第30話 青鈍の下の再会(参)
ヤトの言葉に、ラーミウは琥珀を大きく揺らした。そばにあったカリーマや駆け付けたナジュムもまた眼を見開き、語を失っている。ラーミウは視線をマージドへ向けて彼が否定するのを期待したが、彼は貌を曇らせて項垂れている。ラーミウはふらふらとマージドへ寄ると、その肩を掴んで聲を絞り出した。
「白鏡様が亡くなったって……何時?どうして……?」
「昨日の夜だ。
マージドは拳を強く握った。ラーミウは茫然として、我知らず膝から崩れ落ちる。マージドは苦しげにラーミウを一瞥すると、ヤトへ向き直り、手を合わせて一礼した。
「貴方が
「虚ろ狼の
マージドの語を
「お願い出来まいだろうか。
「厭ですよ。何故、私が宮の者を救わねばならないのです。貴方たちにそのような資格があると本気で思っていませんよね?」
棘のある語調のヤトに、マージドは唇を噛み締めた。
「ヤト」
両人の間を
「本当のことでしょう?誰の所為で
「ヤト」
ナジュムはまた、ヤトの聲を
「操作しなくてもよい。その代わり、対処する許可を」
「……それくらいなら構いませんが」
ヤトは真玄の眼を細めると、ついと貌を背ける。ナジュムは安堵したように息を付くと、マージドへ向き直って云った。
「私が駆除に加わろう」
「貴方は……?」
面を上げ、マージドはナジュムを見た。白鏡と同じくらいの
(あれ?この貌立ち……)
マージドが
「私はナジュムという。宜しく」
ナジュムは視線を下ろしラーミウへ目を向けると、彼は未だ茫然と項垂れていた。ナジュムは嘆息すると、杖を支えにそっと彼の前へ屈み、低く聲を鳴らす。
「ラーミウ、御前も来い」
ラーミウは語を失ったまま面を上げ、ナジュムを見た。ラーミウの脳裏は真白で、最早思考らしい思考は働いていない。ナジュムはラーミウの胸倉を掴んで持ち上げると、強い語調で云い放った。
「君の好きな白鏡様を狗の餌にする気か。厭なら、御前も来い」
その後方で、カリーマは瑠璃をマージドへ向けて云った。
「あたしも行こう。ドゥリーヤだけに押し付けては申し訳ない」
「有り難う御座います」
マージドは深々と一礼した。カリーマはマージドの肩を励ますように優しく叩くと、ヤトへ視線を向けた。ヤトは気不味げに幽闇の深淵を塗り込めた眼を細め、カリーマから離れようと身動いだ。だが、カリーマはそれを赦さず、ヤトの長い袖を掴んで留める。
「
ヤトは細長い眼を見開くと、きっと睨み付けるようにナジュムを見た。ナジュムは涼し気に三白の眼を向けて返すと、ヤトは小さく舌打ちをして「余計なことを」と独り言つ。すると、突としてすっくとラーミウが立ち上がった。
「……きます」
その琥珀の嵌められた眼からは一筋の泪が伝っていた。だが聲は震えておらず、ラーミウは静かに語を繰り返す。
「僕も、行きます」
宮殿は鏡の泉を囲うように五つの宮がある。
泉から白の宮と緑の宮に掛けてでは、阿鼻叫喚が広がっていた。虚ろ狼の数は増やされ、兵士の手の回らぬ場所で宮女や官吏の者らが次々と飲み込まれていくのだ。兵士たちは一心に戦えぬ者たちへ白の宮にあるドゥリーヤの元へゆくように聲を掛け合うが、その者らも刀や健に塗り込めた血の効力が切れると、傷の付けた腕を残して飲み込まれた。
ドゥリーヤは白の宮へ駆け込んだ者らを血の陣を敷いた室に留めながら、また別の室へ血の陣を敷いていた。血が足りなくなって来たのか目眩で足元がふらつき、ドゥリーヤは息を切らしていた。ふらふらと柱廊の先にある虹鷹の紋様の描かれた白い戸の前へ辿り着くと、その前にも血を垂らした。
(骸
目眩が強まり、眼前が大きく揺れた。ドゥリーヤは膝を付き、冷たい汗の伝う額を拭う。這うように戸を開けると、薄闇に包まれた白い室がドゥリーヤの紅玉に映し出された。
寝息すら聞こえぬ寝台を見詰め、ドゥリーヤは大きく紅玉を揺らした。ふらふらとそのそばへより、右半分を玄の布で覆った男の貌を見詰める。ドゥリーヤはそっとその玄の布を取り去ると、黒ずんで原形の留められていない貌が覗かれた。
「せっかくの色男が台無しになったな……サクル」
ドゥリーヤは決して届かれぬ語を落とすと、強く拳を握りしめた。
「わたくしが貴方の代わりに、民を守ってみせる」
しんとした静寂だけが、ドゥリーヤへ返される。ドゥリーヤはふらつきながらも彼の元を離れ、窓穴の前にも血の一線を引くと、室を出た。ドゥリーヤは静かに戸を閉めると、紅の引かれた唇を噛み締めた。
すると、ばたばたと騒々しい足音がドゥリーヤの後方よりドゥリーヤのある方角へ向かって鳴らされた。ドゥリーヤは貌を顰めながらも振り返るが、其処にあった姿に紅玉を見開いた。
「ラーミウ?」
息を切らせながらも、ラーミウの琥珀は揺らがれること無く白の戸へ向けられていた。
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