「そんなこと、ありっこないわ」

「あるも〜んだ」オニノコはめいっぱい手を伸ばして、マダラチョウを捕まえようとしました。「へへ、もうちょっと」

 そのとき、ピュウウと突風が吹いて、ポリンはバランスを崩しました。

「あ!」

「あ、あ、うわーっ」

 身を乗り出していたオニノコは、真っ逆さまに地上に落ちていってしまいました。

「あ、待って!」とポリンは、大急ぎで後を追います。もうすぐ地上というところでオニノコに追い着きました。

「つかまえた!」

 手を伸ばすポリン。でも、そのときピュウッと風が吹いて、オニノコはヒラリと舞い上がって、ポリンの手をすり抜けました。

「わ、なにこれ!?」とオニノコは驚きます。

「ふはは、坊ちゃん。私がママのところまで連れてってあげようね」と風が喋りました。

 風に吹かれてヒラリ、ヒラリとオニノコは舞い上がります。

 オニノコが両手を鳥のようにパタパタさせると、風はそのように運んでやりました。

「あはは、ぼく自分で飛べるぞ。ポリンなんかいらないや」

「だめーっ、戻っておいでーっ!」とポリンはオニノコをつかまえようとします。でもオニノコは風に乗ってどんどん遠くにいってしまいます。

「こいつはいいや。風さん、このまま一気に頼むよ」とオニノコは言いました。でも、そのとき風がニヤリと笑ったのに気付きませんでした。

「フフフ、バカな子だ。お望み通り、このまま天高くまで運んでやろう」

 この風の正体はつむじ風でした。つむじ風は、とぐろを巻くと、オニノコを空高くに放り上げました。

「ウワーッ!」

 グルグルとオニノコは巻き上げられます。

「だめーっ!」

 ポリンは全速力でオニノコを追いました。

「もう、こうなったら…!」

 ポリンは意を決して、つむじ風の中に入り込みました。

「きゃあーっ!!」

 でも、風の勢いは強く、小さなポリンはつむじ風に巻かれてグルグルと回転させられてしまいました。

 上空を見ると、オニノコが円を描いてグルグル飛んでいます。

「ポリーンーッ!」

 オニノコは精一杯呼びかけました。

「待ってて、今行くわ!」

 ポリンはありったけの力を振り絞ってはばたきました。

「えーいっ!」

 背中の羽がちぎれるかと思いました。ようやく追いつくと、しっかりとオニノコを抱きしめました。

「しっかりつかまっててよ」

「ポリン!」

 ポリンは全力でつむじ風の外に出ました。

「きゃあ!」

 はずみでポーンと飛ばされます。そのまま方向性を失って、下に落ちていきました。ポリンが覚えていたのはそこまででした。


「…リン、ポリン!」

「う、うーん…」

 ポリンが目を覚ましたとき、心配そうなオニノコの顔が見えました。

「良かった、ポリン!死んじゃったかと思った」

「…ここは、どこ?」

 ポリンは辺りを見回しました。鬱蒼とした森の中のようでした。

「分からないよ。どこかの森の中。木に引っかかって助かったみたい」

「あんた、怪我しなかった?」

「う、うん」とオニノコは顔を背けました。

「バカね、泣いてるの?」

「ごめんね、ポリン。ぼくのせいで…」

 ポリンはオニノコの頭を優しく撫でてやりました。

「さあ、行きましょう。いつまでもこんなところにいられないわ」とポリンは身を起こします。背中に激痛が走りました。「ううっ!」

「ポリン!羽を怪我したんだね!?」

「大丈夫よ。こんなの怪我のうちに入らない」

 ポリンはオニノコを抱くと、再び空へと舞い上がりました。


 だいぶ道を外れてしまっていたようでした。元の正しい道に戻るのにけっこう時間がかかりました。

 あまり高く飛べないポリンは、ゆっくりと低空飛行を続けていきました。

「ポリン、羽痛む?」とオニノコは心配そうに聞きました。南へ向かうにつれて、カラフルなチョウや花や鳥を見る機会が多くなりました。でも、心奪われることなく、大人しくポリンの腕に抱かれていました。

「大丈夫よ、このくらい」とポリンは痛みを我慢して答えました。

 この旅はオニノコの最初で最後の旅です。出来るだけいい思い出を持ってもらいたいと思って、無理に笑顔を作りました。

「それより」とポリンは不安げに空を見上げました。「雲行きがあやしくなってきたわ」

 空は真っ黒な雲で覆われていました。今にも雨が降りそうです。予定より時間がかかってしまったためでした。

「大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。心配しないで。大船に乗ったつもりでいなさい」

 そのうちに雨が降り出しました。雨は激しく、容赦なくポリンの背中を打ちました。

「ポリン、どこかで雨宿りしていこうよ」とオニノコは言いました。

「そんな時間ないわ」とポリンは言いました。「あんたのお母さんの産卵が始まっちゃう」

 ポリンはオニノコが雨に打たれないよう、しっかりと胸に抱きかかえて飛んで行きました。

「…ポリン」とオニノコがポツリと言いました。

「何よ」

「ごめんね、ポリン。ぼくのわがままのせいでこんな目に合わせちゃって」

「どうしたのよ、急にかわいくなって」

「茶化さないでよ。ぼく本気でポリンのこと心配しているんだから」

「ごめん、ごめん。私も冗談じゃないわ」とポリンは言いました。「でも、心配いらない。大船に乗ったつもりでいなさいっていったでしょ?大丈夫、ちゃんとあんたを無事にお母さんのところに送り届けるから」

「うん」

「でも、これで最後かもね。こんなびしょ濡れの子を届けたりしたら、あんたの両親はもう来年から私には頼まないでしょうね」とポリンはオニノコに笑いかけました。「あんたも最初で最後の旅、楽しんでる?」

「うん、最初で最高だよ!」とオニノコは満面の笑みを見せました。


 やがて雨は上がり、カラッとした南国のいいお天気になりました。

 ヤシの木やハイビスカスの花についた水滴が、雨上がりにキラキラと輝いて見えました。

「うわー、きれい」とオニノコは目を輝かせて言いました。「まるで夢みたいだね」

「本当ね」とポリンも心はずみました。

 そのとき、オニノコは驚くべきものを見ました。それはこの旅の間に見たものの中で、一等立派で、一等素晴らしいものでした。

 オニノコは世界にこんなに美しいものがあるということを知りませんでした。

 オニノコはそれを指差して言いました。

「ねえ、ポリン!あれ見てよ。なんて言うの?」

「ああ、あれはね、虹って言うのよ」

「うわー、きれいだなあ」


 とうとう、オニハナのお母さんのところに到着しました。

「ママー!」とオニノコは嬉々として叫びました。

「我が子よ!」とオニハナのお母さんは大きく花びらを広げて愛しい子を迎え入れました。「ああ、会いたかった」

 二人はしばし喜び合いました。でも、ポリンは決まり悪そうでした。

「ごめんなさい。だいぶ遅くなってしまって」

 お母さんの中心には、すでに丸い輝かしいものがありました。オニノランです。

 それを見てポリンはガッカリしました。ああ、間に合わなかったんだ、と思って肩を落としました。

「ごめんなさい、私…。私がもっとしっかりしていれば…」

 落ち込むポリンの頭を、オニハナのお母さんの花びらがそっと撫でました。

 そのとき、うつむいていたポリンには見えなかったけれど、オニノコが何やらお母さんに耳打ちしていました。

「大丈夫です、ポリン。ちゃんと間に合いましたよ」とお母さんは言いました。

 顔を上げたポリンの目に、オニノランが美しい虹色の光を放ち始めるのが映りました。

「ありがとう、ポリン。ぼく、ポリンと一緒に旅して本当に楽しかったよ」と言ったオニノコも、虹色の光を放っていました。

「さあ、ポリン」とお母さんは言いました。「これから新しい命が生まれます。あなたのおかげです」

 オニノランに受粉したオニノコは、変態を始めました。

 やがて美しいチョウが誕生すると、ヒラヒラとしばらくその場を羽ばたいて、空の彼方へと飛び去っていきました。

「ああ」とポリンはその美しい光景を眺めていました。その目には大粒の涙が浮かんでいました。「私、私…、本当にもうダメかと思った」

 オニハナのお母さんはポリンの頭を優しく撫でて言いました。

「あなたのおかげで、あの子の一生に一度の旅は本当に素晴らしいものになったようです。ポリン、素敵な配達人さん。これからもよろしく」

 ポリンは堪え切れずにワーっと泣いてしまいました。

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