第49話 こんな運命信じない、けど

すべての「元凶」は、まるでマネキンのような端正な顔を輝かせてほほ笑んでいる。

 

入口でファンの子に囲まれたと泣きついた時も、廊下で話そうとしたのにやけに会議室に呼び込んだり、座る位置を指定されたりしたのは、今思えば隠しカメラの位置やマイクが音を拾いやすい場所に誘導されてたのか。



「と、こういう訳なんだよ。

 秘密にしててごめんね、草野君」

 

にっこりと笑うイケメンモデルに、負けじと百パーセントの笑顔で返してやる。

 

そしてそのまま立ちあがり、星川のお洒落なシャツの首元に両手を掛け、渾身の力でそれを左右に引きちぎった。星川の乳首があらわになる。


「きゃー!」と女のような声を上げて、星川は自分の上半身を手で隠した。


「ああっ、僕のあられもない姿が…全国に放送されてるっ…何万人にもみられてしまってる…っ! 恥ずかしいけど……嫌いじゃないぞおお…!」

 

六つに割れた腹筋を見せつけながら星川はのたうちまわっている。

 

スッキリした草野は、一人で大暴れしている星川を尻目に椅子に座る。


チャット画面を見ると、『無駄に良い体してやがるwww』、『今日も星川は絶好調に変態だな!』と野郎どもから大絶賛である。

最近変態キャラが板につきすぎて、事務所が今後のキャラについて会議を開くほどらしい。


「夏木さんの電話から俺に解散を告げる辺り、手が込んでて腹立つわ…」

 

ハルは、ふん、と鼻を鳴らして得意げだ。


「一度や二度の挫折で辞めるんなら、最初から女芸人なんていばらの道、歩いてへんわ」


スタジオの隅で番組を見学しているミカは、くすりと笑った。

草野を見るとちょっと申し訳なさそうに眉を寄せるが、悪戯っぽい笑みで、彼女も一枚噛んでいたことが分かる。


「てか、普通に『悪玉菌太郎』が出てたけど、アイツもグルだったの?」


「まあ、君がイベントすっぽかすだろうことは予想してたから。念のためにね」

 

ひとしきり一人裸体プレイを楽しんだ星川は、着替えを着て戻ってきた。


おかしいと思ったのだ。あんな風に自分の家の前に、友達とは言えネトゲ仲間が来れるわけがないのに。

ギルドの中でも一番金に目が無さそうな奴だ。ドッキリ企画と聞いて、楽しそうに協力したのだろう。


「ふふ……俺はただの悲しいピエロ……笑い物にされてる事も気づかぬマリオネット…」


 机の角を見ながら、リズミカルな音楽に合わせて草野が即興でぶつぶつと歌い出す。悲壮感漂うその様子に、アカン、こいつショックのあまりおかしな曲歌いだしたで、とハルが草野を指さす。


「わあ、まさか草野君、女性不信は治ったけど、代わりに人間不信になっちゃったってオチかい!」


「ごめんお前ちょっと黙ってて」

 

文化祭の学生のようなノリで星川が突っ込んできたので、草野は感情ゼロの氷点下の声で一蹴する。星川は口を尖らして不服そうだ。

 

スタジオに入ってからずっと隠しカメラで撮られていたのだ。友人や親にまで裏で連絡がいって。


ミカの電話に出るところも、土砂降りの雨の中ハルが泣きながら去っていった時も、ずっとカメラが追っていたのだろう。この国の法律制度は穴だらけか?


「くっそ……お前、良くあんなに泣き真似なんてできたな。完璧にだまさたじゃねーか」


草野が悔しそうに横のハルに言うと、星川がきょとんとした。


「泣き真似って、何の話だい?」


「とぼけやがって。駅前のコンビニの所で話してた時だよ」


「いや、基本的にカメラは局内にしか置いてないはずだけど」

 

え、そうなのか。じゃああの雨の日は――と言いかけたところでディレクターからカンペが上がり、『宣伝V入ります』と書かれていたので、星川がこちらの宣伝を見てください、と話を打ち切ってV振りをする。

 

そして番組は、ブルーレイの宣伝のためのVTRに切り替わった。

 

はあ、と心底深いため息をついてまだ文句を言っている草野の肘を、横に座っているハルが突いてきた。


視線を向けると、台本の最後のページに小さく書かれた文字を指さしている。



『解散を考えていたのは本当。だから、あの時止めてくれて嬉しかった』

 

俯いたままのハルの横顔を見る。

スタッフにバレないように表情を隠している。ハルは、細い指でその下にこう付け足した。


『アンタだけに見せたうちの涙、レアやろ?』



こいつ、ばっかじゃねぇの。


心の中で啖呵を切りながら、耳まで真っ赤な草野は、たまらずそっぽを向いた。


ハルは、カメラに映らないように台本で顔を隠しながら、形の綺麗な唇で笑っている。



金ナシ。才能ナシ。彼女ナシ。若干のトラウマあり。


将来の夢? まだ分からん。


笑いのセンス? もっと分からん!


ただ最近、毎晩楽しい夢を見る。


自分が光るスポットライトの下に立っていて、大勢の人間がほほ笑んでいる、そんな夢。


 

宣伝VTRが終わった。


「草野君、我らがハル☆ボシのブルーレイを購入してくれたウォッチャー達に一言!」


「無駄遣いを……お前らブルーレイを食って腹が膨れるのか? ブルーレイを敷きつめた部屋で寝るのか? 

自己実現欲求を満たしていいのは、他の事すべてが満たされているごく一部の奴だけだ。俺の事を見る前に自分の生活を見直しやがれ!」


草野はたまらず立ち上がり、椅子に乗る勢いでまくしたてる。

 

星川がそれを止め、スタッフからは笑い声。

チャットにはウォッチャー達のコメント。そしてこめかみに打ちこまれる、容赦のないハルからのハリセンの一撃。


真っ白の床に投げ出されて、草野は無様に転がる。




俺はまだ、この感情にうまく答えを出せずにいる。


自分が言った事に対して、スタッフやウォッチャーが笑ってくれる時。


酷い罰ゲームを受けているのを、逐一カメラに収められている時。


そして、星川とハルが楽しそうな時。


名も知らぬ感情が浮かび上がる。


きっとそれはこれからも自分の心を支配し、苦しめ悩ませるのだろう。


相手ある事を全て避けてきた、植物系男子には荷が重い。


運命なんかじゃない。幾重にも張り巡らされた偶然の糸に引っかかって、今この席に座っている。


AD草野と書かれた、ネームプレートの前に。


それでも、横で揺れるポニーテールを見るたび思うのだ。


クソッたれな人生の中で、何度も思い知らされてきたことを。


 

這いつくばった床から立ち上がり、レンズの向こうに向かって訴えるように叫ぶ。


何度でも何度でも、世界中に聞かせてやりたかった。



「やっぱりこんな運命信じない!」

 

と。



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読んでいただきありがとうございました!

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