第9話
あぁ、また夢?暗い雰囲気の校舎。窓の外を見ると、真っ暗闇がそこにあった。
ゴン
何かが落ちる、鈍い音が廊下の方から響いた。そっちへ向き直ろうとすると、ブリキ人形になったみたいに、体がピクリとも動かない。音だけが、こちらに伝わってくる。何かが切れる音、何かが弾ける音がした。妙に生々しい音。思わず耳を塞ごうとしたが、腕は動いてくれない。そして、よく知った声が聞こえる
「また………」
「……華ちゃん!時華ちゃん!!」
「うっ、うーん?どーしたん」
聖那が、寝ていたうちの肩を揺らして、焦った声を出して、名前を呼ばれた。屋上の床から、体を起こして、寝ぼけ眼で彼女を見ると
「どーしたん。じゃないよ?!すっごくうなされてたんだから」
「そーなん?」
今いち、頭が起きておらず、ふわふわした思考で、そう言った。すると
「聖那はんの言う通りやで、時華はん。あんさん、ばり唸りながら、眉間に皺寄せて、寝てたからな」
聖那とは反対の場所に腰を下ろし、いつの間にか流れていた汗を、ハンカチで拭ってくれた。X Xがうちらから少し離れたところで、腕組みをして
「時華。何を視たか。教えてくれない」
と問うた。うちはさっき見た夢を、X Xたちに語った
「なんか、イヤな感じの夢やなぁ」
炎羅が顔を顰めて呟く。聖那は
「私は、そんな夢、見たことないけど」
左手を軽く顎に当てて、首を捻りながら言った。X Xは、何か分かったのか
「あぁ、そうか」
と一人納得していた。聖那が
「何か分かったの?X Xちゃん」
X Xの方に体ごと向いて、前のめりになってそう言う。X Xは
「多分ね」
と言って、一つ頷き、まるで先生のように、芝居がかった口調で
「聖那くん。炎羅くん。二人にあって、彼女にないものはなんだ?」
そう問われた二人。炎羅は、居心地悪そうに
「そりゃあ、退魔の力や浄化の力がないことやろ」
趣味わるっと呟いて、舌打ちをした。聖那は今にもX X射殺すような目つきで、見ていた。そしてその表情は笑ってた(せ、聖那さーん?笑顔が怖いです)と思考をやや違う方向に飛ばしていると、若干、顔を青くしたX Xが
「ごほん」
とわざとらしい咳払いをした後
「二人とも、そんな目で見ないでおくれよ。話を続けるよ。そう、時華には対怪異の力がない」
「せやけど………!」
炎羅がうちにフォローを入れようとした。うちは、あんまり回ってない頭ん中で(別に、そんなこと今更言われても、何も思わんけどなぁ)と思っていると
「どーどー。落ち着け。話を戻してもいいか?」
そう言うと
「まぁ。どーぞ」
聖那のいつもの柔らかい声は、鳴りを潜めて低く地の這うような声で、そう言う。X Xはやれやれと言わんばかりに、肩をすくめて
「だけど、時華には、二人と違って、怪異を視ることができるよね」
と言った。要領を得ない説明にいまいち、ピンとこないうちらは、そろいに揃って首を傾げる。その様子を見て
「ふふっ」
微笑ましいものを見た時のような、慈しむような顔つきになって
「人間の五感の割合って知ってる?」
この問いに対して、即座に
「視覚が八十三%、聴覚が十一%、嗅覚が三・五%、触覚が一・五%、味覚が一%やろ」
炎羅がそう言った。うちらは
「よっ、さすが学年一位!」
「さすがですね」
と褒め称えた。炎羅は照れくさそうに、頭を掻いて
「それほどでもあらへんよ」
と言った。その時、うちは(あれっ?そーいえば、この高校入ってから、テストってしたっけ)とちょっとした疑問が頭をよぎった。それを解消する前に、X Xが、パチパチと拍手をして
「せーかい!さっすが炎羅!そう、人間は、視覚の割合が非常に大きい生き物なんだ。ちなみに霊力ってそもそもなんだと思う?はい!聖那」
名指しで指名された彼女は、少し悩んだ後に
「人間の元々持ってる、第六感的なもの?」
疑問形で返すと
「大体はそれであってるよ!もう少しだけ、付け加えるのなら、霊力っていうのは、人間の霊的な力。いわゆる魂の余剰分の力なんだよ」
炎羅がうまく言葉の意味を掴めずに
「つまりは?」
と聞き返すと
「簡単に言ったら、余分に余った、生命力ってこと。まぁ、貯金みたいなものだね!」
朗らかにX Xが説明した。そして
「それで、余分に余った生命力を通称、霊力って呼ぶの。そこで、そういった生命力とかってうのは、当然、割合が多い方に割かれるよね?」
そう問いかける、うちらは、何となくX Xが言いたいことが分かってきた。X Xは続けて
「つまり、視覚に霊力が宿ってる時華には、もう対怪異に回す力がないってだけなの」
と言って、ふぅっと息をついて、床に寝転がった。炎羅は
「なるほどなぁ。逆に割合が小さい、触覚のあたしや、聴覚の聖那はんは、対怪異に回す力が残ってたから、あるってことやねんな」
確認するようにそう言った。X Xはへにゃりと笑って
「そのとーり!」
と言った。聖那がようやく怖い顔をやめて
「そうなら、最初からそういえばいいのに」
「まぁ、詳しいこと話しといたほうが、後々楽だしねぇ」
和やかに会話を進めた。うちは、肝心のうちだけが夢を見る謎について、話されていないと気づいて
「ねぇX X。それで結局、何でうちだけが、あんな夢、見るん?」
と聞くと
「あっ。ごめんごめん。すっかり言ったもんだと思ってた。そーだよね。本題はそれだよね」
よいしょと、なかなかに古い掛け声と共に立ち上がり
「時華だけが夢を視る理由はね。視るって視られるってことなんだよね。向こうの、怪異の世界を視ることができる、時華は、反対に、怪異たちから認識されやすいってこと。あの世とこの世の境目が、緩くなりやすいからかな」
なんとなく分かるような気がした。うちは、自分の考えを整理するように
「そっか。つまりうちは、緩くなった境界の向こうのなんらかのメッセージを、受け取ってるってことやねんな」
と言って、納得した。一通り疑念が解決したうちは、また床に寝っ転がって
「今日も、空が青くて、綺麗やなぁ」
そう呟くと
「まぁ、もう八月なりかけやしね」
「そーいえば、うちらって、いつから夏休みやっけ」
うちが、質問すると
「そういえば、いつからだったけ」
記憶力のいい彼女がそう言った。炎羅も
「あたしも、そういえば、四月の授業説明の時から、まともな授業ってしたやろうか」
学生の身として、やばい発言が飛び出た。しかしよくよく考えると(聖那と軽い喧嘩?みたいなんをした以来、一切授業、受けてない気が………)
「でも、みんなでお昼、教室で食べとったやん!うちらが忘れてるだけってことは?」
イヤな予感が足音を立てて、こちらに迫ってきている。なんとか振り払いたくて、うちは、勢いよく体を起こして、早口に言うと
「ううん。時華ちゃん。それはないよ」
残酷な言葉が、聖那の口から出てくる
「ちなみに、なんで?」
「授業をやっているはずなら、まず、なんで私たちはここにいるの?」
うちは急いでスマホの時間を確認する。(嘘であってくれ)そう願うも虚しく、時間は、午前、十時を指していた
「本来なら、この時間、私たちは授業を受けているはずでしょう?なのに先生たちは誰も、探してない」
「待て、聖那はん。たまたま今日が、自習やって言う可能性はあらへんか?」
と炎羅が、僅かに手を震わせながら言う。聖那も、炎羅の言うことに、一理あると思ったんか
「確かに」
首肯して言った。うちは、ほっと息を吐くけど、次の瞬間、さっきの疑問が頭をよぎる。(嘘で、あってほしい。あってほしい、けど)もはや疑問とは言えないところまで、その考えは確信に変わってしまった。うちは、違って欲しいという願いを込めて
「なぁ、炎羅。聖那。うちらって、高校に入ってから、テストってしたっけ」
この問いに二人の顔から、一気に血の気が引いた。それをみて
「違って欲しかったなぁ」
手をぎゅっと握りしめて、俯きそう言う。うちらのはなしを側から聞いてた、X Xが、元気づけるように
「ま、まぁ!まだ分かんないよ?………そうだ!クラス、見に行かない?そこで異変があれば………」
「あれば?」
うちがX Xの語尾をおうむ返しに言う。X Xは、真剣。というか、何かに耐えるような顔になって
「この空間、そのものが歪んでるってことになるかな。それを確かめるためにも、まずは三人の教室に行こう」
と言って、うちらの前に行き、屋上のドアを開ける。うちらは、どの怪異退治の時よりも、足取り重く校舎に向かった。クラスに着くと、クラスメイトたちが、真面目に授業を受けていた。うちらは、中におる人らに聞こえへんように
「やっぱり、うちらの考えすぎやったんやね」
「そうだね。にしても変わってるよね。中学校の時は毎月のようにテストしてたから」
うちと聖那が安堵の息を漏らし、お互いを安心させるように、会話を重ねていると
「ねぇ、何かおかしくない?」
X Xが、クラスメイトを指差しながら、そう言った。炎羅が、指差された方をじっと見つめていると、さっきのことで、青くなっていた顔が、さらに青、というよりか白くなって
「みんな、春の時の制服の、まんまや。もう、七月も終わりかけで、だいぶてか、結構暑いんのに」
いつものハキハキした声とは、打って変わってぼそぼそと口籠もりながら、言った。うちらも、その言葉を聞いて、もう一回、教室ん中を注意深く見てみると、確かに、みんな、ブレザーにセーター。そしてネクタイを締めていた。X Xは、頭を抱えて
「恐れていたことになった。多分、この空間は、ループさせられている。だから、あの子たちは季節とか関係なしに、繰り返してるんだ」
一拍おいて
「みんな。ごめん。まさかこんなことになっているなんて。今更だけど、私のお願い。断っていいんだからね」
申し訳なさそうにそう言うX X。その言葉を聞いて、うちらは、示し合わせたかのように
「「「ばか!」」」
と小声で怒鳴るという、何気に器用なことをして、うちらはX Xに抱きつく。X Xは、何が何だか分からないような顔をして
「えっ?えっ?急にどうしたの?」
と言うと、うちは、半泣きになりながら
「今更、断れへんがな!うちらのこと、馬鹿にしすぎやぁ!」
ぎゅうぎゅうとX Xに抱きしめる。うちの言葉に続けて聖那が
「私、X Xちゃんのお願いでさ、なんとか、身体を殺さずにいられる方法は、ないかなって、ずっと考えてたの」
「えっ?!」
うちは信じられない気持ちで、聖那の方を見る
「私は、X Xちゃんのことを殺せないと思うから」
とだけ言って、俯く彼女。それに同調するように
「あたしもや。こんな気持ちになるから、依頼なんて引き受けたかなかってん」
グスッと鼻を啜りながら、そう言う炎羅。(そうや。うちも、いざ、X Xの身体を殺してくださいなんて、言われても、できる気がせえへんわ。最初の頃やったらまだしも)こういうところが、あかんねんなぁと一人、心の中で呟く。(聖那と炎羅は、優しいなぁ)うちは、二人が眩しすぎて、目を細める。X Xは
「でも、そんなことって」
できるのと言いたげに、目で訴える。うちは、X Xが簡単に、諦めようとしてるのが、気に入らなかった
「なぁX X。あんたが言うたんやで。ちょっとは人を頼れって。それは、あんたもや!」
うちは、諦めかけていたX Xを、真っ直ぐに見つめて
「うちも考える!なんとか、X Xの身体を殺さんで済む方法を。大丈夫!三人よれば、なんとかって言うやろ。だから、うちは、この依頼、降りる気、一切あらへんよ」
と言うと、聖那も、顔を上げて
「それを言うなら、三人よれば文殊の知恵だよ。時華ちゃん。でも、そうだね!私も、諦める気、一切ないから!私、諦めが悪いの」
そう宣言した。炎羅もこの波に乗って
「あたしは、あんさんのことが、今でも嫌い。っていうか苦手や。それでも、一緒におるのが心地いいねんから。どうしようもあらへんねん。だから簡単に、自分を捨てるのはおよしよ」
X Xの首元に顔を埋めて、そう言い切った。炎羅
「みんな、いいの?そんな方法、ないかもしれないのに」
「それでも、だよ」
「X Xちゃんは」
「あたしらのことが、信じられへんか?」
うちらはそう言って、X Xにもう一度、ぎゅっと抱きついてから、離れて手を差し出す。X Xは目に涙を決壊寸前にまで溜めて
「ありがと!みんな!!!」
うちらの手を取らずに、そのまま三人、まとめる形で、抱きついたX X
「それじゃあ、改めて、お願い。私の身体をX X X」
「「「もちろん!!!」」」
七月も終わりかけの今日。うちは、四月のあの時と同じように。いいや、あの時にはなかった、覚悟を持ってX Xのお願いを引き受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます