第6章 助けて僕の青い鳥
第48話 後日談の事後報告
「ハル☆ボシに願いを! 大好評につき特別版スペシャル~!」
テンション高い男の声で、いつも番組は始まる。
木曜夜八時恒例である。
「いやー、この前は大勢にファンやウォッチャーのみんなに発売イベントに来てもらって、ほんと嬉しかったねぇ」
中央の二カメに向かって手を振る星川がアップになって写っている。
「せやな、今寄せられてるコメントの中でも、実際見に行ったよって子、結構おんねんな」
前に置いてあるパソコンをいじりながらハルは、おおきに! と手を上げる。
そんな中、再び生放送画面の右端は、オーラの無い男がまるで燃え尽きたボクサーのようにぐったりと座っており、完全に静止画状態である。
「どうしたんAD。きいとんのか? まだ耳ん中に小麦粉入ってん?」
ハルの声にも知らんぷり。
まだ落とし穴にはめられた衝撃と恐怖が完全に抜け切れてない草野は、カメラ目線ではあるが、どこか果てしない遠くの世界を見ているようだ。
「いやー、実は結構前からこのドッキリ企画は練られてたから、いつバレちゃわないか心配だったんだけどね」
「案外スムーズにいったよなぁ」
仕掛け人である星川とハルは、意気揚々と話している。
まーた俺だけハブか、と草野は虚無状態である。
「それでは、一連の事をまとめたVTRです。どうぞ!」
星川の馴れたV振りでモニター画面が切り替わった。
* * *
オープニングテーマが響き渡る。
番組中、何かを叫んでいる白黒の草野の動画の上に、「偏屈」、「代役」、「毒舌」、「根暗」、「悪童」、「凶暴」、「面倒」と、草野を表す漢字二文字の言葉が画面上に流れて行く。
そして画面の中心にデカデカと、大きな文字でタイトルが表示された。
『令和のシンデレラボーイ、草野篤志は、川崎レインボーズの解散を止めるのか?』
その後に、ナレーターの声が入った。
『ピンチヒッターとして採用した、ただの素人大学生。
その名も、草野篤志』
映画の吹き替えにもよく抜擢されている、有名声優の渋い声が聞こえる。
『彼の何にも臆さない物言い、研ぎ澄まされた言葉の数々は、旋風を巻き起こした』
まるで企業の歴史を紹介する教育番組のような大袈裟な造り。
どう考えてもスタッフの悪ノリとしか思えない。
すると、星川が真っ白な部屋の中、座っている姿が映し出される。
『―――草野君とはいつ出会ったのですか?』
「彼とは、数年前知り合いました。
当時から彼は、他の人を決して寄せ付けない研ぎ澄まされたナイフのような目をしていました」
顎に手を置き、神妙な顔の星川は語る。
「昔、人間関係で悲しい思いをしたせいか、他人に全く興味を持たなくなってしまったみたいなんです。
学校と家を往復するだけの毎日で、恋人は愚かろくに友達もいなかったんです。そんな彼を変えたくて」
大企業の社長の苦労時代のエピソードを聞くドキュメンタリーのようなノリで、星川は引きこもり大学生の生態を伝える。
「草野君は、元来とても優しい人です。純粋です。
だから、人に尊敬される努力や好きな子に好かれる努力をすればいいのになぁていつも思ってました」
ほほえましそうな穏やかな笑顔で、メンズファッション誌の表紙を飾るモデルはその美貌を無駄遣いしながら話す。
「今回、こうやってハル☆ボシのメインになってからは、衝突しながらもスタッフさんや女性関係もうまくやってます。
そんな身近な子が、解散するって言い出したらどうするんだろうって、非常に気になりますねぇ」
作戦の核心を突くテロップが出る。
『このドッキリは成功すると思います?』
「どうかな……百パーセント、と言いたいところですけど、五分五分ですね」
画面はyっくりフェードアウトし、再び有名声優の声が流れる。
『本当に草野が女性恐怖症なのか、検証してみよう。
この日、ハル☆ボシのファンの女の子達がテレビ局の前に数十人たむろしていたのだ。
そんな状況を喜んでもいいと思うが―――』
ナレーターの後にカメラが切り替わ李、局内の廊下を上から撮っている図が映る。
廊下の観葉植物の後ろに、しゃがみ込んでいる草野がばっちりと映っている。
星川が廊下から会議室に促して、そこでも監視カメラに映された草野が、
「入り待ちのファンがいるぜ・・・怖い・・・」
と言い、その後
「現実なんて!」
と叫んで窓から飛び降りようとするのを星川が押さえている。
『ファンに話しかけられた程度でこの騒ぎ。どうやら噂は本当のようだ――
そして、我々はこのような計画を思いついた』
大きな字で、表示される。
『川崎レインボーズの解散宣言を聞いて、彼はどんな反応を見せるのだろうか』
再び監視カメラの映像に切り替わる。
収録後の控室、着替えているミカのスマホに電話がかかってくる。
ミカに出てくれと頼まれ電話に出るも、ハルに「解散しよう」と切り出された。
眉を寄せ、焦った表情をしている草野だったが、ミカに尋ねられて、
「……先に帰ってゴメンって、それだけ言ってたよ」
無表情で言う草野の姿。
『これには番組スタッフや星川も驚いた。
ミカが悲しむことを考慮してか、彼は優しい嘘をついたのだ』
ほかにも、ハルに話しかけようとして、でも途中で諦めて去っていく所や、控え室でミカに何かを言いたそうな目でじっと見つめている草野などが次々と映されていく。
『そこで告げられるブルーレイ発売イベントの話。
あまりの嫌がりように、スタッフは彼がイベントをすっぽかすかもしれないことを考慮して、彼の友人の協力を仰いだ』
ぱっと画面が変わり、白い部屋に一人の男が座っている。
声はボイスチェンジャーで低くなっている。
『彼とは一年ぐらい前からつるんでいますよ。
光合せ・・・…草野君は、本当に人付き合いが苦手ですからねぇ』
目にモザイクをかけられているが、耳に大量のピアスを刺して金髪のパンク髪型から、すぐに特定できそうな人物である。
『案の定、イベントに草野は来なかった―――。
スタッフ達は急遽、念のためスタンバイをお願いしていた友人のAさんに連れてきてもらえるようお願いした』
ハルが舞台上で解散を告げた瞬間、反対側からバイクの後ろに乗った草野が到着した。
顔面蒼白で汗をぐっしょりかきながらも、叫ぶ姿。
「――この番組の『鉄板オチ』には、お前のハリセンが必要不可欠なんだ!」
涙ぐむ観客の顔、ほほ笑むアナウンサーの顔がアップで映し出される。
しかし次の瞬間、とても綺麗に足を踏み外し、落とし穴へと落ちていく姿がばっちり取られていた。
舞台正面から、上手側から、下手側から、建物上空から、アップで、落とし穴の中から。
角度を変えたアングルで、しつこいぐらいい何度も何度も落ちる瞬間が流れる。
「ドッキリでしたー!」
星川のネタばらしに、テッテレ―という音楽が流れる。
粉まみれで放心状態の草野は叫ぶ。
「―――見てんじゃねぇ!」
『こうして、AD草野のドッキリ計画は成功で幕を閉じた。
女性恐怖症を克服し、同じMCの仲間の危機を救った草野。
一回り人間として成長した彼に、これからの番組での活躍に注目したい』
ゆっくりとフェードアウトする。
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