死人投票権が認められた世界

ちびまるフォイ

一番効率のいいところから攻める

「選挙? 言ったことないなぁ」


「なんか政治ってよくわからないし……」


「それに誰に投票しても変わらないでしょ?」


世間の投票率の低さに首相は頭を悩ませていた。


「まいったなぁ。毎年投票率は下がってる。

 そのうえ、面白半分で投票する人も出てきて

 これじゃ国民の声なんかわかりゃしない」


「首相、私にアイデアがあります」


「ほう。話してくれ」


「死人に投票権を与えましょう。

 彼らこそまさに歴史の教科書。

 彼らに投票させれば正しい道を示してくれますよ」


「なるほど。それに投票率もあがりそうだな!」

「ですです」


「大臣を集めろ! すぐに会議をはじめるぞーー!」


首相の呼びかけで首脳陣は会議をひらいた。

すぐに「死人投票権」は認められた。


このニュースにあの世は大騒ぎだった。


「おい! 死んだ俺達も投票できるって!」


「まじかよ! 地上を眺め続ける日々は終わったのか!」


「信長は誰に投票するかな? ヒトラーは誰にするのかな?」


代わり映えしない毎日に飽き飽きしていたあの世の住民は大喜び。


お祭りさわぎのあの世に対して地上は冷めたもので、

死人投票権が認められた初めての選挙の中継も

同時刻でやっていた地元グルメ番組に視聴率で敗北した。


死人たちの投票で選任された政治家たちはうれしそうに空へ手を降った。


「これまでは投票率が低すぎて

 議員になれませんでしたが

 死人投票のおかげで議員になれました!!」


「天国のお父さん、お母さん! 投票ありがとう~~!!」


「現代を生きる無関心なバカよりも、

 空から見守ってくれている皆様がこの世の主役です!」


地上よりもあの世のほうが累計人数が多いため、

さまざまな意見こそ出るが投票結果はしごくまともだった。


この世で行われる投票は、あの世にとってのお祭りに等しい大イベントとして定着した。



それから数ヶ月が過ぎた。



死人投票権がはじまってから、政治家の掲げる政策は「あの世」向けのものが多くなった。


「私が当選したあかつきには、地獄の釜の温度を10度下げます!」


「天国への入国審査をゆるめ、入国ビザ不要にします!」


「自殺を合法化し、いつでも死んで投票できるようにします!」


どれもこれもあの世の人たちに都合のいいものばかり。

すでに現世よりもあの世のほうが影響力が強い。


政治家は選挙カーで現世を回るよりも、

あの世で広報演説をしたほうがはるかに当選に近づくことができる。


政治家はすっかり故人にこびへつらう存在。


そんな調子なので現世における政治は腐敗と無能化が進み、

ますますあの世に主導権を握られ続ける状態となった。


この状態に気づいたのは、以外にもカルト宗教集団だった。


彼らは自分たちの作戦本部かつ礼拝堂でもある公衆トイレに集まった。


「和式トイレ教のみんな。我々はある作戦を思いついた」


「教えてください、教祖!」


「いまや、この世の政治はあの世が実権を握っている。

 ということは、死んでしまえばこの世を支配できるということだ」


「……? 話が見えません、教祖。我々はどうすれば?」


「信者を集めて集団自殺をするのだ。

 そうすれば、あの世から我々に都合のいい投票ができる」


「なるほど! あの世から組織票を入れるんですね!」


「そうとも。さすれば我々にとって都合のいい人間を当選させ、

 ひいては現世にこれから生まれる信者に都合いい世界を生み出せる」


「ついに世界全体を和式トイレで埋め尽くせるんですね、教祖!」


「ああ! さあ、早く死んで投票しにいこう!!」


カルト宗教の信者たちはタイミングを合わせて自殺した。


そうすれば、あの世のクラス替えが同時期に行われ

仲良しの信者どうしがいい具合に同じグループに割り振られる。


この作戦においてもっとも必要なのは連携。


信者たちは現世を自分たちの宗教色に染め上げることができるのなら

己の命を投げ捨てるのもいとわなかった。


信者が大量死してから数日後、ふたたび選挙のタイミングとなった。

信者たちは口裏をすぐに合わせる。


「いいか。あの〇〇というやつは、和式トイレ推進派だ。

 うちの教祖様とも交流があるから投票するように!」


「はい! 必ずや当選させます!!」


信者たちは迷わず同じ候補者に投票を集中させた。


死者たちの人数も多く投票が散ってしまいがちになる死人投票だからか、

小さな宗派であっても投票をまとめられればかえって当選がしやすい環境となっていた。



投票結果は……見事、都合のいい人が当選となった。



「やった! 作戦どおりだ!!」


信者たちは大喜び。


各所で行われた選挙の結果でも、

信者たちの組織票でもって他の候補者を突き放して当選が相次いだ。


国会はカルト宗教に息のかかった議員さんばかりで準備万端な状態となった。


命を落としてもなお教祖はあの世で信者を引き連れて宣言した。


「信者よ! これは新たな時代の幕開けだ!

 世界はこれできっと悪しき水洗から、くみ取り式へと戻ってくれるはずだ!!」


「おお教祖! ありがたいお言葉!!」


教祖と信者は勝ち誇った顔で、現世を映すテレビの前に集まった。

テレビでは自分たちの傀儡議員たちが提案している真っ最中。


『世界のトイレを和式にしましょう!』


『和式のほうがいいに決まってます!』


熱く和式トイレを猛プッシュする議員。

その様子を信者と教祖は満足げに眺めていた。


「見てください教祖。我々の思い通りですよ」


「そのようだな。ふふふ、これですべて我々の思いのままだ!」


現世では政治に興味がある人などいない。

めちゃくちゃなはずの法案もスムーズに認められた。


案は可決となり、全世界のトイレは「くみ取り式」への変更を余儀なくされた。


教祖と信者は喜びのハイタッチを交わしていると、

ある一人の議員が案にたいして反論した。


『ひとつ効かせてください。くみ取り式に統一するのは決まりましたが、

 いったいその費用をどこから出してくるのですか?』


その問いかけに議員はよどみなく答えた。



『それはもちろんーー』





『大量にいるあの世の住民から、あの世消費税を取ることで財源確保いたします』




中継を見ていた教祖と信者は青ざめた。



もちろん彼らはすでにあの世の住民が、現世の人口を上回っていること。

税をとるならあの世から取ったほうがはるかに設けられること。


そんなことは政治に興味ないので知らなかった。

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