【番外編】あつしくんはじめてのおつかい

「草野くん、服がほつれているよ」


きっかけは星川の言葉だった。

スタジオ横の控え室で収録前に弁当を食べていた草野の服の袖から、糸が出ていたのだ。


好物のカレー弁当を口の中にかっこんでいた草野は、向かいに座り炭酸水を飲んでいる星川をチラリと見る。


「ああ? あー、これもう結構着てるからなぁ」


「ちょっと待って、ハサミ探してくるよ」


「いいよ、おらっ」


草野はスプーンを置き、もう片方の手で袖の糸をむしり取り、丸めて近くのゴミ箱に捨てる。


「雑だなぁ。服が痛んじゃうよ」


洋服好きな星川は眉をひそめる。


「ユニクロのパーカーをバカにしてんか。こんくらいで痛むほどやわじゃない」


「最近はパーカーじゃなくてフーディって言うんだよ」


「知らねーよ」


「ちなみにメガネはアイウェアって言うんだ」


「知らねー知らねー興味ねー」


洋服のトレンドワードなんて一ミクロンも興味のない草野は、再びカレーを食べるべくスプーンを動かす。


「新しい服買ったらどうだい? 毎回収録同じ服だろう?」


「見てるウォッチャーで俺の服装が気になる奴なんかいないだろ。

それに、服を買いに行く服がない」


米をカレールーに入れるタイプの食べ方をする草野が、絶妙なスパイシーさを楽しんでいるのだから邪魔をするなと言わんばかりに、服の話題終わらした。


「うーん、そっか……」


星川はチラリと、長机の端で二人の会話を聞いていたであろう、構成作家の中津に目配せをする。

何やらノートにメモをしている中津は、メガネが逆光で光って表情は見えないが、星川に目配せをして頷いた。

収録前に炭酸水だけ飲んでいる星川を、意識高いやつだなーと首をすくめつつ、食べないならお前のカレー弁当もくれよ、と草野が催促していた。



* * *


そして木曜日の夜8時、今日も番組の生配信が始まる。


「ハル⭐︎ボシ、出張ロケコーナー!」


笑顔のハルが、スタジオで元気よくタイトルコールをしている。


「星川と草野は今ロケでスタジオから出てるんや。もちろん、今回も草野には企画内容は伝えてへんよ」


メインMCの星川と草野がいないので、ハルが企画の説明をする。


「今回の企画はこちら!

『服を買いに行く服がない!? あつしくんはじめてのおつかい。

銀座のファッションブランドで全身コーデ!』」


周りのスタッフたちが、ハルの小気味の良い掛け声に合わせて拍手を送る。


ウォッチャーたちも、


『おお、ファッション企画!?』

『英字Tシャツ黒パーカー男にハイブランドは草』


という男からのコメントと、


『草野くん、磨けば光ると思う!』

『おしゃれしてほしい〜⭐︎」


と最近増えている女ファンからのコメントが絶え間なく流れていく。


「そんじゃ、ロケに行ってる星川、草野ー!」


ハルの声掛けで画面がスタジオ内から店の中に切り替わる。


「はいはーい、僕たちは今、「MISTICK」の銀座本店にお邪魔してまーす!」


「おいおい、今日はeスポーツ大会の見学って聞いてたのに嘘つきやがったな!

俺には場違いな場所だから早く帰らせてくれよ……!」


ゲームオタクな草野を呼び出すために、eスポーツ関連のロケだと嘘をついていたらしく、黒塗りの入り口から断固として入ろうとしない草野を、屈強なスタッフが押し込んでいる。


「よろしくお願いします」


店長らしきツーブロックで丸眼鏡のオシャレなお兄さんは、笑顔で接客してくれる。


「店長さん、草野くんに合う服とかってどんなのがありますかね?」


「そうですね。やはりトレンドのシンプルなセットアップがいいかと」


「あーなるほど」


「セットアップって何、ウォーミングアップ的なこと?」


オシャレな店長とイケメンモデル星川の会話に、草野が小声でトンチンカンなことを言う。


やけにいい香りのする間接照明な店の中を練り歩き、マネキンの着ている服を解説し、並んでいる服をひとつひとつ手に取っていく。


「草野さんは、色が白く黒髪なのでブルベだと思うんですよ。イエベの人よりもブルベは青色が合うと思うので……」


「このダークネイビーのセットアップなんていいですかね」


「なんでブルーベリーのこと話してんの?」


肌のパーソナルカラーから似合う服を探しているのに、草野の頭の中には朝食のジャムの話が広がっている。


「いいから草野くん鏡の前来て」


所在なくうろつく草野を肩を押し、無理やり鏡の前に連れて来た星川は、ダークネイビーのセットアップを草野の体に当てる。


「いいですね、似合うと思いますよ。

Vネックの白シャツとローファーで合わせたらグッと大人っぽくなるかと」


「そうですね」


『おーい!こっちでもウォッチャーたちから、似合ってる、着ているところを見たい ってコメント来てるで!』


スタジオにいるハルの声を聞き、草野は至極嫌そうな顔をする。


「俺の大嫌いなもの、『試着室』・『イヤホンをつけてても話しかけてくる店員』・『僕もお揃いのもの持ってるんですよ〜と話しかけてくる店員』だ。

それが揃ってる空間なんて1秒でも早く逃げ出したい!」


目の前に店長がいるというのに、恥も外聞もなく草野は叫び、もがいている。


そしてセットアップの服のタグに書かれている値段を見て、草野はヒュッと息を呑み目を白黒させた。


「なにこれ家賃じゃん! ただの布なのに!?」


『はい、じゃあその服に決めたら着てスタジオに戻ってきてくださーい!』


「家賃なんて着れない、すぐラーメンの汁こぼしちゃうから俺!」


銀座のハイブランド着てカウンターのラーメン屋行くなよ、というスタッフと店長の無言の圧を全身に受け、番組の尺もあるので草野が試着室に押し込められた。



* * *



銀座の店から有楽町の番組スタジオへと星川、草野、カメラマン一同が移動する間、ハルのこの1週間あった芸人の面白い裏話や、ウォッチャーのコメントいじりしていたらすぐに到着した。


「お、来たみたいやな。みんな拍手で迎えてあげててな!」


ハルとスタッフが拍手をしていると、白いニットにジーンズを着たラフな星川が現れた。


「男の僕が見ても惚れ直しちゃうよ。さ、イメチェンした草野くんをご覧あれ!」


星川の合図で、目の下に隈を作った草野が、髪の毛までワックスでセットされ出てきた。


『888888888』

『おおおおおーー!!いいじゃん』

『意外と似合っててビビった』

『髪型と眉の形整えるだけでだいぶ変わる』

『えー普通に彼氏にしたい♡』


とウォッチャーたちは大盛り上がりである。


「そしてこっからが大事や。この全身コーデの金額を、草野が自腹で支払うか、それともウォッチャーからのスパチャで払えるか!?」


「はああああ!?」


ここで急なコーナーが始まり、セットアップを着た草野は声を上げる。


「これ全身で、じゅ、12万だぞ……!? 番組じゃなくて、俺が払うのかよ!?」


「さ、ウォッチャーの皆さん。草野くんが似合うと思う場合はコメントくださいね!

100円からスパチャもできるので、応援してくださる方は是非!」


「詐欺じゃねぇかこんなの!」



大量に数百円から数千円、そして万を超えるスパチャが飛び交い、数分で12万円を超える金額が集まり、草野と番組の人気を表していたのであった。


「明日のネットニュースはいただきだな」


「人気なうちに稼がせてもらいましょうね」


プロデューサーと構成作家は、「ポンと一万円払えるやつって普段何の仕事してんの?」ともはや恐怖で慄いてる草野を眺めるのであった。



* * *



番組が終わった後も、草野はぶつぶとと文句を言っている。



「危なかった……12万も払えるわけないから、焦ったぜ……」


「よかったね。プロデューサーがその服一式くれるってよ、くさのふん」


草野は笑顔の星川の頬を左右から潰し、言葉の最後星川はタコみたいな口になっていた。

もう星川がドッキリの仕掛け人になるのは恒例の流れだから慣れてきてしまっている自分にうんざりする。


ハルは男二人を横目で見ながら、SNSで番組のエゴサをしている。

今回も面白かったあと評判のようで、上機嫌である。


黒髪のポニーテールを靡かせながら、形の良い唇を上げる。


「ええやん、似合っとるで。馬子にも衣装やな」


「……そーかよ」


草野はジャケットのボタンを留めながら、少し紅くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。


偏屈な青年の外見だけでなく内面の改造計画は、まだまだこれからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思いがけずバズった俺だけどこんな運命信じない〜芸人とモデルと隠キャな俺の配信番組?勘弁してくれ!〜 たかつじ楓@LINEマンガ連載中! @kaede_takatuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ