魔族と人間が皆死ぬ前日、1日だけ「休戦」があった

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

休戦を示す一連の資料


・人間側兵士、クロームの日誌

 (王国歴914年12月17日)

 アルタイトも死んだ。死体は残したままだ。

 魔族よりも蠅や蛆虫のたかった死体の方が気持ち悪い。

 人間だけではない。魔族も同じように腐っていく。

 監視は嫌だ。死体を見るから。

 人間だろうが、魔族だろうが、もううんざりだ。

 主神もこんな光景を見たら泣くはずだ。

 3年もずっとこんな膠着状態を繰り返してるなんて……と思ったけど、主神からすれば3年という時間はあまりに短いのかもしれない。

 人間は、時の流れに弱すぎる。



・魔族側兵士、オークの日誌(木に爪で彫られていた)

 (王国歴914年12月18日)

 おれたちは、おなかがすいた。あたりのものはさんざんたべた。

 いつまで、たたかっていればいいのだろう。

 にんげんはたべられないのに。

 おれたちと、にんげんのちがいって、なんだろう。



・人間側兵士、トムの日誌

 (王国歴914年12月18日)

 魔族の子供が戦場にいた。

 たまたま戦場に紛れ込んだだけなのに、助けられなかった。俺はクズだ。

 こんな戦いをやって、世界は平和になるのか。



・人間側第三軍団長、ミロシュの日誌

 (王国歴914年12月19日)

 正義が無い戦いを、いつまで続けていればいいんだ。

 まあ、それを非難したのが俺の転落の始まりか。

 貴族共は俺達をこのフレンドル草原に、永遠に閉じ込める気だ。

 哀れだな。俺に忠を尽くす兵も、向こう側に居る魔族も。

 食料も底を尽き始めてる。連中は、食料を最低限にすることが戦争を長引かせる秘訣と考えているらしい。財務大臣の入れ知恵か。



・魔族側将軍:ルシフェルの日誌。

 (王国歴914年12月20日)

 我ら悪魔族の代表として、誉れ高き戦場で死ぬる事に恐怖はない。

 しかし、このような生殺しの戦法はなんだ。

 奴らの魔導器が強力な事は分かっている。

 認めざるを得ない程、人間の文化は進んだ。

 しかし、そのような悪知恵を蹂躙してこそ、由緒正しき悪魔というのではないか。

 さては上の連中、魔王の周りと同じく金に目がくらんだのだな。

 噂は本当だったようだ。

 長年統治されてきた魔界も、もう長くないという事か。

 ああ、故郷の子供達よ。飛ぶ事なき堕落の翼を見て、失望してくれるな。

 他の奴らとは違い、俺は挫けない。

 間もなく、特攻をしかけてやるぞ。



・人間側第三軍団長、ミロシュの日誌

 (王国歴914年12月21日)

 クロームと、トムを非難した。

 敵側の将軍、ルシフェルが単体で突っ込んできたのだ。首尾よく戦闘不能まで陥らせ、あとは止めを刺すだけだったが、クロームが止めやがった。すると、トムは堰を切ったように泣き出した。

 そして、普通にあいつら会話をしやがった。

 だが、俺に非難する資格が無いのは、俺が一番よく知っている。

 何せ止めもせず、奴らの会話を聞いていたのだから。

 クロームやトムは人一倍優しい奴だから、心が壊れる寸前なのかもしれない。

 『死んだアルタイトが、ルシフェルの話を聞きたいみたいだったから』『3日前に死んだ魔族の子供は、こうしていれば助けられたんだ』と何食わぬ顔で言う奴らに、それ以上俺は何も言えなかった。死人が見えたら、お前も引き摺られるぞ、くらいしか。



・魔族側兵士、オークの日誌(木に爪で彫られていた)

 (王国歴914年12月22日)

 きのうルシフェルをたすけた。にんげんがいたが、ルシフェルにたおすの、とめられた。

 にんげんは、ルシフェルをたおさず、たすけたらしい。

 ルシフェルは、このままおんをかえさずに、たおすわけにはいかない、といっていた。

 そういえば、はじめてにんげんとかいわした。ルシフェルにまどわされるな、といわれたが、わるいきもちはしなかった。

 おれはオークのなかでも、ことばをはなせるから、にんげんとはなしするのは、たのしかったけれども。それでも、オークはばかだから、きをつけなくてはいけない。

 でも、クロームいいやつだった。ミロシュいいやつだった。トムはいいやつだった。ほかのやつも。にんげんは、やさしいのかもしれない。



・魔族側将軍:ルシフェルの日誌。

 (王国歴914年12月23日)

 『それでは、ただ疲れたから死にたいだけの自殺志願者だ』

 クロームが言っていた事が、頭から離れない。

 トムは泣いていた。人間とはまるで弱い連中だ。しかし、やはりあの姿は頭から離れぬ。

 分かっている。我々はまるで魔王の飼い犬だ。

 それでも、その役割についた者として、一度振り上げた剣を降ろせというのか。

 意味の無い戦いなど無い。意味の無い戦いなど無い。意味の無い戦いなど無い。

 これは聖戦だ。これは聖戦だ。これは聖戦だ。これは聖戦だ。これは聖戦だ。

 ※以降の字は書き殴られており、判別不明



・人間側兵士、クロームの日誌

 (王国歴914年12月24日)

 もう疲れた。魔族も戦いたくないし、屍になりたくないんだ。

 明日、魔族に撃たれること覚悟で、死体を片付けに戦場へ向かう。

 人間も、魔族も、もうこれ以上野晒しにしておけない。

 こんなのは、心あるものの営みじゃない。



・魔族側兵士、ゴブリンの日誌(石に刻まれていた)

 (王国歴914年12月25日と推定)

 なかま、したい、かたづける

 ガルーダのやつが、にんげんで、かたづけているやつがいると、いっている

 オークのやつが、いっていた、やつかもしれない

 これいじょう、くさいのは、だめだ

 なかまが、くさくなるのは、だめだ

 オークのやつも、さそう



・人間側第三軍団長、ミロシュの日誌

 (王国歴914年12月25日)

 俺の前で何が起きているのかを、記す。

 夢の可能性もあるから、忘れないうちに記す。

 クロームとトムの奴が拠点から勝手に飛び出したのを見た。

 しかし奴らを咎めようとした時には、魔族側からもゴブリンとオークが出てきた。

 応じて人間側の兵士が飛び出した。でもそれを、クロームとトムが止めた。

 魔族側も大量に出て来やがった。でもそれを、割って入ったルシフェルが止めた。

 戦争が始まると誰もが思っただろう。だが、人間側の一人が剣を捨てた。

 更に魔族側もこん棒を捨てた。それを皮切りに武器を捨てて、人間と魔族が、恐る恐る互いに近づいていった。

 会話は遠くにいた俺には聞こえなかった。

 でも、奴らは確かに会話していた。

 人間と魔族が普通に会話している所、見た事ないのに。

 これまでの歴史でも、無かったはずなのに。


 追記:サッカーしてきた。つまり、魔族と遊んだ。うそだろ。



・魔族側兵士、ゴブリンの日誌(石に刻まれていた)

 (王国歴914年12月26日と推定)

 きのうは、サッカー、たのしかった。

 ボールのつくりかたも、おしえてもらった。

 すこしのまじゅつでつくれる。

 サッカーのしかたも、おしえてもらった。

 にんげんが、あそびでやる、スポーツらしい。

 サッカー、たのしい。



・人間側兵士、トムの血文字(残存遺体から発見)

 (王国歴914年12月26日と推定)

 戦いは終わったはずなのに。

 サッカーがしたい。

 


・人間側兵士、クロームの日誌

 (王国歴914年12月26日)

 戦わないといけない。

 休戦継続を主張したトムは殺された。ミロシュ隊長も危ない。

 新しく国から派遣された貴族はクソだ。

 そんなに戦いたいのかよ。

 名誉の戦いに投じる時よりも、サッカーをしていた方が皆生き生きとしてたろ。

 でもやるしかない。さもないと故郷の家族が危ない。

 俺も死ぬのだろうと思う。俺は帰れないのだろうと思う。

 主よ。しかしせめて、母には、幸福を。妹にはよい男を。

 ただ、この日誌が届くことはないと思うが、覚えておいてほしい。

 魔族は、一緒にサッカーができるぞ。

 もう行かなくてはならない。家族を守るために。

 


・魔族側兵士、オークの日誌(木に爪で彫られていた)

 (王国歴914年12月26日)

 ルシフェルを、ころさないといけない。

 あたらしくきた、マオウのてさきが、いってた。

 やつは、マゾクのほこりを、すてた、って。

 そして、にんげんをころせ、って。

 でも、ころしたくない。またサッカーしたい。

 クロームやトムとあったら、たたかわず、はなしてみよう。


 


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・王立新聞協会_号外より抜粋

 (王国歴914年:12月27日)

 フレンドル草原の兵士は王国の為に勇敢に戦い、魔族を全滅させた。魔族は卑劣にも自爆を実施し、フレンドル草原の兵士は皆誉れ高き死を遂げた。

 魔族を許すな。魔族を許すな。魔族を許すな。

 国王万歳。


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・財務大臣アーガードの手紙。

 (王国歴914年:12月31日)


 親愛なるエレン騎士総団長


 以降このような事が無いよう、国民への教育は厳しく執り行うとするが、それだけではまだ足りない。

 南部では税収が少ない地域がある。これを魔族からの攻撃に見せかけて蹂躙する事で、魔族への嫌悪感情を再燃させたい。反王権の感情を示し、税の支払いも滞らせてる不逞な奴らだ。それに、あそこは鬱陶しく我々に反抗してきたミロシュの生まれ故郷だ。そういう気質でもあるのだろう。だが、不幸な事故が起こった所で、主神の知るところではあるまい。

 そういえば君は、最近近くでならず者がたむろしている事に頭を悩ませていたな。暴力と女に困ってるなら、いい所があると紹介したらどうだ?

 それなら、互いに悩みが解決できそうではないか?

 その後、哀れな南部に残るだろう金のうち、見返りは払うとするよ。勿論君に。


 あと、日誌の焚書は完了したと聞いた。ひとまずは安心だな。あんなものがあっては、よからぬ事を考える下民も出てくるだろうから。もう少し爆弾魔導器を強く出来ないか、魔術研究大臣に文句は言っておくよ。人だけじゃなく、紙も吹き飛ばせるようにしてくれ、とな。

 神よ、我らに幸あれ。


 追伸:魔王軍の動きは1年後までないと聞いている。互いに消費しすぎたからな。この件が終わったら羽を伸ばしたまえ。何せ君の役割は、魔王を倒す事ではない。王国を繁栄させることだ。

 御父上が死んで、総団長の座を引き継いで忙しいとは思うが、くれぐれも気を付けたまえ。




・財務大臣アーガードの王国議会での発言より抜粋。

 (王国歴915年:12月26日)


 これは、どういう事だ。

 


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・調査隊隊長ベルベットの調査連絡

 (王国歴916年:12月26日)

 エレン騎士総団長

 昨年と同じく、今年も例の日誌と、魔族言語が刻まれた木板がフレンドル荒野の一帯に出現しました。すべて回収済みです。

 しかし原因の調査を実施していますが、糸口も見えません。派遣された大魔術師も難色を示している状態です。

 誰もいなかった筈なのに、どうして紙や木の板が出現するんですか?

 ここは、魔族の大規模自爆によって、葉っぱの一つも生えなくなったのに。

 何故かボールみたいな物体もありました。



・調査隊隊長ベルベットの調査連絡

 (王国歴917年:12月26日)

 エレン騎士総団長

 昨年、と同じく、今年も例の日誌と、魔族言語が刻まれた木板がフレンドル荒野の一帯に出現しました。

 すべて回収済みです。

 また、昨年と同じ内容でした。

 そして、エレン総団長に見せていただいた本物の日誌と同じ内容でした。

 また昨日、大魔術師も解明できない怪奇現象が発生しました。

 荒野にあったボールが、勝手に動いていたんです。



・調査隊隊長ベルベットの調査連絡

 (王国歴918年:12月26日)

 ※焼失の為、不明



・調査隊隊長ベルベットの調査連絡(暗号化)

 (王国歴919年:2月16日)

 私達は生きています。ミロシュさんと合流できました。

 エレンさんは元気ですか。

 生きていたら、返事ください。



・ベルベットの報告(従者の証言から抜粋)

 (共和国歴元年:12月26日)

 エレンさん。

 例の日誌達が出現した事を確認しました。

 また、今年もボールは動いていましたよ。

 


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・国立新聞協会発行分より抜粋

 (共和国歴11年:12月25日)

 ベルベット夫人の協力により、故エレン氏が保管していたフレンドルにおける『休戦』時の記録が、平和記念博物館に飾られた。

 現在、魔族とはこのフレンドル草原を『休戦領域』として平和の象徴とし、このフレンドルでの戦闘を行わない事を合意している。また、フレンドルに自然発生する『日誌』については、共通の儀式によって焼却されている。ただ、未だに自然発生の原理は不明だ。


 フレンドルでは隣接するガリア市長のミロシュによって、12月24日から25日にかけて魔族とサッカーを行う式典を取り行おうという計画がある。

 交渉相手の魔族であり、フレンドルに隣接している領域を統治するルシフェルも、応対する姿勢を見せている。


 フレンドルで戦闘は行われていない。

 だから今日も、彼らはボールで遊んでいる。

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