第25話 何を願うんだろうね

「もっとも、考えすぎかもしれない。彼は、問題のロイドがどうしているのか知りたいとでも言ったのかもしれないよ。隠れて様子を窺う目的なら、盗撮カメラや盗聴器を使おうと考えてもおかしくない」


「その人物とどんな話をしたかは訊かなかったんですか」


「訊いたよ、もちろん。でも彼はかっとなっていて、よく覚えていないらしい」


 本当かどうかは知らないけど、などと店主は言った。本当じゃないかなとトールは思った。


「君がデイジーと話したことだが、言ったように、心配しなくていい。それくらいの台詞なら、大したことじゃない」


 店主は繰り返した。何度言われてもトールは心配だったが、マスターには何か考えがあるのだろうかとも思った。


「ただ、地球時代じゃあるまいし、規制の厳しい昨今では盗聴器やスタンガンなんて容易に手に入らないだろう。いったい彼の知人の知人はどのような人物だったのか、気になるね」


「マスター……それって何か、今後の問題になるでしょうか」


「なるかもしれないし、ならないかもしれない。先のことは判らない」


 店主は当たり前のことを言った。


「ああ、ごめんよトール。脅かすつもりはなかったんだ。確認したいことがあっただけで」


「大丈夫です。だいたい、僕は怖がったりしないって、マスターは判ってるじゃないですか」


「そうだね」


 彼はうなずいた。


「たとえ怖がっているように見えても、それは状況に応じてプログラムが働き、〈トール〉と呼ばれるハードを動かしたに過ぎない」


「その通り、です」


 トールもまた、うなずいた。


「僕は所詮、機械ですから」


「もしも……」


 マスターは指先で机の端を撫でるようにした。言葉を探している風情だった。


「もしも夢の泉があったら、君は泉の精霊に何を願うんだろうね?」


 それは、トールがデイジーに尋ねたことだった。彼は不思議な感じがした。「機械が『願う』なんて」と彼ですら思ったことなのに、よりによって、マスターが彼に問うとは。


「僕は……」


 トールは考えた。


 デイジーは答えてくれなかった。内緒にするものだ、などと言っていた。


 何であれ、彼女には「願う」ことがあるのだ。


 では、トールは。


「そうですね。僕は」


 彼は顔を上げた。


「マスターがヴァージョンアップしてくれますようにって願います」


「は」


 彼のマスターは笑った。


「私が、なのかい」


「え?」


「精霊に願えばいいじゃないか」


「え、精霊がヴァージョンアップしてくれるんですか」


 目をぱちぱちとさせて彼は尋ねた。


「知らないよ」


「それは、知らないですよね、いくらマスターだって」


 トールは苦笑いした。


「でも、もし仮にファンタジックな精霊が現代かそれ以上のテクノロジーを持っていたとしても、僕の願いは変わりませんよ」


 だって、と彼は言った。


「マスターがしてくれなくちゃ、意味ないですから」


「そう」


 店主はまた笑った。


「さてトール。雑談はおしまいだ。仕事にかかるから、コーヒーを頼めるかな」


「はい、もちろん」


 トールはくるりと踵を返した。


「ふたつ」


「え?」


「君の分も一緒に」


「え」


 少年ロイドは目をしばたたいた。


「あの、それは」


「うん?」


「……僕のメンテ、ですか?」


 そっと、彼は尋ねた。ライオットとのやり取りを思い出して。


 だが、今度は店主がまばたきをした。


「特にその予定はないよ」


 彼は肩をすくめた。


「君の手を借りたいことがあるんだ」


 マスターの返事は、それだった。


「――はい!」


 ひときわ大きく答えると、トールは勢いよくマスターの部屋を飛び出した。


―Next Linze-roids are Clayfizzer's.―

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クレイフィザ・スタイル ―デイジー― 一枝 唯 @y_ichieda

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