第2話 チュートリアルバトルが始まりました……
何はともあれ、まずは動くことを考えた方が良さそうである。
もし仮に救助が来る算段があるならともかく、まずもってそんな事はありえない。ならばこの場に留まるよりも、ややリスクはあるが動いた方が賢明というもの。とりあえずは水場を目指す事を最優先にしよう。
水場があれば最低限の飲み水は確保出来るだろうし、そこに現れる生き物や魚を捕まえて食料にすることも出来るはずだ。覚えて良かった捌き方。まぁこれはメリット、しかし当然デメリットもある。この場の生態系が分からないので、来る生物によっては最悪のパターンというのもある。
鹿などといった、こちらから害を与えなければ脅威にならない草食動物ならともかく、猪や熊といった、遭遇しただけで被害が甚大になることが予想される雑食・肉食動物に遭遇した場合はまずもって詰み、その場合は召喚魔法を切ることは躊躇ってはいけないだろう。
そして次に、この世界がファンタジー系なのであれば魔物の存在も忘れてはいけないし、そもそも森の中ということを加味すれば、警戒しすぎるに越したことはない。動物だけじゃなく、植物だって毒性の物を警戒しなければならないのだから。
蛇やダニなんかも脅威だし、進むという選択肢によってリスクは跳ねあがる。だが何もしなければ飢えて死ぬだけ。死を待つよりは、動いて活路を開きたい。シチューでカツを開くというやつだ。お腹空いてきたな。
「まぁ、取り合えず真っすぐ進もうか」
決意表明を呟き、まずは木に目印として、ナイフで自分が進んだ方向へ矢印をつけておく。ただの印では迷った場合にどの方向から来たのかわからなくなる、ならばキャンプ地を見つけた際、同じ場所をぐるぐると進まない様に工夫は必要だ。
それに、こうして木に注目すれば、怪しげな植物の警戒にもなるし、熊の縄張りの爪痕の発見にもつながる。
足元や周囲を警戒し、ゆっくりとだが確実に、前へと進んでいく。腕時計の時間はアテにはならないが、どれだけ経過したかの目印程度にはなる。今は凡そ三十分ほど、鬱蒼とした茂みをかき分けて進んだ際、やや開けた場所が視界に映り、それと同時に分かりやすいヤツがいた。
「ギギッ?」
焦げ茶色の肌、尖った耳、やや小さめの背に手作りの雑な石斧。ゴブリンという奴だろう。イメージ通りな姿をしている。無駄に腰にぼろ布を巻いてセンシティブ対策をしているのは疑問に思っちゃだめなんだろうか。
それはともかく、相手もこちらに気づいた。その瞬間、心臓の動きが早くなる。薄らと滲む手汗で滑らない様に、鞄を下ろしてポーチからナイフを取り出す。
よく見ると作りが良く、鋭そうな切れ味。命を奪うには問題はなさそうだ、それ以上に警戒すべきは、相手のステータスだ。仮にゴブリンだったとしても、雑魚敵と断定するには早い、もしかしたらこの世界ではそれなりに強い魔物の可能性だってあるのだ。
相手のステータスを見れないものかと、こちらを警戒している相手を強く凝視すれば、浮かび上がる。ふむ、全てのステータスが5、体力も10と、恐らくは低水準の数値。スキルもなければ、変わった何かがあるわけでもない。さて、チュートリアルといこう。
わかりやすくファンタジーになって、興奮する思考をなるべく冷静さに寄せ、命を奪うだとかいう葛藤は今は捨てる。相手の命を重んじる程の余裕はない、生きる為の行動なら、全てが優先される。
「ギギッ!!!」
さほど素早くない動きで、パタパタと小走りに、斧を掲げて突撃してくる。分かりやすい動きだが、まずは様子見。
「フッ!」
大振りの振り下ろし、やや大げさ気味に距離を取るためにサイドステップ。あまり最低限だと、我武者羅な振り回しに当たる可能性もある。体は丈夫ではない、石で出来た道具で殴られただけでも普通の人間にとっては大けがなのだ。大事を取って、安全策を取る。
地面に埋まった石斧を何度か引き上げる様にして、少し慣性に振り回されて崩れた体勢を整えて再び突っ込んでくる。攻撃手段も同じだ、ならば次で攻撃を行う。
「ギッ!」
再びの振り下ろして斧が地面に埋まり、両手で引き抜こうとして、両腕の可動が塞がったのを見て即座にダッシュ、狙うは徹底して首。
「ギャアッ! ギィッ!!?」
首の次はまずは肩、突き刺したまま思い切り横に薙げば、切れ味鋭いナイフは簡単に腕まで刃が通った。そのまま振り抜き、返す刀で逆の腕を切り、思い切り頭部へと突き刺す。
「グ……ギャ……」
引き抜いた際の紫色の血が地面へと零れ、膝から崩れ落ち、ゴブリンは動きを止めた。溢れ出る血液が人間とは違う色合いのお陰で、少しは気分はマシだが…………。
「ッ、ハァッ、ハァッ……フゥ~ッ、チュートリアルバトルは何とか乗り越えたな……」
命を奪った嫌悪感よりも、とりあえずは勝ったことと生き延びた事への安堵と興奮が勝る。この感じであれば、一対一であればそこまで苦戦はなさそうだ。
「レベルアップ……は、無しか。でも、積極的に挑むのはまだ止めた方がいいな」
装備も整っていなければ、まずは現状を打破することが最優先だ、目的を違えてはいけない。あくまでも、遭遇した時は対応する、ぐらいの心持ちでいいだろう。
再び、木に目印をつけながら、暫く歩いていくと、ふと、水音を捉えた。
木々がそよぐ音に混ざって、間違いなく水流の音が聞こえる。方向も……うん、音がそれしかない分、目立って分かりやすい。警戒は怠らず、進んでいけば……。
「これで、まずは第一関門は突破、かな」
思ったよりも、湖と呼ぶには小さいが、池というには大きい。だが水があるのはバンザイだ。透明度もあって綺麗そうだが、直接飲むのは警戒しておいた方が良さそうだ。と、なると火起こしをしなければならない。此処をキャンプ地とする! には火は必要だ。水の煮沸もしなければならないし、そうなると鍋が欲しいのだが……。
「うおっ?!なんだ!?」
その時、チュートリアルアイテムの鞄が僅かに揺れた。体の動きによるものではなく、自発的にだ。なんだろうかと思って手を突っ込めば……手つきの鍋があった。どういう事?
「…………チャッカマンとか欲しいなぁ」
再び、鞄が揺れて、チャッカマンが中にあった。これあれか、マジックボックスとかいう奴か。それにしてはずいぶんと高性能だが……試しに剣をイメージしたが、流石にそれは出てこなかった。
だが、火を自由に使えるのはありがたい。そしておそらく、鞄の大きさはそのままに、収納量は見た目以上にあるのは間違いない、出て来た手持ちの鍋など、これ一つ入れば間違いなく膨張して沢山になるのに、見た目の大きさは変わっていないのがその証拠だ。
適当に枝をナイフで切り落とし、葉っぱを集め、転がっている手ごろな石で簡易的な竈を作り、チャッカマン先輩で焚火を作る。少し焦げた匂いと共に上がったオレンジ色の炎を見て、漸く一段落ついた。一気に肩の荷も下りるというもの。
試しに、折り畳みの椅子を念じてみれば、やはり出てくる。それに腰掛けながら汲んだ水を煮沸しながら、ぼんやりと火を眺める。
「……なんだって、俺なんだろうなー。至れり尽くせり、ではないけどこうしてある程度のチュートリアルアイテムもあるし、誰かの意思が関わってるのは間違いないんだろうけど……」
まぁ、考えたってわからん。今は第一の目的は達成した、次は食べ物だ。
「……行けるか? 行けたわ」
試しにカップ麵を念じてみれば、出てきたのは毎度おなじみな見た目の奴。国民に長年愛されている、白いパッケージに赤枠の文字のヌードルさんが現れた。ゴミの問題も、先ほどステータスを確認していた時、ゴミ箱、という謎の項目が追加されており、拾った枝をゴミ箱に突っ込むイメージを行えば、手から消えたので問題なし。
「あ゛ぁ~、美味い、ほんっとに美味い」
取り出したプラスチックのフォークでカップ麺を食べ進めれば、食べ慣れた味に安心を覚える。先ほどまで張っていた緊張の糸も切れ、胃袋が満たされた事でやっと余裕が出来た。
耳に入る、大きな羽ばたきの音が聞こえなければ、だったが。
「……え、っと……は?」
赤い体表、口から覗く鋭い牙と僅かに漏れる炎。大きな翼と、巨体を支える太くて筋肉質な足。地響きを起こしながら降り立ったそれは、チュートリアルと呼ぶにはあまりにも、異質すぎた。
「ウッソだろ、おい」
声が震える、体も恐怖で動かない。唸り声を僅かに漏らしてこちらを睨むソレ。
「Guruaaaaaaaaaaaa!!!!」
最も、ファンタジーらしいそいつは、こんな序盤で会うにはあまりにも最悪。
まさかの、ドラゴンとの遭遇だった。詰みでは?????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます