第5話 終結と新世代

 数日後。

 大きなテーブルを囲むように十数人が座る。

 三芸貞、五貞、防衛大臣と防衛管理委員会の面々。

 この三組の関係では、大臣が下手(したて)に出ざるお得なくなる。強い発言は出来ず、ただ首を縦に振ることしかできない。機嫌を損ねてしまえばどうなるかわからない。そもそも門外漢なのだ。荒波立てずに過ぎ去るのをただじっと待つ。

 肩書きは聖童師のまとめ役になっているが、実際は強く出れない。

(だって怖いもん!)

 国民に知られることは無い秘密の組織。


 五貞は人望もある人が選ばれてるが本質は戦闘狂。誰も止められない。

 三芸貞は完全実力主義なため、そのほとんどが性格破綻者である。その代表ともなると手が付けられない。


 にも関わらず、カニが前歩きするくらいありえない、存在してることが奇跡の人物。

 三芸貞の良心、間壁 清成。

 彼のおかげで大臣一行は今日、胃薬を三錠程飲むだけで済んだ。



 間壁の報告を聞いて、話し合いながら会議は終わろうとしていた。

「死者を多数出してしまいましたが、何とか乗りきりました。今後のことについてですが、新たに二体の大罪が生まれます。既に生まれてるかもしれません。全てが不明なため、細心の注意を払ってください。僅かな情報でも共有をお願いします。

 なにかありますか?」

「最近の若いのはちょっと弱すぎやしないか?これじゃあしばらく死ねねーなぁ。三芸貞しかり、そこはしっかり見つめ直してもらおうか。

 儂の若い頃なんかは吸血鬼の住処に連れられたりしたもんだがな。今もそういうのやってんのか?一人でどうにかする力つけなきゃダメだな。いつまでも年寄りに頼ってちゃいかんだろ」

(((さっさと引退しろ!クソジジイ)))

 戸津の発言により場の空気が重くなる。

 障子から差し込んでた日差しは雲に遮られたのか、室内は一段と暗くなる。


「分かりました。そちらは改めて練っていきましょうか」

「ジジイの意見に乗るつもりは無えけど確かに俺もそう感じたな。ここは実力の世界なはずなのに、仕切ってるのは年寄り共だ。この世界、甘やかすのは悪だぜ?そいつのためになんねぇからな。

 戦闘タイプじゃない俺より弱いやつがわんさかいる。こりゃ問題だろ。まあ俺より強くなるってのは簡単じゃねぇけどな」

(((相変わらず、うっざぁ)))

 目つきの悪い應永が戸津に便乗するように言いたいことを言う。

 大臣一行は何事も無く終わることを願ってる。


「五貞の皆様もこの意見に賛成でよろしいでしょうか」

(((やっぱり、さすが清成さんだわ〜)))

 大臣一行からの熱い眼差しが間壁に集まる。


「おう、賛成だな」

「強くなるならいいんじゃねーの」

「私らもそろそろこの肩書きを下ろしたいな」

「俺はまだまだいけるぜ」

「俺、引退しよっかなぁ」

 五貞はそれぞれ言いたいことを言う。こういう場では五貞が前に出て仕切ることはほとんど無い。彼らは常に戦いのことだけを考えてるため、面倒事を嫌う。戦いの邪魔をされない限り大人しいため扱いやすい。とされている。



「五貞の皆様からも育成の見直しが必要との意見が出たので、そのように努めます。

 それぞれの学校には僕から伝えます」

(((忙しくなるなぁ)))

 教育の根本からの見直しが必要なため、それ相応の時間と人員の配置をしなくてはならない。

 防衛管理委員会の仕事は人材の発掘と育成である。つまりこの件に関して慎重に動かなければ今後更に委員会の立場が悪くなる。

 焦りと不安が委員長の頭皮を刺激する。

 今年四十八になる委員長には守らなければならないものがある。そのためにも全力で奔走することになる。



「あ〜もう一回大罪とやりてぇなぁ。俺は消化不良だぜ」

「俺は久しぶりに楽しめたかな」

「私のは手応えが無かったなぁ。もっと強いやついないかね」

「そうそう現れてもらっちゃあ困るんだけどな。今度は俺もやりてぇな」

「次の大きな戦いで引退しよう…」

(たくっ!あんた達はどんな時でも呑気だな!

 はぁ、委員長辞めようかな…)


「ジジイは後ろの代が詰まってんだ、さっさと引退した方がいいぜ」

「バカ言うな。儂は死ぬまで現役だ。代表になりたかったら儂を殺せばいい」

「おい、聞いたか?死なないと代替わりは無しだってよ。頑張れよお前ら」

(((一々空気悪くすんなって!)))


「いっときの安寧、無駄にするなよ?儂は退屈だ。学校に顔出すのもありかもな。最近豊作なんだって?」

「そういや学生服着たガキが活躍してたな」

「気が向いたら行くのもありだな。暇つぶしに」

「まあまあ、その辺で。今日はこれで終わりにしましょう」

(((清成さんっ!!)))

(清成さんがいなかったら私の胃はとっくにボロボロになって、頭皮もツルツルだっただろうな。年下だけどあなたを心から尊敬します!

 早くお家に帰りたい!!)

 こうして、無事?に会議は終了した。




 無花果(イチヂク)建築事務所。

 柘榴(ざくろ)一派は今日も元気に働きます。

「よぉーし!後処理の資料終わったやつ、五時前でも今日は帰っていいぞ!」

「「「よっしゃー!!」」」

「さすが兄貴!」

「ふー!ふー!」


 パラパラと荷物をまとめて帰っていく部下達。数人がパソコンとにらめっこして、資料を片付けていく。


 キーンコーンカーンコーン。

 午後五時になり、帰宅時間を迎える。事務所にいるのは柘榴と部下が三人。

「よし、時間だ。終わってないやつも帰っていいぞ!次の出勤日に提出な」

「すんません。もう少しで終わるんでやっていっていいですか?」

「わかった。三十分以内に終わらせろよ?」

「うっす」

「俺も!」

「「俺も!」」

「よっしゃあ!終わったら焼肉行くぞ」

「「「おぉ!!」」」

「やる気が漲って来ました!」

「ゴチになりまーす!」

 顔つきがさっきまでとは違い、明らかに明るくなった。三人の手はピアニストの如き流麗なタイピングにより、資料を三十分で終わらせた。



 焼肉屋。

 個室に入った四人は一通りメニューを頼んで片手にジョッキを持つ。

「それじゃあ、お疲れぃ!」

「「「お疲れ様です!」」」


 お酒が進み、話も盛り上がってくる。

「それにしても西瓜(にしうり)、一撃が鋭くなったな」

「そっすよね!」

「秘密の特訓でもしてたのか?」

「実はちょっと前からボクシングジムに通い始めたんすよ」

「それでか!ありゃあいいパンチだぜ」

「あざっす!」

 柘榴に激励され西瓜は素直に喜ぶ。お酒のペースは進み、お肉も止まることなく食べ続ける。


「やっぱ白米最高っすわ!」

「どんどん食べろ!」

「じゃあ俺大盛りで!」

「大盛り三つお願いします!」

「西瓜!飲みすぎるなよ!」

「承知っす!」

「こいつ、もう手遅れっすよ!」

「白桃(しろもも)、送ってってやれよ」

「え〜、俺っすかぁ」

「通り道だろ?」

「うぃ〜っす」

「八朔(やさく)、肉頼むわ」

「わかりやした!いいっすか、肉は焼き方が重要なんす。ここテストに出るっすよ。

 肉の温度の変化を見極めなきゃいけないっすから。

 集中するっすから話しかけないでくださいっす。今の俺には同時に四枚までしか焼けないんで、まだまだ力不足っす」

 そして、途中から店員さんが部屋の前にスタンバイしていたのは誰も知らない話。


 八時半にお店を出て解散した。

 柘榴は三人を乗せたタクシーを見送ってから帰路についた。

 



 美しい黒髪長髪の男と太陽の輝きと同等の頭を持つ男は居酒屋でお酒を飲む。

「いや〜、すみません。どんぶら観光満喫しちゃいました。まさかこのタイミングを狙ってくるとは。ほんと助かりましたよ。帰ってきたら日本無くなってた、なんて笑えないですからね。さすがですよ先生」

「いい加減先生はやめろ。そもそも一年しか教えてないし、もう俺よりも強いんだから」

「強い弱いなんて関係ないですよ。私にとっては一生先生ですよ。浄静司さんは。

 それにね、私は知ってますよ。先生が私よりも強いこと」

「は?」

「先生はまだ気づいてないだけです。童質の本質を理解してないんですよ。理解したら私なんて足元にも及びません」

「バカ言うな。童質は理解してる。何年やってると思ってんだ」

「まだ足りないんですよ。もっと向き合ってみてください。きっと見えてきますよ、新しい世界が。

 先生…失望させないでくださいよ?」

「こんなジジイに期待されてもな」

「あれ、歳を言い訳にするんですか?いつからそんなつまらない人になったんですか」

「言うじゃねぇか!!いいぜやってやるよ!お前を超えて俺が童帝になってやる!」

「よっ!童貞!!みなさん!この人童貞なんです!」

「ちょっ!ばかっ!大きい声で言うなよ!」

「はははっ!」






 ワンルームの部屋でぐったりとベッドでくつろぐ少年。部屋の隅にはランドセルが置いてあり、他にはベッドや冷蔵庫など、最低限の物が置いてあるだけの簡素な部屋。

 そこに音もなく玄関の扉を開けて入ってきた一体の吸血鬼。

 少年は吸血鬼の存在に気づくも暴れることはなかった。少年は人生に飽きていたのだ。

 人から好かれる可愛い顔とぎらりと獲物を探すような鋭い眼差し。11歳だが、優れた外見を活かして言葉巧みに沢山の人と関わってきた。

 しかし、どんなことをしても少年の心は満たされなかった。


 出会い頭に首筋を噛まれて少年は死んだ。



 それほど時間も経たずに少年は目を覚ます。異常な早さで生まれ変わった少年は本能で悟り目の前にいる吸血鬼を殺した。

 そして確信した。自分の居場所はここなのだと。この環境こそが求めていたものだった。程よい刺激が心を潤わせる。久しく忘れていた本当の笑顔が生まれた。その顔には年相応の幼さがあった。


 吸血鬼はひと仕事終えて、休憩がてら冷凍庫を漁り、見つけたアイスを頬張る直前だった。

 少年に気づくことなく死んだ。


 それから少年は、生物としての格の違い知り、周囲の人間と吸血鬼をあらかた殺した。満足した時には既に全身が血で染まっていた。

 自分の体から迸る謎の力に特殊な能力があることもわかった。


 情報を得るためにその場から離れて新たな吸血鬼を見つけて問いただす。

 そこで存在を知ったのが七つの大罪という、吸血鬼の中でも最上位の強さを誇る者達。

 今の自分を知るにはちょうどいい。そう思って少年は歩き出す。



 探し始めて一週間がたった頃、偶然傲慢の橋本と出会った。

 一瞬だった。橋本はビンビンに放たれる敵意を感じて反射的に戦闘態勢に入る。

「乱調螺せ━━」

「んー、強いって言ってもこの程度か」

 なにも出来ずに一方的に殺され、橋本の体は風と共に消えていった。


 新たな傲慢が誕生した瞬間だった。


 七つの大罪が二体同時にいなくなり、吸血鬼も大量にいなくなった。吊り合いを保つために生まれてきたような、生まれた時から最上位の力を持って生まれた。


 これまでは生まれてから長い時間をかけて才ある者が努力してその中でも限られた者だけがその格へと至っていた…七つの大罪。

 生まれる時代と才能が、幸か不幸か噛み合ってしまった。まさに偶然が産んだ奇跡の怪物。

 次世代の王。




 とある建物の中で棺が内側からゆっくりと開けられた。一糸まとわぬ姿でぬるりと出てきた少年。


 周囲にいたおよそ三十体の腐鬼をその場から一歩も動かず一掃した。

 吹き出す血しぶき全てが少年の元へ集まり周囲を囲むと弾け飛んだ。


 再び目の前に現れた少年は上下白い服に身を包んでいた。同時に内包していた聖気の量が爆発的に上昇する。

 その全てを見ていた男は瞬時に悟り、絶望し銷魂(しょうこん)とし憮然(ぶぜん)とした。

 凄惨(せいさん)な現実を叩きつけられ、嗚咽(おえつ)を何とか抑えて心の中で涙を流す。


「あ、あっ、あ…貴方様はどちら様でしょうか」

「それ僕に言ってるの?」

「…はぃ」

「んー、わかんない。とりあえずついてきて」

「え…」

「着いてきて。わかった?二回も言わせないでね」

「はい…」

 男はまたも悟った。己の人生の終わりを。この少年には逆らえない、これから自分はこの少年のために生きていかなければならないと。

「僕が引き継ぐよ。人類家畜化計画…だから安心して眠っててよ…」

「えっ、なにか言いました?」

「なにも。黙ってついてきて」

「はいっ!!」

「そうだ。この世界に詳しい人知ってる?」

「はい。適任な人物を知ってます」

「連れてきて」

「はい!!」



 棚橋はどこまでも自己犠牲を。この少年の為に少しでも強くなってバランスを崩そうと最期を生きた。少年の未来を救う為に。

 その願いはおそらく叶えられた。

 新たな嫉妬が動き出す。



 イレギュラーが重なったことで今まで以上に混沌と化していく世界。恐ろしい時代の幕開けである。

 2019年4月1日。

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