第24話 心配しなくていい

「犯人が嘘をついていて、やはり解体したのもその人物だと考えることもできる。盗難を認めて解体を認めないというのは奇妙だけれど、動揺して少しでも罪を軽くしようと考えたのかもしれない。ロイドの解体なんて大した罪じゃないが、不法投棄はそれなりだしね」


「その辺り、でしょうか」


「あとは警察の仕事だよ」


 店主はディスプレイから記事を消した。


「それより、うちの話をしようか」


「何です?」


「先日の侵入者君……ミスタ・マックスなんだが」


「――マックス?」


 彼は聞き咎めた。マスターはうなずく。


「ああ。彼は、エミーの前マスターの従兄らしい」


「そう、でしたか」


 身内で、恋人。理性も失うというものだ。同情はしづらいが。


「でもどうして判ったんです? あのときは、ほとんどすぐ、彼を帰したんでしょう?」


「罵倒される覚悟で、ミズ・マックスの弔いにとご家族を訪問してきたんだ。そこで知ったんだよ」


「いつの間にそんな」


「今朝方だね。幸いと言うのかな、エミーのことにこだわっていたのは彼だけで、いまではご家族は、エミーは彼女の慰めだったと思ってくれているようだった。むしろ、あんなに夢中になったリンツェロイドを返却してしまって可哀想だった、と後悔なさっていたくらいだ」


「それは、せめてもです」


 トールはほっとした。悪魔だの魔女だの、「妹」がそんなふうに言われてはいい気分がしない。彼ら自身は彼女を死の歌姫だの何だのとは言っているが、それは「身内」故の気安さというものだ。


「ライオットが指摘していたね。衝動的に飛び込んできたという様子だったけど、その割には用意周到と言おうか、逆に用意周到だった割には犯行が大雑把すぎたと言おうか」


 もし夜中に忍び込まれて、彼らがとっさに対応できなかったら、〈エミー〉は壊されていたかもしれない。


「盗聴器というのが非常に気になった。彼の言い分から考えると、店頭の会話を盗み聞きすることに何の意味もなさそうに思える」


「それは、僕も思いました」


 トールはうなずいた。


「ただ、本当は奥に仕掛けたかったのかな、と」


「盗聴器にせよスタンガンにせよ、自分で買ったのか、と私は尋ねたんだ」


「……いつ」


「さっきだよ。ご家族から連絡先を聞いたから」


「驚いていませんでしたか」


「ものすごく」


「でしょうね」


 トールは今度は少しだけ、彼に同情した。


「彼はすっかり落ち着いていてね。弁償すると自分から言ってきた。私は、それはいいから話を聞かせてほしいと」


「どうしてそこで『それはいい』なんですか。収支がまずいんですけど」


「次の依頼があるから大丈夫だよ」


 簡単に〈クレイフィザ〉のクリエイターは言った。依頼があってから報酬が入るまでに時間がかかることには無頓着な返答だ。


「彼は、自分で買ったものではない、と言ったんだ」


 マスターは話を戻して続けた。


「ある人に相談をしたら、提供されたと」


「ある人? って、誰なんです?」


「さあ」


「さあ、って……」


「ミスタ・マックスも知らないそうだ。友人の知人の知人の……というような、つてとも言えないつてだったらしくて」


「な、何です、それ」


「さあ」


 店主はまた言った。


「そこでだ。彼が店を訪れてからあの騒ぎになるまで、店頭で君がデイジーと交わしたやり取りのデータがほしい。ロイド同士だというような話をしていないか」


「し……してません」


「本当に? それらしいことも?」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 慌ててトールは記憶――記録を検索した。


「あ」


 彼はぎくりとした。


「しました……少しだけ」


 「血の気が引く思い」というのはこれなのではないか、と思いながらトールは言った。


「どんな話を」


「デイジーとではないですが、マスターに『これ以上オプションをつけないでください』ということを言いました」


「そうだね。覚えているよ」


 店主はうなずいた。


「ほかには?」


「――ほかには」


 少年ロイドは続けた。


「近頃配信されているという、ドラマのことで。人間とロイドの恋がテーマらしいんですが」


 トールは胸に手を当てた。


「『僕らにそんな機能はない』と」


「……ふうん」


 店主は考えるようだった。


「つけてほしい?」


「いっ、要りません! って言うか、そういう話じゃ!」


 トールは悲鳴のような声を上げた。


「すみません、マスター。どうしよう、僕、とんでもないことを」


「心配しなくても大丈夫だよ。聞かれたところで、それくらいならちょっとしたジョークで済む」


「そ、そうでしょうか」


 オプション云々は、そうかもしれない。だが「自分たちにそんな機能はない」というのは、冗談としての説明がつけにくいのではないだろうか。


「君のトークを聞いてロイドだと思う人間なんていないよ」


 その機能を作ったクリエイターは言い切った。


「でも……」


「大丈夫」


 マスターは繰り返した。


「君は心配しなくていい」


「……でも」


 トールはきゅっと両の拳を握った。


「もし、ミスタ・マックスが僕をロイドだと言い立てたら」


「いいや。それはないだろう。ただ……」


 店主はそこで言葉を切った。トールは緊張に似たものを覚えた。


「――ほかの誰かが聞いていたかもしれないと、お考えなんですね」


「その可能性はあると思っているよ」


 店主は認めた。


 彼が言うのは何も「偶然、誰かがそれを拾い上げていたかもしれない」ということではない。


「どうして『盗聴』なんだろうか? 彼の考えじゃない。友人の知人の知人の知人たる、誰か。その人物はどうして、うちの会話を盗聴することでミスタ・マックスの手助けになると思ったのか? 何か弱味でも握れる、と?」


「弱味」


 トールは手首を押さえた。


 ナンバーのない両手首と爪のある両手を持つリンツェロイドたちは、〈クレイフィザ〉店主の弱味ということになり得る。もちろんそれはトールのせいではない。クリエイターにしてマスターのせい以外の何ものでもない。


 だと言うのに、彼はどうにも、後ろめたいものを感じるのだ。

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