第1章『全ての序章』

 ー授業開始から約40分ー

「早く、終わらないかなぁ」と思いながら

楠木茜くすのきあかねは窓越しに外を眺めていた。

グラウンドでは持久走が行われている。

「いーち、いーっち、いち、に・・・。」

と茜〈あかね〉の教室まで号令が響き渡る。

上から眺めると少し気持ち悪いなと

茜〈あかね〉は思った。

体操服を着た集団が列をなしている。

その集団が軍隊のように、

一定速度で動いているのだ。

「異様な光景だ」

と茜〈あかね〉は思った。

もう11月も暮れ、

街ゆく人々の眼鏡が

白く曇り始めている。

今年は豊作で野菜が安価なようだ。

今朝のニュースで、

メイクや髪、服装まで鎧の様に着飾った

女性アナウンサーがそう報じていた。

特に、白菜・キャベツと、

鍋に入れると美味な野菜が安いらしい。

農家さんにとって、

決して良い状況では無い。

だが私達にとって、

喜ばしい冬となるだろう。


「あぁ、もうすぐ私達のクラスも持久走か」と考えながら、茜〈あかね〉は溜め息をつく。


冬の寒さに耐えながら走るという

罰ゲームみたいな地獄の時間。

茜〈あかね〉はその時間が大嫌いであった。

自分のペースで走れるならまだしも、

誰が遅いか瞬時に分かる、

今の時代に逆行したやり方は体育が苦手な人にとって酷く辛い時間である。

少なくとも茜〈あかね〉にとって持久走は、

この上なく嫌で苦痛を感じる。

吐き出した溜め息の音は、煩く鳴り響く号令の音で、瞬く間に掻き消されてしまった。


茜〈あかね〉はふと窓越しに空を見上げた。

授業は残り10分というのに、

こういう時に限って普段より時間が進まない。

「疲れた。早く終わってよ。」

と心の中で呟きながら、

茜〈あかね〉は時計を眺めた。

秒針が動くスピードは極端に遅い。

とうとう世界がスローモーションで動き始めたのではないかと、真剣に疑い始める。

茜〈あかね〉にとって、

授業終わりの最後の10分は、体感1時間だ。

チャイムが鳴るまでの時間を持て余した

茜〈あかね〉は、ぼんやりしながら窓越しに雲の動きを観察し始めた。


そして、茜〈あかね〉の傷となったある出来事に思いを巡らせた。

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雨が降るその前に 竜胆 薊 (りんどう あざみ) @hoozuki2727

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