第03話 出会い(壱)


 にじり寄る屈強な男たちに、ラーミウは辟易とした。彼等を無力化するだけの実力をラーミウは有しているが、態々すべてを相手するのも面倒なのである。周囲を見渡すと、既に数人の見物客の姿がある。中には店を止めて様子を伺いに来ている者もある。ラーミウは短く息を吐くと、己を取り囲む男たちへ視線を戻した。

 

(適当に撒いたほうが良さそうだな)

 

 にわかにラーミウは飛び出し、男のひとりの肚へ拳を入れた。優男な外見からは到底想像できぬ打撃に男は呻いた。ラーミウはその男がふらついたところを見逃すことなくその足許を払い、横の男の方へ転倒させると、見物人とその向こうの雑踏へ身を投じた。あまりの手際に男たちは面食らうも、直ぐに立て直し、聲を荒げて叫んだ。


「くそ、あの糞野郎を捕まえろ!目にものを見せてやる!」


 砂土色の群衆は眼にも止まらぬ速度で駆け抜けるラーミウに悲鳴を上げた。ラーミウは可能な限り通行者を躱しながら人波の隙間を縫って疾走っているが、それでも物陰から飛び出してきた者などには対処しきれない。「すみません、すみません」と聲を鳴らしながらラーミウは男たちの位置を確認してまた疾駆した。

 すると不意に雑踏の中から何者の手が伸ばされ、ラーミウの腕を掴んだ。突然のことにラーミウはつんのめり、急ぎ振り返った。


一寸ちょっと、何ですか!」

 

「はい、童顔の旦那」

 

 聲を鳴らしたのは、先ほどの屈強な男たちではない。ラーミウより小柄な若者だ。癖のない砂色を頭頂より馬の尾のように垂らした男で、十代半ば程度ほど。すっと通った鼻筋のなかなかの美男子である。ラーミウが呆気に取られていると、彼はおもむろにラーミウを引き寄せて云った。


「お困りのようだけど?」


「って!嗚呼もう!彼奴あいつら来ちゃうじゃないですか!」


 ラーミウが後方を見ると、既に二、三の男は近くまで迫っていた。急ぎ走りだそうと若者の手を振り解こうとすると、逆にさらに引き寄せられた。ラーミウはあまりの力強さに瞠目した。ラーミウは其処らの男よりも筋力ちからがあり、あの追手の男くらいは軽く伸せるだけの実力を有する。それでも振り解けぬ腕力。ラーミウは焦燥を覚えながらも聲を張った。


「何するんですか、離して下さい」


 だが若者はラーミウを離さない。ちらりと接近する男を確認すると、ずいとラーミウの耳元へ貌を近づけて低く聲を鳴らした。

 

「あんまり目立ちたくないんだろ?そのまま後ろの路地を真っすぐ進んで」

 

「は?」


 ラーミウは彼の後方を見た。其処には細く薄暗い路地がある。若者は赤銅の中でにやりと妖しい笑みを零すと、

「あれは俺が相手しとくよ。多分、放っておくとしつこいよ?」

 と云った。そしてやおら後方の群衆に向かってラーミウの背を力強く押し、反対に彼は男たちの方へ歩行いて行った。ラーミウは彼に云われた通り人人の間を縫って裏路地へ這入ると、若者の消えた方角へ振り返った。

 すると丁度、あの若者はあの二、三の男たちの前へ立ち塞がっていた。男たちが筋骨隆々で上背もあるのに対し、彼がラーミウより小柄であるため、傍目には無謀な睨み合いである。男は眼を血走らせながら若者の胸倉を掴んだ。


「おい糞餓鬼、何俺たちの路塞いでんだ?」


 息が掛かるほどに男が詰め寄ると、若者は貌を歪め鼻を詰まんで「くっさ」と呟いた。その見下した物言いに男は赤銅の貌を茹で上がらせ、拳を振り上げたが、若者が軽々と片手で受け止めるや、口端を持ち上げて嗤った。


「糞野郎に糞餓鬼って、どんだけ糞って付けるんだよ。それともあれか?糞付けないと生きていけない生き物なのか?確かに溝みてえに口臭えから、てめえが糞なのか?ウケる」


「ああん?てめえ、あの野郎の仲間か」


 男は受け止まられた拳を戻そうとするも、若者の手は掴んで離さない。若者の手の平よりも太い屈強な腕を、若者は指を食いこませて捕えているのだ。その掴まれた箇所は指の痕跡あと明瞭くっきりと現れ、紫を帯びている。予想外に握力がある若者に慌てふためきながら、男は一心に腕を引こうと暴れている。若者は更に手に力を込めて骨を折る勢いで持ち上げながら、けたけたと嗤って云った。


「悪いこと言わねえからさ、男のケツ追っかけるとか恰好悪いこと止めてさっさと帰れよ」


「てめえには関係ねえよ!」


 返したのはようやく追いついた別の男。同胞が己の腰丈程度の上背しかない若者にひいひい云っているのを見て目を向いている。他にもぞろぞろと集まり、初めにラーミウが組み伏せた者を除いたすべての男が集まっている。若者は彼らを見渡すと、

「お、やっと全員揃った?」

 とあっさりとした様子で返した。其処には全く怯えや恐れのようなものはなく、完全に男たちを見下して掛かっている。年下の男に舐められて苛立つ男たちは若者を取り囲んでじりじりと寄っている。同胞が抵抗出来ていないのを鑑みて、警戒はしているのであろう。彼等は若者を凝々じろじろと睨め廻すが直ぐには手を出さない。


「糞、この野郎……あの野郎の弟か?真逆、愛人とか言わねえよな」


 路地裏で聞いていたラーミウは思わず青筋を立て、小さく「あ?」と聲を上げた。されど、男たちがそう云いたくなるのも致し方のないことなのだ。若者はラーミウの知る誰よりも整った貌をしている。それも、観かたによっては女にも見えるほどの美形だ。あの貌に迫られれば、男でも射止められるであろう。

 男たちの言葉に、若者は貌を歪め、実に不快そうに吐き捨てた。


「え――、止めてよ。あんな野郎と血縁にも恋仲にもなりたくねえよ。もし男色だったとしてもあんな不細工、好みじゃねえし」


 一言添えるとすれば、ラーミウは決して醜男ではない。だが悔しいことに、彼に不細工と云われても反論できるだけの美形ではないラーミウは怒りを堪える他ない。

 すると若者に腕を掴まれていた男がとうとう聲を上げた。


「おいてめえ、いい加減離せ!」


「おお、悪い悪い。忘れてた」


 若者は真に驚いたような面持ちをすると、ぱっと手を離した。やや持ち上げられていた男は姿勢を崩し、みっともなくも尻餅を付く。それを恥じたのか貌を真っ赤にして男は叫んだ。


「何しやがる!」


「お?やる?別にいーよ、それでも。どうせあんたら、あの旦那より弱っちいし」


 周囲の男たちの我慢も限界だったらしい。様子見をしていた男たちは咆哮を上げたかと思うと、若者へ一斉にかかった。その刹那、ラーミウは内心で「終わったな」と感じた。

 若者は軽々と男を往なすと、次々と男を張り、蹴り飛ばして組み伏せた。見物人の前に生きた屍の山を作るのも一寸で、気が付けば歯を折り鼻を曲げた男や手足が愉快な方向に曲げられた男が積み上げられていた。若者は己の衣に付いた埃を払いながら「ふう」と息を吐くと、つかつかとラーミウの方へ歩行き寄った。

 

「じゃあ、行こうか?」

 

 若者の言葉にラーミウは貌を顰めながらも、細い路を進む彼に付いて行った。

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