僕たちはまだ親友かい?

@yoru_kira

僕たちはまだ親友かい?

「変わっちまったなあ、お互いに」


「いっ……!」


 まさかだよな。何回も繰り返したはずの俺たちの殴り合いが、今や世界の行く末を左右するだなんて。ただの冒険者だった俺たちが、勇者と魔王になるだなんて。


「元気だったか?なんか血ぃ吐いてるけどよ」


「お陰様で。……戦闘中に減らず口を叩く癖は治ってないんだね、ロキ」


 口元を濡らす赤色を拭い、無表情だがどこか寂しそうな顔をした魔王はゆらりと立ち上がる。全く、大剣で斬られて吐血ひとつで済ませるやつがあるかよ。兵士百人の命を犠牲にして奇襲気味に入れた一撃は、どうやらあまり効いていないらしい。何百回も頭に叩き込んだはずの、かつての親友はもう人間ではないのだという事実を改めて痛感する。


「一度だって俺が黙ってたことはないだろ?」


 努めて動揺を表に出さないように話に応じつつ、振り切った剣を構え直す。まあ、こいつが頑丈なのは昔からだ。それが少しばかり大げさになったのだと思えば納得もできる。


「確かに。そして、一度だって君が勝ったことも」


 懐かしい。毎日のように挑んで、毎日のように負けた。よく飽きもせずに挑んでこれるねと笑われたのを覚えている。実際最初の頃なんて手も足も出なかったし、袂を分かつ時だって俺はお前を止められなかった。

 

「じゃあ今日が記念すべき一勝目だ」


 だから今日は勝たなきゃいけない。あの時果たせなかった義務を果たすんだ。言い出したら聞かないお前を止めるっていう、俺にしかできない役割を。


「君じゃ勝てないよ」


 その言葉を裏付けるように、魔王の背後に無数の魔法陣が現れる。魔法陣の規模から察するに、放たれる魔法は一つ一つが致命傷になりうるものだ。それが何十、何百も。今一度剣を強く握り直す。やれるか?自分に問う。答えは出ていた。


「負けるわけにはいかねぇんだ」


 やるしかねぇ。


「じゃあね、ロキ。君と過ごした日々が楽しかったのは本当だよ」


 別れの言葉と共に全ての魔法が起動する。おぞましいほどの威力を秘めたそれらが一つ残らず俺めがけてやってくるのだから、たまったもんじゃない。チビりそうだ。だけど今の俺は勇者、人類の希望。


「勝ったみたいな面してんじゃねぇよ」


 その全てを剣の一振りで斬り裂いてやると、魔王の無表情が少し崩れる。意外そうに目を細め、そして小さく笑みをこぼした。


「へぇ。その技、習得できたんだ」


 魔術切断。魔王に対抗するために古文書から引っ張ってきた、本当に実現可能かも怪しい技だ。お前と一緒にいるうちに習得できなかったのは残念だが、今の俺は昔とはひと味違う。


「お前こそ、また新しい魔法作ったのかよ」


 先ほどの魔法群は仲間として過ごした十年で見たことのないものばかりだった。この魔法オタク、魔王になっても趣味は変わっていないようだ。


「うん。まだまだあるよ」


 少し楽しそうに先ほどの倍近くの数の魔法陣を一気に起動してみせる。これが魔王。人間の身では到底辿り着けない境地だ。


「お披露目会じゃねぇんだぞ!」


 今度は時間差をつけて飛んでくる魔法を、時には躱し、時には斬り裂き、時にはカスりながらも捌き切る。最後の魔法を斬り裂き、これだけの大技の連発後には少しくらい隙が生まれるだろうと、息をつこうとしたその時。


「これも対処するか。『燃えてきた』よ」


「ぐ、ふっ……!」


 禍々しい魔力を纏った拳を振り上げ、魔法の派手な光を隠れ蓑にした魔王が突っ込んできた。剣士相手に近接戦闘を仕掛けてくるなど完全に予想外で、綺麗にその一撃を頬に食らってしまう。いってぇ!咄嗟に飛び退り距離を取る。


「こんな時こそ『冷静沈着に』、だ……!」


「へぇ、覚えてくれてたんだ」


 自分だって俺の口癖を真似したくせに、心底意外そうな顔でこちらを見つめてくる。もしかして自分は無意識だったのだろうか。だとすると、やはりこいつは……。


「当たり前だろ。何度言われたことか」


 頭を振って思考を切り替え、再度隙を伺う。しかしそんなものがあるはずもなく、膠着状態に入る。魔法を無力化できる上に、真っ当な近接戦闘が得意分野である俺を相手にしている以上、魔王も攻めあぐねているように見えた。分は悪くないはずなのだが……。くそ、視界が少し揺れる。相当いいのをもらってしまったようだ。


「そうだね。でも冷静になったところで、もう動くのも辛そうだ」


 バレてるか。じゃあどうする?聞くまでもねぇ。


「だからなんだよ!らぁ!」


 気合いで踏み込み、魔王の胴を薙ぐ一撃を放つ。魔王は拳で弾こうとするが、剣を振り切った後のことを全く考えていない捨て身の俺の攻撃が届く方が僅かに速い。ザシュ、と肉の断たれる音が響く。


「がっ!?」


 腹部に灼熱の痛みが走った。音は俺の体から出たもので。大剣は魔王の体を斬り裂くことなく、僅かに食い込むに留まった。


「魔法使いが無策で剣士に挑むわけないだろ?」


 防御魔法。そういえば、こいつの得意分野だった。先に何重にもかけた上で俺の前に現れたのだろう。拳も剣を弾くためではなく、最初から攻撃のために放たれていた。


「相変わらず、悪知恵が働くな……」


 完全に一本取られた。この傷の深さは……ああ、まずい。下手すりゃ死ぬやつだ、これ。だんだんと立っていることも厳しくなり、どさりと倒れ伏す。


「どうも。さて、このままじゃ君は戦うことはおろか、生きて帰ることも叶わないだろう。そこで、提案がある」


 絶好の機会だというのに何故か追撃はせず、俺を見下ろしてくる魔王。その口から紡がれた言葉は、予想もしなかったものだった。


「降伏してくれ。僕は君を殺せない」


 ぞわりと心が粟立つ。今、こいつはなんて言った?怒りのあまり握りしめた剣の柄からミシ、と音が響いた。


「……舐めんな。俺はお前を殺してでも止めるぞ」


「そんな体で?無理だ、君が一番よく分かるだろう」


 魔王の言葉は俺の身を心底案じているように聞こえて、それが尚更気持ち悪かった。何千、何万と罪のない人間を殺しておいて、俺の命は奪えない?何を言っているんだ、こいつは。


「ふ、ははは」


「何がおかしい?僕は君を救いたいって言ってるんだ」


 不機嫌そうに、あくまで人間らしい感情が残っているかのように振る舞うその姿がおぞましい。お前はそれを自ら捨てたはずだろう。だから今魔王と呼ばれているんだ。やはり、俺がこいつを殺さなければ。


「これを見ても同じことが言えるか」


 首にかけていたペンダント、その宝石を掴んで見せつける。魔王は一瞬で全てを理解したようで、再度魔法陣を幾重にも起動した。だが、もう遅い。宝石は砕け、俺の体を淡い光が包む。腹部の傷はたちどころに塞がり、体を力が満たしていく。バネのように起き上がり、勢いそのまま剣を振り抜いた。俺の一撃は、今度こそ魔王の胴を斬り裂いた。


「が、げほっ」


 魔王が地面に膝をつく。痛みに顔を歪めながらも、どこか微笑んでいるように見えた。それは長年隣にあった笑みと変わらなくて。これだけは本当の感情から発せられたものだと直感してしまう。


「まだ、持っててくれてたんだね」


「当たり前だ。俺一人じゃお前には勝てねぇからな」


 魔王の顔を直視しないように、なるべく感情を出さないようにして答える。もしこれ以上見てしまったら、何かが決壊してしまう気がしたから。


「一回きりの即時回復と身体能力強化のエンチャント。お守りに、って渡したんだ」


「デザインは俺の趣味じゃねぇんだけどな」


 だけど、とても嬉しかった。どこか掴みどころのなかったこいつが俺のために行動してくれたという事実が。もしかして、俺の事をちゃんと仲間として見てくれているのだろうかと思ったことを覚えている。


「ふふ。そっか、魔王人間に負けたのか」


「そうだ。お前が切り捨てたものに、な」


 どさり、と音が響いた。魔王が体勢を保っていられずに崩れ落ちた音。俺の、人類の勝利を決定づける音だ。


「……君はずっと僕のそばにいると思ってた」


 うわごとのように魔王は呟く。首を持ち上げ俺を見つめるその視線は虚ろで、もう先が長くないことは明らかだった。

 

「お前についていこうと必死だったよ」


 落ちこぼれだった俺に目をかけてくれたお前に報いようと、ずっと努力した。何回も決闘を挑んで、何回も負けて、それでも少しづつ力をつけて。守られている自覚はあったけど、俺もお前を守りたかった。


「楽しかった。初めて心の底から笑えた」


 身の丈に合わない魔物に挑んで命がけの逃走劇を繰り広げたり、別に得意でもない大食い対決をしたり、誕生日にはささやかなプレゼントを贈りあったりした。無表情で有名だったお前は、とてもよく笑うようになった。


「俺も楽しかった」


 目を閉じれば、いや、いつでも思い出せる。お前と過ごした十年はとても輝いていた。あんな事が起きなければ、今もきっと俺たちは一緒にいただろう。


「なのになんで、僕たちは道を違えたのかな」


 三年前のあの日、久しぶりに故郷へ帰った俺たちが目にしたのは魔物が支配する焼け野原。最初はそこに巣食っている魔物がやったんだと思った。だが、優秀すぎるお前は見つけてしまった。人類軍と魔族の取引の記録を。俺たちの故郷は取引材料に使われたらしい。俺たちが守ろうとしていた人間の手によって、俺たちの大切はなくなった。


「知らねぇよ。だけど戻れねぇのは確かだ」


 何のために戦っていたのかも、これから何のために戦えばいいのかも分からない。一度に全てを失った俺たちは絶望した。だけどそれでも罪のない人間はたくさんいる。俺もお前も彼らを救おうと戦い、心をすり減らし、だんだん笑えなくなっていった。その過程で真面目すぎたお前は壊れてしまう。


「ねえ。僕たちは……まだ親友、かい?」


 もう息も絶え絶えになった魔王は、手をこちらに差し出して問うてくる。その手を取ることは勇者にはできない。それがたまらなく辛かった。


「言うまでもねぇだろ、馬鹿野郎」


 頬を涙が伝う。それを拭うこともせず剣を構えた。勇者として最後まで務めを果たさなければいけない。


「またね、ロキ」


 三年ぶりに見た、お前の満面の笑顔。俺はこれを守りたかったはずなのに。視界が歪む。


「ああ。じゃあな、リウス。地獄で会おうぜ」


 激情に任せて剣を振り下ろす。確かに心臓を貫いた感触があった。こちらに伸ばされた手がどさり、と地面に落ちる。その音が、長い長い戦争の集結の証だった。


「うわあああ!!」


 人類軍の歓声が轟く。大音量が戦場にこだました。みな思い思いに叫び、全身で喜びを表現している。だからきっと、俺の泣き声は、悲しみは、誰にも気づかれていないはずだ。


――――――――――――――――――――――――

 

 かくして、魔王リウスは討伐された。勇者ロキはその後歴史の表舞台から姿を消す。噂では各地に残る魔族の残党を討って回ったとされているが、真相は定かではない。各地に残る伝承でのみ、勇者のその後を知ることができる。だが徐々に、確実に風化していく戦争の記憶。


「よお、リウス。世界は平和になったぜ」


 あれからおよそ四十年後。かつて魔王が討伐された地に、大剣を背負った老人が現れた。彼は平野の中央に建てられた墓碑に語りかける。


「お前が残した種は全て潰した。だから安心して逝ける」


 老人は墓碑にもたれるように腰掛ける。墓碑はボロボロに風化していて、それを見た彼の心はとても穏やかだった。


「ふっ。忘れられるくらいがちょうどいい」


 手に持っていたボトルを一気にあける。ボトルには『Rius,Rocy.』と記されていた。ある約束が込められた、五十年もののワイン。それを老人は一人で飲みきった。彼の意識が徐々に薄れていく。原因には酩酊とは違う何かがあった。


「願わくば、来世では最後まで共に」


 ロキは目を閉じる。瞼の向こうには、親友の姿。


「ああ。そんなところにいたのか」


 ふっと笑い、勇者は安らかな眠りについた。

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