第157話 女神の使徒なんて聞いてないよ!

「ふぅ……こんな所かしらね」


 冬に向けて貯蓄する物を買い込み、家の地下へと仕舞う。“四人”が過ごすには十分な量だろう。

 そう、四人で……。


「…今頃何処をほっつき歩いてるのかしらね、あの娘は」


 連絡も無く、突然姿を消した娘に愚痴を吐く。元々連絡が多い方では無い娘ではあったが、それでもこれが異常な事だということくらいは流石に理解できた。


「マリア、帰ったぞ」

「あぁ、お帰りなさい。それで…」


 ロビンが首を横に振る。わたしは、「そう」としか返せなかった。今の自分が酷い顔をしているだろうという自覚くらいはある。

 あの娘フィリアが消えてから、気が付けばもうかれこれ十年以上経ってしまっている。ロビンは必死になってずっと情報を集めに外に出ているけれど、一切の手掛かりがないのだと言う。


「…大丈夫よ、あの娘なら。その内平気そうな顔してフラッと帰ってくるわ」


 あの娘が、そんな簡単に死ぬ筈が無い。だってわたしとロビンの娘なんだもの。それに、女神の使徒なんて大役にも選ばれて……。

 ……分かっているのよ。消えた原因が、恐らく“それ”であることくらい。


 女神の使徒。女神様の代行者にして眷族となった存在。女神様の御力の一部を与えられるが、それ故に危険な使命を与えられる事もあると伝え聞く。


「はぁ……」


 昔から突拍子も無い事を仕出かしたり巻き込まれたりする娘ではあったけれど、その裏にはまさか女神様が居たなど笑えない。


 何時まで考えても答えなど出ない問題は一旦頭の片隅に追いやり、気持ちを切り替えて今日の食事の下拵えをしようとキッチンへと向かう。すると、ガチャリと玄関の方から扉が開く音が響いた。


「誰かしら…?」


 ロビンは先程帰ってきたばかりで今はお風呂に入っているし、アッシュは今日帰ってくる連絡は無かった筈。後はレミナだけれど、彼女も暫くは用事で帰ってこない

 来客の予定も無い事を頭で整理し、盗人かと警戒しながら玄関を覗く。しかし、扉は半開きになっているだけで、人の気配がしない。


「風…?」


 そう思い至り扉を閉めようと動いたところで、その隙間からふわりと一房の“翡翠色の髪”が入り込むのが視界に入り、思わず息を呑む。


「えっとぉ…」


 続けて聞こえた、高い柔らかな声。まさか、そんな筈は無い。あれから十年以上経っているのに、記憶通りの声である筈がない。

 信じたいという感情と、信じられないという理性がぶつかり合い、ただ見詰める事しか出来ない。


「た、ただいま…?」


 扉が開き切り、声の主が姿を現す。若干バツが悪そうに眉を下げながら帰宅を知らせるその姿は、わたしの記憶と一切の誤差が無くて。返事を、お帰りを言わなくてはならないのに口が上手く動かなくて。


「…フィリア、なの?」


 気が付けば、掛けるべき言葉では無いものが口から零れていた。思わず口に手を当てるが、その子は、フィリアは苦笑を浮かべるだけだった。


「まぁ、信じられないよね…ごめんなさい、まさかここまで時間が経っていたとは思わなくて。親不孝者でごめんなさい」


 違う。違う違う違う違う違う! 


「わっ!? マ、ママ?」

「お帰り。お帰りなさい…!」


 フィリアに駆け寄り、今度こそお帰りを告げる。もう手放さないと強く抱き締めれば、仄かな温かさが腕に伝わった。それだけで、わたしはもう良かった。この娘が生きている。わたしの幻想ではなく、此処に、確かに存在している。ただ、それだけで。


 ◆ ◆ ◆


 久しぶりに家へと帰って来たら、ママはやはり少し歳を取った顔をしていた。それでもまだまだ若々しいのだけれど。

 落ち着いたママと共に家へと入れば、懐かしい香りについ顔が緩む。


「それで、一体何があったの? 今まで何処にいたの? …その、姿は?」


 テーブルに着席して早々予想していた通りの質問ばかり掛けられて、思わず笑ってしまう。まぁ誰だって気になるだろう。十年以上、何処に居て、そして、何故姿がのか。


「話すと長くなるけど、いい?」

「もちろんよ」


 じゃあと間を少し置き、わたしは口を開いた。


 ベル…邪神モドキとの戦いの末、わたしは限界を超えた為に魂の器を失って消滅するところだった、らしい。らしいというのは、その後エルザから聞いた話だからだ。


 魂の器というのは力を受け止める場所のような物で、今回の場合神滅刀から与えられた力によって壊れてしまったそうだ。で、無論その名の通り魂の受け皿でもある訳で。


「結果、完全に消えかけたっぽい」

「ぽいって…」


 ママが頭が痛そうに手を額に添えるのを見て、当事者でありながらやっぱり酷い状態だったのねと妙に冷静になる。


「……で、じゃあ今わたしの目の前にいるのは?」

「紛れも無くわたし。フィリアだよ。それは間違い無い」


 ……人間ではないけれどね。


 魂の器を失い消滅しかけたわたしだったけれど、その代わりとなる物が現れた。それが、翡翠だった。崩れ行くわたしの魂を受け入れ、完全に翡翠と同化した存在。それが、今のわたしだ。その際、翡翠の人格とも呼べる物は無くなってしまっている。まぁ悲しいけど仕方無いね。二重人格になっても困るし。

 で。当然無機物、それも神器と交わったもんだから再構築に物凄く時間が掛かってしまった。結果が今な訳なんだけど。


「じゃあフィリアは今どういう存在になっているの?」

「うーん…まぁまず人じゃないよ。だから姿もこのままで変化無し。生きているかと言われたら微妙。何方かと言うと、“存在している”が正しいかな」


 一生物ではなく、一つの存在として顕現化しているに過ぎない。だから今のわたしは成長しないし老いもしない。ただ、そこにあるだけ。


「一応この世界の女神の姉でもあるよ」

「…は?」


 おおう、底冷えするような声出さないでよ。


 エルザは何時からかわたしの事をお姉ちゃんと呼んでいたけれど、実はその通りの関係性だったらしい。簡単に言えば、エルザは生前のわたしの妹を“一部として”取り込んでいる存在だそうだ。故に、姉妹というのはあながち間違ってない。


 そしてそんな妹のエルザがドジをやらかし続けた理由。それは──


「──女神の、育成?」

「そ。所謂女神の使徒っていうのは、新たなる女神を生み出す為の試練的なものらしいよ」


 落とされた厄災の種や、神器の回収。そしてそれらの後始末。一つ一つは小さいものの、必ず神としての力の一端に触れることになる。それらを繰り返す事で使徒の身体を変質させ、神格化させる。それが、今までのわたしが動かされたシナリオの全貌だ。

 そのシナリオの中でわたしを神格化させる目的は、あの邪神モドキを倒させる為。神が直接手を下すにはこの世界は壊れ過ぎていたそうで、無理矢理わたしを神格化させて神滅刀を与える事で事態の収拾を図ろうとした。


「でも、神の予想よりも事態が悪化するのが早かった。だからわたしは神格化が中途半端な状態で挑まざるを得なかったんだ」


 世界樹がわたしに神滅刀の存在を教えてくれなければ、恐らく倒す事も出来なかった。こうして振り返ると大分杜撰な対応ばかりだね、神様達。まぁ仕方無いんだろうけど。


「…でね。わたしはママに謝らないといけないの」

「何かしら」

「……わたしの事は、忘れて欲しいの」


 そう言った瞬間、驚愕からかママの目が大きく開かれる。まぁ、そういう反応になるよね……。


「これから、わたしはこの世界に魔法を掛ける。わたしが存在したという事実、その全てを抹消する為に」


 わたしの存在。そしてわたしが話した事。それらは言わば世界の真理に近い。人間が神に至る、唯一の道を体現してしまう。故に、全てを抹消する必要がある。


「……そうね。それが正しいのよね」

「…ごめんなさい」

「貴方が謝る必要はないわ。でも、この後直ぐ?」

「うん。こうして降りるのも、特例として認められたものだから」


 本来であれば許可されない事でも無理矢理通したのは、どうしてもママだけには話したかったから。例え忘れてしまうとしても、一つのケジメとして必要だと思ったんだ。


「もう、行くね」

「ええ…最後に一つ、いい?」

「大丈夫だよ。何?」


 ママが立ち上がり、そっとわたしの身体を抱き締める。強く、それでいて優しく。少し震えるママの身体を、わたしからも手を伸ばす。


「結局、親らしい事は何も出来なかったわね」

「そんな事無いよ。わたしこそ、いっつも連絡もせず勝手に動いて心配ばかり掛けてごめんね」

「本当にそうよ…最後まで、困らせる娘なんだから」


 咎める言葉でもその声色は柔らかい。

 暫く二人の体温を渡し合い、何も言わずに身体を同時に離す。その顔には少し涙の跡が残っていた。その跡に指を這わせて、魔法を使い綺麗に消し去る。


「…じゃあ」

「ええ」


 その言葉を最後に、わたしの視界が歪む。それが涙なのか、それとも転移の影響なのか、わたしには分からなかった。





 ◆ ◆ ◆












「………どういうつもり?」


 天界に帰って来て早々に土下座した状態のエルザから「下界に戻って欲しい」と告げられ、思わず低い声が出る。その真意を確かめる為わたしは腕を組み、目の前で正座するエルザを睨み付ける。


「その…えっと…色々と影響も残ってるでしょ? このままだと不味いし、かと言ってわたしが直接するには細すぎて…」

「クドい。端的に」

「うぅ…お姉ちゃんが容赦無い…」


 神滅刀をその身に取り込んだ形となったわたしは、現在ほぼ神に等しい存在でもある。だからこそ今後住む場所は天界で、かつエルザの補佐になるのだけれど…なんでまた戻らないといけないのよ。折角ケジメもつけてきたのに。


「つまり! もう一回女神の使徒になってください!」


 ……黙って手刀を脳天に当てたわたしは悪くない。


「痛ったァ!?」


 ふむ。やはり今のわたしならエルザを害する事が出来るらしい。


「止めてね!? 流石に今のお姉ちゃんの力だとわたし消えるよ!?」

「やらないわよ」


 しかし、戻る事になると下界の記憶は「そのまま」…そう。

 神となったわたしは、世界の記憶から存在を抹消してしまうとその世界の下界に降りる事が出来なくなる。それは、まだ分かるんだ。ただ、


「なんで降りる時言わなかったの?」

「…てへ?」


 殴っていいかなコイツ。


「止めて!? じゃ、じゃあそういう事で!」

「あっ、コラ!」


 わたしの怒声は虚しく空を泳ぎ、気が付けばわたしは何処かの森の中に立っていた。

 …わたしは、静かに息を深く吸い込む。



「────女神の使徒なんて聞いてないよ!」












『転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜』[完]




  https://kakuyomu.jp/users/fufumini/news/16818093081035142775

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転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜 家具屋ふふみに @fufumini

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