第23話 捕まってよかった

「捕まった、と言いますと」


「ええ。ほかの少女ロイドを盗んでいたことが発覚して」


 サラは息を吐いた。


「――もう! この子がもしそんな目に遭ったらと思うと、身の毛がよだつわ!」


 叫んで母は娘を抱きしめた。


「は、はあ」


 やっぱりギャラガー氏と同じ匂いがする、とトールは思った。


「ごめんなさいね、突然お邪魔して。それじゃ」


「はい、あの、本当にマスターを呼ばなくても」


「いいのいいの」


 三度みたびサラは答えて手を振った。


「詳しくは通信で話すと言っておいてちょうだい。それから、たまにはパーティの類に出なさいって」


「はい、伝えます」


 ギャラガーと同じ伝言だな、とトールは苦笑をこらえて了承した。


「さ、行くわよ、デイジー」


「うん、お母さん」


 ばいばい、と少女も彼に手を振った。釣られるように振り返して、トールは彼女たちを見送った。


 しゅん、とオートドアが閉じて〈クレイフィザ〉に静寂が戻る。


「……びっくりした」


 彼は呟いた。


 サラ・サンダース。


 トールは人物データベースに彼女の外見を書き加えた。それから踵を返し、通信機を手に取る。


「マスター、いまミズ・サラがいらっしゃったんですが、すぐにお帰りに。呼び止めますか?」


『何だって? ああ、いや、いいよ。私に会いたくなかったんだろうから』


「はい?」


『デイジーを連れにきたのかい?』


「はい、そのようです」


『そう。三日間ご苦労様、トール』


「いえ、エミーのこと以外ではわがままも言いませんでしたし、おとなしかったですよ」


『そうだ、エミーと言えば』


 集音機器の向こうで、軽くぱんと手を叩く音がした。


『話があるから、こっちにきてくれるかな』


「はい、マスター」


 何だろうかと思いながら、彼は〈クレイフィザ〉の奥に向かった。


「マスター。トールです」


 いつものように丁寧に名乗ってからパネルに手を触れ、扉を開く。


「何でしょう」


「サラとデイジーの様子はどうだった?」


 店主はまず、そう尋ねた。


「デイジーは『お母さん』に会えて嬉しそうでした。『お母さん』の方も」


「ふうん」


「何です、その、気のない返事」


「気がない訳じゃないよ。むしろ気がかりだね」


「この前もそんなことを言ってましたけど」


「そうだっけ?」


 彼はとぼけた。少なくともトールは、マスターは覚えていながらとぼけていると感じた。


「サラは、仕事の邪魔をするとマスターが怒るからこのまま帰ると」


「私が?」


「マスターは怒りませんよと言ったら、意外そうでしたよ」


「そんなに彼女に厳しくした覚えはないけれどねえ」


 店主は首をひねった。


「言われた方はよく覚えていても言った方は忘れている、というようなことがありませんか」


「有り得るとも。ただ、忘れてしまっていてはどうしようもない。駄目だね、人間は」


 データを保存しておけない、とマスターは笑った。


「サラは、デイジーを狙っていた男がほかの少女ロイドを盗んで捕まったというような話をしていました」


「ああ、あのことか」


 マスターが知っているようなことを言うので、トールは目をしばたたいた。


「『あのこと』?」


「ついさっき、記事を見つけたよ」


 ヴァーチャル・ディスプレイを開くと、彼はひとつの配信記事を呼び出す。


「少女型ロイドの盗難解体事件……ええっ!?」


 見出しを読んで、トールは目を見開いた。


「か、解体って」


「うん。気の毒に、その少女ロイドはパーツとなって見つかったそうだ。すわ、例の『ニューエイジロイドバラバラ殺人』の犯人かという話にもなりかけたようだが、犯人は、解体したのは自分ではないと言っているらしい」


「どういうことです、それは」


「さあね」


 店主は肩をすくめた。


「盗難自体は認めた、と記事にある。買うつもりだったが、金がなかったと。何の言い訳にもならないが」


 彼はもっともなことを言った。


「いたいけな少女を誘拐して……何をしたかはしらないが、やがて飽きて、ジャンク屋に売ったと。解体したのはジャンク屋だと自供しているものの、ジャンク屋がパーツにしたならば、売り物にするはずだからね。話に矛盾があるとして追及中、とのことだよ」


「何にせよ、捕まってよかったです」


 トールは息を吐いた。


「解体されたその子は可哀相ですが……デイジーまで被害に遭わなくて」


「サラの嗅覚が鋭かった、というところかな。彼女をうちに避難させたんだから」


「とにかく、ひと安心ですね」


「まあね」


 店主の返答が曖昧なので、トールは首をかしげた。


「何か、気にかかるんですか?」


「気にならないかい?」


 店主は尋ね返した。


「ではいったい、誰が少女をばらばらに?」


「え……」


「どこでどのようにパーツが見つかったのにせよ、言ったように、ジャンク屋が解体したのならば、それは売り物だ。誰かが買って、わざわざ放置した? じゃあ何のために買う?」


「ど、どういうことでしょう」


「『誰か』が買ったのはパーツではなく、『少女ロイド』そのものであり、その目的は『解体すること』だったんじゃないかな?」


「……え」


 トールは目をしばたたいた。


「まさか、マスター。例の……G氏のことを言ってますか」


 〈ヴァネッサ〉の解体を望んでいたと言う、マリオット・ファミリーの「情報将軍」。ジョヴァンニという名のその男のことを店主は「天才」と言い、「話をしてみたい」などと言っていた。


「そうだね。彼を思い出したよ。何も、彼の仕業だとは言わないが」


「そ、そういう趣味の人物が何人もいると思うのも怖いんですけれど」


「確かに、ぞっとしないね。じゃあこういうのはどうだい? ロイドの解体には、それなりに技術が要る。廃棄のための解体じゃない、売り物にしようとするなら、再度使えるだけの形を保っていなくてはならない」


「それは、そういうことになりますね」


「しかし解体屋はそれに失敗してしまったので、捨てた」


「……ええと」


「乱暴で大雑把な説かな?」


「かなり」


 トールは認めた。

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