第4話 新再生党 党首の過去

2050年 日本は再生医療の分野が発達し、世界をリードする医療技術を持ち始めていた。


 2050年5月20日 千葉 優奈ゆうなが小学2年生の時、岡山市役所に勤務していた両親は帰宅時に乗っていたAI自動車の誤作動による暴走で崖に落ちて2人とも焼死した。


 脳さえ無事なら再生出来たが、一瞬の出来事で脳は激しく損傷した上に車と共に焼失してしまった。


 急に天涯孤独となった一人娘の優奈は岡山の祖母が引き取ることになる。


 祖母は岡山県美作市の深い山間部に住んでいたので、おのずと通う小学校も山間の過疎化した学校だった。ここは自然死を選択する家庭の子が多く都会とは全くちがう人情や活気に溢れた学生生活となった。


 クラスの子全員が仲良しで夏は川で魚を追い冬はスキーをして楽しむ。優奈は両親がいなくて寂しいと思うことはほぼ無くなっていた。


 しかし、中学、高校は岡山市まで出て来て市内の県立高校に通い始めると徐々に何に対してもあまり興味を示さないゾンビのような生徒がクラスに数人いるのがわかった。


 ただ生きているだけの人間。彼らは夢や希望を持たないからか過激な刺激だけに興奮する危険な一面を持つ。


 そして危険な思想はサイコパスの増産に繋がり彼らサイコパスがヘルズクラウンという名の徒党を組むようになり始める。


 優奈は小学校時代の友人、龍ヶ崎修弥、川下淳、山田麗花、他5人の友達で合計8人の仲良しグループを作り学校の行き帰りなど出来るだけ一緒に行動し、安全に気を配った。


 何故ならヘルズクラウンは狡猾かつ残忍にターゲットを選び誰にも気づかれないように殺人を犯す犯罪集団と化していた。


 教室でヘルズクラウンの連中がニュースになった惨殺死体の詳細について話しているのをヘルズクラウンのリーダー格の机の下に貼り付けた数ミリのマイクから音声を拾って川下淳は驚愕する。


 しかし、淳がマイクを貼り付けているのを知っていてヘルズクラウンは会話をしていた。


 ヘルズクラウンのヘッド 設楽屋したらや啓司は愉快に笑いながらメンバーにメールする。


「皆様お待ちかねの生贄、川下淳君の捕獲日が決定しました」


「来週6月6日になりました」


「打ち合わせNo5の通り宜しくお願いします」


 6月8日岡山県 "美作やまなみ街道"沿いの廃墟ホテルに川下淳は全身の皮を剥がれ、逆さに吊るされてもがいているのを肝試しに来ていた大学生カップルによって見つかるが、発見後1時間くらいで大量出血により絶命する。


 殺人事件として取り上げられるが犯人は全く手掛かりが掴めていない。


 あまりの残酷さにニュースで大々的に報じられると共に世間の残酷な欲望に飢えた市民からは興味深く詳細を探る人達が溢れた。


 本当に何故ここまでするのか?


 優奈達は悲しみのどん底に突き落とされ、それと同時に恐怖した。


 淳はヘルズクラウンの盗聴をしてから日々周囲でおかしなことが起こると言っていた。いつも誰かに見られているようだとか、自分の部屋に置いている物の配置が変わっているとか、、、


 小学生の時から誰にでも優しく正義感が強くて悪い奴を懲らしめたいと言っていたのが仇に《あだ》なったんじゃないだろうか。


 淳の通夜に参列した優奈は泣きすぎて疲れ切った夕暮れの帰り道に麗花と別れて家まで残り100mくらいを早足で歩いていた。


 そこを前からパーカーのフードを深く被った男が1人歩いてくる。優奈は直感で危ないと感じて道の左側から右側に方向を変えて歩いた。


 すると男とすれ違う時フードがこちらを向き優奈を見ているのが分かった。マスクもしていてマスクはドクロの口元が描いてあり優奈は恐怖に身体が硬直する。


 残り約50mを走って家に着くと瞬時にオートロックを解除し、すぐさまオートロックとチェーンを閉めて後退りした。


「気づかれてる」


「次は私だ」


 あまりの恐ろしさにその場に座り込み涙が溢れ嗚咽する。


 しかし、急に後ろに気配を感じる。振り向いた瞬間ピエロの格好をした不審者に口元を押さえられると声を上げる暇もなく意識が遠のいた。


 優奈は震えるような寒さに意識が戻り目を覚ますと窓の無い真っ白い部屋にいることが分かる。


 口には猿轡さるぐつわがされているので声が出せない。上を見ると目の前には丸く大きな無影灯があるので手術台の上にいるようだ。


 服は全て脱がされているが体の上に一枚の白い布が置かれている。


 そこにマスクをして手術用のグリーンの無塵着を着た男達が部屋に2人入ってきた。白いゴム手袋をして体の前で両手を上に向けている。彼らの1人が手術のスケジュールを話し始める。


「それではこれから全身の皮を剥がす」


「手術は頭から行い、つま先まで行う」


「今回は記述に沿って忠実に行うことを主目的とする」


「次に眼球、鼻腔、鼓膜、声帯の除去」


「その後、能力が開花するか実験を行う」


「被験者は局部麻酔により痛みは少ないものと考える」


 優奈は説明を聞きながら意識はあるものの麻酔で身体が動かせず完全に終わったことを理解した。


 一方龍ヶ崎は優奈が拐われ《さらわれ》て優奈の耳の裏に埋め込まれた発信機が家から遠ざかるのを自宅にいながらも見逃さなかった。


 すぐさま警察に連絡し、岡山県警第一特殊部隊の応援が集まる。2050年にはまだAIロボットは普及していないので全て人間の警察官である。今回の皮剥かわはぎ事件で警察も全力で犯人を追いかけていたので行動が俊敏だ。


 隊長の三上みかみは龍ヶ崎を県警の装甲車に同乗させると直ぐに特殊部隊班10名をもう一台に詰め込み発進した。


 ヘルズクラウン達の欲望は人間惨殺と人体実験を兼ねていた。再生医療で寿命が延び始めた人達はあらゆる快楽を貪り尽くし、大抵のことには飽き飽きしているためヘルズクラウンに参加し悪魔の実験と言われる実験を始める。


 それはメキシコのアステカ文明以前にポポロカ族が捕虜の皮を剥ぎ身につける儀式が行われた際、皮を剥がされ、目、耳、鼻、口を削がれた人間にもう一つの感覚が生まれたという記述が約500年ぶりに遺跡から発見されたことを実際に実験して証明しようとしているのであった。


 しかし、既に6人の皮を剥ぎ感覚を司る《つかさどる》部位を全て取り除く実験を行うも全くもう一つの感覚、いわゆる超能力が被験者に備わることは見受けられなかった。


 優奈の全身の皮は2時間で全て剥がされた。血で真っ赤に染まる身体から筋肉組織まで見える部分もある。麻酔で痛みは最小限に押さえられているが皮の無い身体は寒さを異常に感じるので室温が30度まで上げられる。


 更に眼球と鼓膜と鼻腔の除去が行われ最後に声帯が切られた。


 側から見るとまるで血だらけの肉の塊である。全ての作業完了に5時間を要していた。


 ここまで耐えられた人間は2人目だ。前回の淳は全身の皮膚を剥がしたところで意識が戻り暴れて手術は中止となり廃ホテルに遺棄された。


 優奈は何も見えない聞こえない臭わない、肌からの感覚もない世界に入る。すると5分もしないうちに脳が急激に活動を開始し始める。前頭葉、頭頂葉、後頭葉、中脳、側頭葉まで全ての部位に通常の10倍の電流が走り、脳がまるで心臓のように規則的に膨らんでは萎む動作が見受けられた。


 優奈は眼球も無いのに周囲が見渡せる。ドクター達は繋いだ電極やモニターを見つめ歓声を上げて話している。


「やった、脳が活性化している」


「想像以上の電流値だ、被験者はどうなってるんだ」


「まだ生きているか?」


「これは全てカメラで録画され、配信されている。かなりバズるぞ」


 優奈は光の中にいる。眩しい様々な色の光の中で自分が違う次元にいることを理解した。


「ここは何処、今なら何もかもが理解出来る。全てが私の思うままだわ」


「龍ヶ崎くん、私の発信機を追いかけてくれてるのね、でもそれは罠よ」


「発信機は外されて全く別の場所をバイクて移動しているの」


「気づいて」


 優奈は強く念じると発信機をナビ画面で追いかけていた三上隊長と龍ヶ崎は頭の中に優奈が話かけてきたのが分かり一度車を路肩に停車した。


 隊長と龍ヶ崎は顔を見合わせて優奈がナビに示した新たな場所に行く先を変更をする。


 次に手術室でモニターを食い入るように見ているドクター2人の脳に彼らの全身の血を一気に送り頭蓋骨を破裂させる。


 血みどろになった手術室を別室のモニターで見ていたヘルズクラウンの連中も全員同様に脳を破裂させて殺害する。


 一方、優奈は全身の皮膚を剥がれると輸血も間に合わず残り2、30分で死亡することが自分で分かった。


 優奈は光の世界に戻り雲のようなふわふわした場所を歩き感触を味わってこれが死後の世界なのかと感じると、何故か死が怖いものと感じなくなってくる。


 また現世に戻ってくると、これまで大事に育ててくれた祖母の脳内に入り感謝の言葉を伝え、龍ヶ崎や麗花達にも最後のお別れをし、静かに息を引き取った。


 数分後、サイレンが鳴り響き特殊部隊と三上が手術室に突入して来た。手術室で死亡しているドクターらしき人間や別室の男達が全員亡くなっているのを不思議に思いながら撮影中のカメラの電源を抜いた。


 そして三上は手術台で皮を剥がれた優奈を見るなり吐きたい衝動にかられたが、側にあった皮膚を見て優奈であると理解した。


 すると三上は手術台の脇にあった医療用ノコギリで頭蓋骨を切り始め、眉から上の脳の部分を持参していた特殊クーラーボックスに丁寧に納めるとマイナス70度にセットして急速冷凍を開始した。


 まだ高校生の龍ヶ崎は装甲車に待機させられていたが三上がクーラーボックスを大事そうに抱えて走って戻ってくるとサイレンをつけて運転手に厳しい表情で


「岡山市民病院に向かえ」


「急げ」


「もう駄目かもしれん」


と言い龍ヶ崎に


「優奈さんはここだ」


 とクーラーボックスを指差した。先程、優奈から龍ヶ崎の脳内に告げられた別れが現実になり龍ヶ崎は絶望感に涙が止まらなくなった。












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世紀末に花を ナルナル @kotanaru

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