第3話出し惜しみしてる場合ではないようです……

 ふっざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんな。バカ、アホ、なんだってドラゴン? 現れるにしたっていきなりすぎるだろこんなもん。


 確かにこの水場は大きいし、よくよく考えれば他の生物だって居てもおかしくないはずだ。だというのに静かなのは、こいつの水飲み場でテリトリーだったから、という訳か。道理であのゴブリン以降、此処に向かうまでの間に魔物にも動物にもすれ違わなかった訳だ。


 この場所がいかに危険な所か、知らないのはマヌケな俺だけだった、という事らしい。その代償にしてはあまりにもデカすぎる。ばかたれ。


「Gru……」


 こちらの様子を伺っているのだろう、左右に動きながら視線は真っすぐ向いている。だが、歓迎していない事は間違いない。まずい、思考を止めるな、対策を考えろ。何もされていない内に打開策を考えなければ、間違いなく死ぬ。


 ゴブリンと対峙した時とは比べ物にならないほどの汗が噴き出る。じわじわと背中や腋に水分を感じながらも、口の中は逆にカラカラになるほど乾いていく。どうする、走って逃げるにしたって間違いなく追いつかれる。


 森の中に逃げたとしても、木々や茂みが邪魔で速度も取れない上に、火炎放射などのブレスを喰らえば一瞬で焼け野原、火事になって逃げ場もすぐになくなるだろう。どうすればいい、どうするのが正解だ。


「Guaaaaa!!!」


 だが相手はこちらの事情など関係ない。痺れを切らしたのか、真っすぐに突進してくるのを見て、思わず体が動いた。ただひたすらに、全力で突進のルートから外れる為に横へと走った。


 木を容易く砕きながら滑り込むようにタックルをしたドラゴンの破壊力を見て、ゾワリと鳥肌が立つ。体の頑丈さもそうだが、それなりに太い木に対して何の抵抗もなく簡単に圧し折る威力。これは、もう、やるしかない。


「今使わないでいつ使うってんだよ! これでゴブリンとか来たらマジで呪うからなオイ!!」


 こうなったら出し惜しみなんてしてる場合ではない。使用限度一回の召喚魔法、こいつを今使わんでいつ使うというのか。淡い期待と、不安を織り交ぜながらただひたすらに、祈る。使い方なんてわからない、当然だ、俺は魔法使いじゃないのだから。何が出てくるかも分からなければ、それを制御できるかどうかも怪しい。それでも、出来る限りの何かをしてからじゃないと死んでも死にきれない。


 ドラゴンの突進が、やけにゆっくりと感じる。頭が焼ける様に熱い。体は重くて怠い。心臓から全身を這うように、何かが流れ込んでくる感覚を覚える。


 徐々に迫りくる恐ろしい形相のドラゴンが、より一層口を広げ、食い千切らんと牙を鈍く煌めかせて確実に命を奪いにやってくる。少しづつ、確実に、しかし未だに何も起きず。


 これで、終わりなのか。こんな呆気なく、死ぬのか。ふざけるなよ、そんなのはあんまりじゃないか。ベタな展開でいい。だから、何かこの状況を打破するような変化が欲しい。


「さっさと……っ! 出てこいよおおおおおお!!!!」


 ――その瞬間、唐突に水面が大きく爆ぜた。


 ドラゴンは何事かと顔をそちらに向け、同じく俺もソレを見る。は、水の上に立っていた。まるで重力を無視するように、文字通り水の上に立っていたのだ。


 真っ黒な西洋風の鎧に、全身至る所に浮かぶ、赤黒く胎動するようなラインの輝きは紋様に思える。竜の角を模した様な三角の兜は、本来は見えるはずであろう目の部分の切れ込みからは何も映らず、深淵の様に深い黒だけがあった。


 ただ何もせず、動かず、こちらを見ているだけ。ドラゴンも、明らかに無力な俺よりも、唐突に表れたソイツを顕著に警戒していた。だが、次の瞬間、その黒い騎士はまるで振動するように小刻みに震え始めた。え、ドラゴンにビビってる感じですか? 嘘だよね?


 安心したのは、逃げる様子はない点。ゆっくりと、こちらへと向かってくる。だが、そこでふと、余裕が出来て冷静になった。アイツは果たして味方なのかどうか、だ。タイミングよく現れただけであって、こちらの援護をしてくれる保障など今はない。一番の最悪は、敵が一人増えるパターン。


 だが、ドラゴンは突如、大きく羽搏いて後退した。距離を離して、そいつの動向を凝視し眺めている。そいつはやがて、俺の前まで辿り着くと、ゆっくりと腕を伸ばしてきた。な、なんだ? 何をする?


 一瞬、伸びた腕が顔付近まで上がってきたことで、首を絞められるのかと体が硬くなったが、ただ、俺の頬に手を添えるだけだった。


 ひんやりと冷たい、感情の無さそうなその籠手が、何かを確かめる様に一度、優しくそのまま頬を撫でる。そしてやおらに、傅く様に、俺の前で跪いた。これは……味方、で良いのかな? いやでも、見た目のシルエットは完全に裏切った騎士って感じなんだけど……?


「えーっと、助けてくれる、で良いのかな?」


 その言葉に、はっきりと、ゆっくりと、勿論だと言わんばかりに頷いた。ダメだ、流石に騎士の作法なんて分からないから返礼の仕方なんて知らないぞ俺は。間違えて急にお前は相応しくない、とかで斬られたりしないよね。


 そう思っていると、頭の中に言葉が浮かんできた。唐突に、急に差し込まれたかのようなその文章。自分の意思とは別で、口が勝手に動き出す。


「汝、主命を守る者。汝、己が身を以って盾となり、剣を以って我が敵を払う者。天秤傾くを良しとせず、誇りと矜持を以って騎士たらんとする者。故に問う、汝、我に使える騎士たるかや?」


「我……主命……を守……る……者。こ……の剣……以って、主……脅威……討ち払わ……ん」


 まるで洞窟の中の様な、重く反響するようなたどたどしい声が聞こえた瞬間、俺の腕の血管を沿うかのように光が走り、まるでタトゥーの様な黒い幾何学模様が刻まれた。契約完了、という事で良いのだろうか。


 騎士はゆっくりと立ち上がり、ドラゴンから俺を隠す様に、その背で以って有言に語っていた。守ってくれるのだろう。


「これであっけなく負けました、じゃ勘弁だからな。頼んだぞ黒騎士様!」


 その言葉に応える様に、騎士の体が僅かに前へと倒れ込む。やがて、バランスを崩したのかと言わんばかりに斜めになり、瞬間、地面が小さく爆ぜた。


 その一瞬でもってドラゴンの目の前へと躍り出た黒騎士の右手には、いつの間にか剣が握られていた。それは人が持つにしては大きすぎるのではないかと言わんばかりの長身で、刀身の長さだけでも小さい子供と同じぐらいだろう。真っ黒に塗りつぶされたソレはまさに大剣と呼ぶに相応しい。左右に分かれた取っ手を無造作に掴み、振るう。


「Gugyaaaaaa??!!?!!!」


 まるで、鉄と鉄がぶつかり合うような音と共にドラゴンの顔に叩き込まれたその一撃によって大きく顔の半分は拉げ、折れた牙を撒き散らしながらドラゴンが弾き飛ばされる。無理やり地面に押し付けられたような形で転がっていく最中、バキバキと、まるで太い木が折れる様な音が翼の至る部分から響いた。


 圧し折れ、翼膜を支えているであろう部分からは血を流し、憎々しいと語るその口元からは先ほどとは比べ物にならない程の炎が漏れ出ていた。バカでもわかる、ブレスを放つ事前動作なのだろう。一度頭を天に向けたかと思いきや、黒騎士へと放たれたのは此処まで熱風を感じる程の巨大な熱球だった。


 地面を焦がし、風圧によって巻き上がる土を焼き尽くしながら真っすぐ向かうそれを、まるで子供が投げたボールを払うかの如く、一閃し、真っ二つに切り裂いた。


 片割れは空へと向かい、もう片方は水面に着弾し、途轍もない量の水蒸気爆発を起こす。思わず、その風圧で地面へと転がされ、頭を庇う様にしながら二回、三回と土を服へと滲ませながら、木にぶつかることで漸く止まった。


「クッソ……痛ぇ……なんて威力だよ」


 その一撃だけで水量の半分を吹き飛ばし、もはや今では水底まで見える始末。さっきは気付かなかったが、湖の中心部には所々が壊れ崩れた、小さな祠の様な神殿がポツンと佇んでいた。


 だがしかし、確信した。俺は土壇場で大当たりを引けたのだと。あの恐ろしいドラゴンを真正面から見たからこそ分かる。何故ドラゴンスレイヤーが英雄と呼ばれるのかを。恐怖の権化といっても過言ではないあの巨体に立ち向かう勇気と、討伐するその力を称えるからこそ、人々は英雄と呼び、夢見て、そして憧れるのだ。


 自分の必殺技とも言えるあの一撃を簡単に払われた事が相当堪えたのか、ドラゴンからは戦意を一切感じない。むしろ、黒騎士が一歩近づく事に、後退って逃げる素振りを見せている。此処に立場は確定した。本来は狩るモノとして最上位のドラゴンが、狩られる側の獲物へと成り下がったのだ。


 ならば必然、被食者は捕食者に怯え、逃げるのは当たり前。だがそれを許す程、黒騎士も悠長ではない。


 まず黒騎士は握っていた剣を乱雑に投げ飛ばし、ドラゴンの足へと突き刺した。


「Gyaaaa!!?!」


 次に横へと切り払い、恐らくは腱を断ったのかドラゴンの体重が片方へと極端に傾いた。そして流れる様に、切り払った慣性をそのまま利用して黒騎士は跳ね、片翼を根本から寸断し、そしてそのまま頭部へと着地がてらに剣を突き刺した。


 ビクリと、大きくその巨体を跳ねさせたが、それがトドメとなったのか、地響きを立てて地面へとドラゴンは沈み、口から舌と大量の血を零れ落としながら息絶えた。


 あぁ、良かった、何はともあれ無事に済んで……あ、あれ? 目が……霞む…………?


 体が傾き、地面へ倒れるその瞬間、僅かに硬い鉄製の感触を覚えた。恐らく、受け止めてくれたのだろう。だが、もうだめだ、意識が持たない。


「……姫…………様」


 そんな、呟くような、漏れ出た言葉を最後に聞き、俺の視界は真っ暗に暗転していくのであった。

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黒騎士様、無事に生き残りたいので道中警護お願いします!~ @reivun

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