第10話
『それじゃあ、改めて、お願い。私の身体をX X X』
『『『もちろん!!!』』』
この会話をして、約一ヶ月が経った。うちらは、あれから毎日のように、X Xのお願いを叶えるために。そして自分たちのために、話し合いを重ねていた。今日も
「なぁ、聖那と炎羅の二人の術を合体させるのは、どうや?」
うちが三人にそう聞くと
「うーん。それだと、身体ごと消滅しない?」
聖那が腕を組んで、穴を突いてきた。炎羅も
「そうやな、時華はんの案やと、怪異がX Xの身体を乗っとてた場合、そのまま消滅させてまうで」
さらに詳しい状況を加えて、否を示した
「あっ!ならさ、時華の案に加えて、最初に、私が身体の主導権を、取り戻すとかはどう?」
と、X Xが手を叩いてそう言うと
「それは、いいかも」
「確かに、そっちの方が確実やなぁ」
聖那と炎羅が同調して、肯定の言葉を言う
「それいいやん!やけど、どうやって取り戻すん?」
うちは、X Xの案に賛成しつつ、疑問を問うと
「えぇっと」
X Xが明らかに目を逸らした。どうやらそこまで、考えてへんかったようや。その様子に、炎羅が嘆息をついて
「そーやろうなって思ってたわ。せやけど、今まで出た案よりかは、幾分かマシやから。みなはんで考えましょ」
そう言って、この話し合いの流れを作ってくれた。うちは
「さっすが炎羅!段取りがいいねぇ」
と褒めると
「相変わらず時華はんは、なんでも褒めてくれるなぁ。どっかの誰かさんたちとは、大違いですなぁ」
聖那とX Xの方を向いて、わざとらしく言葉を紡いだ炎羅。言われた二人は
「なんのことでしょう」
「ねぇー。なんのことだろう」
白々しく、ねーと言いながら、お互いに顔を見て和んでいた。そして、聖那は
「X Xちゃんの案の補強だけど、身体を取り返すパターンにもよるんじゃないかな」
「パターン?」
思わず首を捻るうち。彼女は、うちの方を向き
「そう。身体を取り戻すためには、おおよそ二つの方法があると思うの。一つ目は」
聖那の言葉に被せるように
「一つ目はね!私が身体の中に入って、内側から、怪異を追い出す方法。二つ目は、先に怪異を追い出してから、私が身体の中に入るってこと」
X Xが言った。聖那はぷくっと頬を膨らませて
「もぅX Xちゃん。私が説明したかったのに」
「ごめんごめん」
「別にいいけどね」
肩をすくめてX Xに呆れたように返事をする彼女。一方うちは(X Xの願いを叶える確実な方法は、二つ目の方や。やけど、さっき、うちの案が却下されたことを考えると、リスクはあるけど、一つ目の方が、いいんやろうか)うーんと一人で唸ってると
「時華はん。何を考えとったん」
炎羅がうちの肩を叩いて、そう聞いてきた。うちの前で、聖那とXXが心配そうにこちらを見つめている。うちは、ふぅっと息を吐いて
「話す前に、炎羅は身体を取り戻す方法として、どっちがええと思った?」
炎羅がどっちの方法を取るのか、一応、確認すると
「あたしは、一つ目の方法がいいと思うで」
「聖那は?」
「私も一つ目だよ」
その答えを聞いて、うちは一つ頷いて
「うちも、おんなじことを考えとった」
「なら、方法は、一つ目の、私が自分の身体に入って、怪異を追い出すに決定だね」
X Xがにこにこと嬉しそうに、そう言った。この時、うちは、あることに気がつき、あっと言った
「どうしたの?時華」
「えっと、そもそもやねんけど、身体に入ること自体は、どうするん?」
「確かにな」
炎羅もそう言って、何か案はあるのかと、X Xに目で訴える。X Xはうちらの問いに対して、胸を叩いて
「それに関しては、ノープロブレム!元々、私の身体だし。魂は基本的に、元の場所に戻るようにできてるからね。何か別の異物が入っていたとしても、入ることは簡単だよ」
まるで、追い出すことは難しいと暗に告げるように、言うX X。そして
「まぁ、入る時に勢いは欲しいかな。炎羅、聖那。何かない?」
と二人に聞くと
「あたしは、パス。退魔の方に振り切っとるから、うっかり祓ってしまうかもしれんしな。言霊の力を使い分けられる聖那はんが、適任とちゃう?」
「相変わらず物騒だね。あなたに褒められるのは、嬉しくないけど。でもそうだね。X Xちゃん。どんな風に勢いをつければいいの」
炎羅が聖那に振り、彼女は満更でもなさそうな、それでいてちょっと緊張しているような、面持ちで引き受けた
「そうだなぁ。時華が、ベストだと思うタイミングで、聖那に合図して。それで、術はなんでもいいかな。あっ!浄化はやめてよね!身体に入る前に、私が死んじゃうから」
「それぐらい分かってるよ。私をどっかの脳筋と一緒にしないでくれない?」
「はぁ?誰が脳筋やねん」
「あなたのことですが」
「ムキー!ほんまにあんさん、可愛ないなぁ」
X Xが聖那の質問に対して、一言余計なんを付けて答えると、見事言うべきなんやろうか、聖那がそれに乗って、飛び火して炎羅にまで被害がいった。うちはそのやりとりをぽけぇっと眺めていると、さっきのX Xの言葉が脳裏によぎって(ん?ちょっと待ってや。さっきX X)
「ねぇ、X X。ちょーっと聞きたいねんけど、さっきうちが」
「うん。時華が良いと思ったタイミングで合図してって言ったよ」
うちが何を聞きたいのか、即座に分かったのか、心を読んだんやないかって速さで、そう言った。うちは
「はぁぁっ?!えっ、うちが良いと思ったタイミング???こちとら、聖那たちみたいに、怪異を祓える訳やないのに???」
叫びながら、X Xに詰めるよると、のほほんと笑いながら
「だってぇ。時華の目が、一番信用できるからね。大丈夫、だいじょーぶ!直感でいいんだよ。時華が行けるって思ったその時で」
「それで失敗したら!」
「大丈夫やろ」
炎羅が、喚くうちに対して、慰めか分からん言葉を言った。半泣きになっているうちの頭を、ぽんぽんと優しく叩いて
「あたしらは、あんさんのタイミングで、命を救われてるようなもんや。だからそんなに気負わんでええ」
「でもぉ!」
うちは、X Xの身体を取り返すチャンスを、無駄にするんちゃうかっという、見えない不安に取り憑かれ、炎羅の言葉を素直に受け取れない。そこに
「そうだよ時華ちゃん。私は、ここにいる誰よりも、時華ちゃんのことを信じてるし、信じられる。他の人の合図より、時華ちゃんの合図でやりたい。ううん。やりきってみせるよ」
聖那がうちの背中をさすりながらそう言った。とどめと言わんばかりに
「時華。君にしか頼めないの」
X Xにまでそう言われたうちは、うだうだ言うのはやめて、腹を括った
「分かった。やるよ!」
そう言った時、校舎の方から、今までのどの怪異とも異なる、妖気が立ち上ったのが視えた。聖那も
「何。この音………」
炎羅も
「なんや、この気配」
それぞれ違う感覚で、異変を感じ取った。X Xがじっと校舎を見つめて
「多分。お目当てのやつが来たかな」
注意して聞かないと分からないぐらいの、囁き声でそう言った後
「みんな!行くよ!!」
先頭を切って走り出した。うちらもX Xの後に続いて、走り出す。(いよいよ。最終決戦か)そんなことを考えながら、足を動かしていると。突然、X Xが立ち止まった。急やったから、あんまり勢いを殺せんくて、聖那の背中にぶつかってしまった
「ごめん!」
「怪我ない?!」
聖那が、ぐるんとうちの方を見て、言ったのと同時ぐらいにうちも謝った。声が重なって思わず、笑うと
「あんさんら。いちゃつくんは後にしぃ」
炎羅に嗜められた。素直に首を縦に振って、じっと前を視る。色の濃さが、今までの怪異よりも段違いに、黒いモヤを纏った何かが、こちらに向かってゆったりと歩いてきていた。うちは、頭ん中で、戦闘パターンをさらう。(怪異が、X Xの身体の中に入ってへんかったら、聖那と炎羅が本体を叩く。中に入ってたらは、さっき決まった通りに、やな)X Xが
「どう?時華」
何が視えたかと暗に問う。うちは
「今までの奴らより、強いのは確定。というか、段違いの強さやと思う。X Xの身体の在処は、まだ視えへん。やけど、徐々に近づいてきとる」
と言うと、聖那と炎羅がうちらの前に一歩出て、臨戦態勢をとる。うちは、さらによく視ようと、目を凝らすと、不気味なほどに顔に笑みを浮かべてる。ーーーX Xの身体を乗っ取った怪異が、眼を爛々とさせている。うちは、チッと舌打ちをかまして
「さっき、屋上で話してたパターンや!聖那。X X!」
うちが二人の名前を言って、状況を知らせる。炎羅とX Xが何も言わずに場所を変わって、真正面を睨みつける。一歩ずつ、こちらに向かってくる怪異。ニタニタと笑っている。うちは内心(X Xの顔でそんな笑い方、せんといてくれん?!解釈違いやねんけど)と思っていると、もう五メートルぐらいのところまで来ていた。うちは、瞬きする暇を惜しんで、前を見続ける。(まだ。まだや)聖那は一度もこちらを振り返らずに、前を見据えている。その信頼が嬉しくて、思わず口角が上がる。怪異が、X Xに手を伸ばした瞬間(ここだ!)
「今!」
と叫ぶと
「ゲール!」
疾風を巻き起こす言霊を聖那が使い、X Xを身体に送った。この時、風に紛れて
「ごめんね」
という微かな謝罪の言葉が聞こえた。X Xに怪異の手にかかるよりも前に、自身の身体の中に入った。X Xの身体に、あたりに漂っていた、あの漆黒のもやも、身体の中にどんどん入り込んでいく。X Xの身体は、胸を押さえて、前屈みになり
「ぐっ、あぁぁぁ!」
もがき苦しんでいる。うちは(がんばれ、負けないで)と両手を合わせ、祈る。うちららは、X Xが怪異を追い出す瞬間を待ち構えていると、おそらく主導権を握れた、X Xが荒くなった息を整えている。しかし、一向に怪異が出てこない。うちは、背中に嫌な汗が流れた(なんや、この言いようもない胸騒ぎは、早う、早う怪異を追い出してぇな!)ジリジリと焦りとも区別がつかない、不安が襲う。(嫌な予感がする。あかん。当たらんといてくれ!)そう願うも虚しく、嫌な予感が的中した。X Xが聖那と炎羅に手刀を落として、意識を刈り取る
「えっ」
怪異の方が、優勢になってしまったんかと思って、中を視ると、X Xの意識の方が、優勢やった。うちは、訳が分からんかった。X Xの身体が一歩近づくたびに、一歩後ずさるうち。X Xはニコッと、いつもの含み笑いをして
「ごめんね。時華。許して」
そう言った時に、あの鈍い頭痛が襲った。頭を抱えて、しゃがみ込む。うちの様子を見て、手を下すまでもないと判断したのか、額に脂汗を浮かべたX Xが屋上に向かった。うちは、一刻も早く追いかけなあかんのに、頭の痛みが尋常やなくて、その場から、動かれへん。(なんでなん。動けよ。動け!!!)心の中でそう叫ぶと、脳裏にあの夢と、似ている情景が、流れ込んできた。(なんや。これ………)夥しい記憶の数に、思わず脳が焼き切れるのではないかと思った。体感時間として、何十時間も経ったと思ったけど、X Xが屋上に向かう階段を上っている、姿が見えたから。まだそこまで経っていないと考えられる。うちは、よろよろと、あまり力が入らない、足を叱咤して、立ち上がり
「あの、アホ!」
そう言って、持っている力を全て出す勢いで走り出した。はぁはぁと息を切らしながら、屋上に着いた時に、X Xはなぜか最初の頃から、フェンスが壊れている場所に立っていた。うちは、出会った時と同じように、スゥっと息を吸い込んで
「このアホ!待てやぁ!!!」
と叫んだ、真っ直ぐ、前を見ていたX Xが、ゆっくりとこちらを振り返る
「来ちゃったんだ」
ははっとX Xには似合わない、諦めた乾いた笑みを浮かべてそう言った。うちは
「あんた、そっから、その怪異と一緒に、心中する気やろ!」
足を踏み込んで、X Xに言うと
「なん、で分かっ、たの?」
と衝撃を受けた顔で、途切れ途切れでそう言った
「夢」
一言、告げるとX Xは
「もしかして、予知夢だった?………すごいね」
なんでって言いたげな顔で呟いたX X。うちはその言葉に対して、首を横に振り
「ちゃう。あれは、うちの、うちらのループした記憶や。そして、なんでこうなったんかが、分かった」
X Xに歩みよりながら、さっき、視たことを、想い出す。(あの時のような、後悔は、しない!)
「一体、はっ。どー、いう、意味」
途切れ途切れにそう言って、苦しげに胸の辺りを、ぐっとつかむX X。はっ。はっ。と短い呼吸を繰り返しながら
「時間が、ない。ほんと、に、ご、めん」
精一杯、元気に笑おうとして、失敗した笑顔。X Xはフェンスが壊れてないところから、飛び降りた。うちは、すかさず、手を伸ばして、X Xの腕を掴む
「はん、して!」
「離すもんか!!!うちは、うちらは、あんたにこうなって欲しくないから、今!こうなってるんや!!!」
X Xが顔を歪ませながら
「なんの、こ、と?」
うちは、無我夢中に、さっき視たことを、そして、あの時の願いを、祈りを、希ったことを、無茶苦茶に叫び散らかしていく
「なんのこと、ちゃうわ!あん時もあんたは、おんなじことを言って、おんなじように飛び降りたんや!」
X Xの元々、開いていた目が、さらに開かれる
「腹立つわ!あん時も、今も!簡単に生きることを諦めおって!!!腹立つわ!一緒に生きるんとちゃうんか。もっと生きたいんとちゃうんか!!!なぁ、X X!」
X Xの頬にポタポタと雫が降り注ぐ。X Xは、泣きそうな顔になって
「なん、で、泣いて、る、のさ」
「それは………!あんたが生きようとせえへんからやろ!なぁ、X X。あんた言ってくれたやん。頼ってもええ。甘えてもええって!なら、あんたがお手本になってや!!!ほんまは、どーしたいん?!」
嗚咽が混じった声で、なおもX Xの腕は離さずにそう言うと
「生き、たいよ。生きたいに決まってるじゃんか!でも!こー、する、しかな、かった」
「そんなことない!」
うちは、だいぶ前に、X Xが語っていたことを思い出す。
『ねぇ、X X。なんで夏は、怪異が少ないの?』
うーんと腕を組んで、やがて優しく微笑んで
『それはなぁ』
「あんたが言ったんやろ。陽の気と陰の気が、入れ替わるエネルギーは、何よりもでかいって!なら、方法はある。………なぁX X。うちのことを信じてくれるやんな」
静かにそう問うと
「何、言っ、てんのさ。信じ、るに、決まって、る」
先ほどの何もかも諦めた瞳に、意思が宿った。うちは、にんまりと笑って
「今から、一回。手ぇ離す。そして、うちも飛んで、もう一回、XXの手を掴む。その瞬間。からくり木箱を発動させて」
淡々んと事務的に言う。X Xは再度、驚いたかのように
「それも、知ってるんだ」
ぼそっと呟いて、不敵な笑みを浮かべて
「やって、や、ろー、じゃんか!」
うちは
「行くで。一、二、三!」
掴んでたX Xの腕を離すのと同時に、うちも、急いで立ち上がって、 XXのいる位置めがけて、飛んだ。空中で、X Xの手を何度も掴み損ねて(やばい!)と焦ったその時、X Xの手を掴めた。X Xはその隙を逃さずに、さっきの疲れ果てていた様子を払拭して、明朗に涼やかな声と共に、立ち上る霊気が学校全体を満たしていく
「ひ・ふ・み・よ・いつ・む・なな・や・ここのたり・ももち・よろず。ふるべゆらら・ふるべゆらら。悪鬼邪鬼よ、この術の致すところに、幽玄の世界に迷え。全ての鍵を正しく開けなければ、開かないからくり木箱の世に!急急如律令!」
X Xの身体から漆黒の怪異が弾き出され、小さく小さく収縮されていく。そして校舎の至る所からも、怪異が集まってきて、一つの糸玉になった。空中に開いた、先が見えない空間にソレは放り込まれた。開いた空間が完全に閉じると、辺りから、あの
カチャン
と何かが開いた音がした。うちはもう、この音の正体が分かっていた。地面に叩きつけられるはずだった、うちらの身体は宙に浮いた。そして
パリン
とこの空間が割れていく音がした。術を使って、気力を使い果たしたX Xが、ぱちぱちと、瞬きをして
「時華?どうしたん。怪異は!」
本来の口調に戻った彼女が、私にそう言った。うちは、ぐすっと鼻を鳴らして
「大丈夫。ちゃんと術は発動したよ」
彼女を優しく抱きしめて、そう言った。彼女は、ほっと息を吐いて
「よかったぁ」
と安堵していると、周りの空間の崩壊が、こちらまで迫ってきていた。うちは、彼女を優しく抱きしめて
「次、逢うときは真の姿で」
「えっ。それって………」
彼女が、続きを求めたとき、空間が崩壊して、視界を真っ白に染めた。
ジリィィィ
スマホのアラームがうるさく鳴り響く。お母さんが、部屋に入ってきて
「もう、いつまで寝とんの!七時やで!」
布団を剥ぎ取りながら、そう言った。私は、がばりと、身体を起こして
「ほ、ほんとだ〜!なんで、起こしてくれなかったの?!」
「お母さんは、何回も起こしたで。はぁ。もう二年生やねんから、自分で起きたらどうや?」
バタバタと洗面所に向かいながら、これみよがしにため息をついて、そう言ったお母さんに対して
「もう!分がっでるよ!」
半泣きになりながら、言い返せした
「はいはい。パン、焼いてるからね」
と言ってリビングに行ったお母さん。私は、顔を洗って、化粧水やらなんやらをして、部屋にダッシュで戻ったとき、ドアに思いっきり、足の小指をぶつけた
「イッタァ!」
足を抱えて、けんけんの状態で、部屋に入る。私は、パジャマをそこら辺に脱ぎ捨てて、なんとかハンガーにかかっていた制服を着て、ドレッサーの前に座り、髪の毛を整えていく。ストレートアイロンを温めている間に、リップを塗る。温まったそれを髪に通して、寝癖を直していく。一通り寝癖を直したところで、電源を切り、コンセントを引っこ抜く。ベッドの横に埋もれている、リュックサックを引っ張り出してリビングに向かう。テーブルの上には、焼きたてのトーストと、野菜ジュースが並々注がれたこっぷが置いてあった。椅子に座って
「いたただきます」
そう言って、トーストにかぶりついた。しばらく食べて、最後の一口と言うところで
ピンポーン
とチャイムが鳴った
「はーい」
お母さんが出ると
「神崎です。時華はんはいらっしゃいます?」
「あら、聖那ちゃん。いるわよ。もう直ぐ出ると思うわ」
私は、インターホンから聞こえた聖那の声に、大慌てで、トーストを口につっこんで、ジュースで一気に流し込む
「ふぉちそうさま」
喉に詰まりかけて、胸を叩きながら、リュックサックを背負って、玄関に行く。一年、履き倒した運動靴に足を通して、ドアを開ける
「時華はん。おそよう」
にっこりと笑う。私は、うっと言葉に詰まりながら
「本当にごめん!」
両手を合わせて、そう言うと
「別に怒ってまへんよ。もう慣れましたからなぁ」
と嫌味を混ぜてそう言った。私は、ドアの鍵を閉めて、彼女と共に集合場所に向かう。すると
「おーい!二人とも!」
と子犬のしっぽのように、ぶんぶんと手を振っている炎羅と、ぱっと目を輝かせた巴葉が、私を見て、口ぱくで
「あ・と・で・く・わ・し・く」
と言った。私は、了解の意を込めて、おっけーサインを出した。集合場所にそろった私たちは、前に炎羅と聖那。後ろに、私と巴葉という順で、学校に向かう。炎羅たちは
「おはよ!聖那!」
「おはようさん」
べたっとくっつきながら、今日の授業の話とかをし始めた。私たちは彼女たちから、距離をとった。巴葉が周りを見渡して、私たち以外誰もいないことを確認すると
「なぁ、あの言葉って、どういう意味なん?」
本来の口調に戻った彼女がそう問う。私は、目を閉じて、全ての始まりのことを思い出しながら、彼女に語っていく
「全ての始まりは、あなたが飛び降りたことね」
「ぐっ」
ぐうの音は出るのかと、やや違う感想を抱きながら、話を続けていく
「私たちは願ったの。
そう。ただ願っただけ。どうしようもなく、あんなことを平気で言った、巴葉を止めたくて。ただ祈っただけ。私達から、彼女を奪わないでと。ただ希った。自分達にもっと力があればと。これが叶うなら、私達は何でもする。ってね。幸か不幸か分からないけど、学校という、念が溜まりやすい場所に三人分の、あなたの生を祈る念と」
「多分、うちの生きたいと思った念が合わさったんやね」
私は一つ頷く
「その通り。そしてあなたの術の対象に、私たちも入り込んだってわけ」
ふぅと一息ついて、ぐっと体を伸ばす。巴葉が、すまなさそうに
「ごめん」
と言った。私は、その額にデコピンをした
「いたっ!」
「そりゃあ、痛くしたからね」
素っ気なく返すと
「そっか。ありがとう。時華………あの二人にも言いたいけど」
前を楽し気に歩いている、二人の姿を眩しいものを見るように、見つめている彼女。きっと、私も同じ顔をしている
「覚えてないよ。覚えてた私が、イレギュラーなんだから」
「そう………だね」
寂し気に呟く彼女。しばらくしんみりとした雰囲気だったが、突如
「あっ!」
と叫んだ
「どうしたの?」
と聞くと
「うち。まだなんで時華が、あぁ言ったか、あんまり分かってへんねんけど」
そう言って、ぐいっと私に詰めた。私は、目を丸くして
「えっ、あの空間。失敗するたびに、魂の要素が入れ替わるでしょ??」
そう聞くと
「そういえば、そうやったね」
私は、何回目か分からない、桜の並木道を見上げて
「あの私たちは、私たちであって、私たちではない。本来の巴葉たちに逢えるのは、ループが終わって、次の時でしょ?………ただ、それだけな話」
私は、目をそっと閉じる。彼女も
「そっか。なら、やっと逢えたね。ありがとう。時華。みんな。諦めないでくれて」
風に攫われるぐらいの小さな声、だったけど私の耳にはしっかりと届いていた。桜を見上げていると、前の方から
「おーい!二人ともー!」
「遅刻すんでー!!!」
炎羅と聖那がそう言って、手をメガホンみたいにして、私たちを呼んでいた。私たちは、お互いに顔を見合わせて、ふっと笑い
「今行くよー!」
「遅刻は勘弁やー!!」
二人が待つ方に走っていく。もう、遠くの景色は歪んでなかった。
私たちは、今日、高校二年生になる。四人揃って、正門を潜り抜けた。
次は真の姿で逢いましょう 八月一日茜香 @yumemorinokitune
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