100:ダチョウのお留守番大作戦
「……あー、やばい。」
「落ち着きませんか?」
「ん? あぁごめんルチヤ。口に出てた?」
そうルチヤに返しながら、さっきまで自身が無意識に足踏みをしていたことを自覚する。いやね? 留守番中の子供たちと、そのお守りを任せたアメリアさんとエウラリアが色々と不安でさ……。ちょっと色々落ち着かないから、初めから考え直すことにしよう。
あれから数週間、会談の日を迎えた私は獣王国国境にいる。
(見渡す限り砂だらけ。高原でも似たような場所はあったけど、こんな“砂漠”ってのは初めてだよね。)
燦々と輝く太陽に、延々と続く砂。そしてたまにぽつぽつと見つかる緑の植物。私はダチョウだから何とかなるけど、結構日差しが強いし前世みたいな人間だったらすぐにダウンしちゃいそうな暑さ。ただの人間なルチヤには辛いだろうと羽で影を作りながら、そんなことを考える。
私が王ってことになっている獣王国と、大陸最強と名高いタンタ公国との会談。両者ともに王が出席し、顔を合わせて今後手を取り合って行けるか確かめるための場。それゆえにお互いの国境線でやろうっていう意味は解るんだけど……。
あんまりこっちに地の利はないね、こりゃ。
(聞く話によると、公国って完全に砂漠の国らしいからなぁ……。)
私も一応、砂地での戦闘経験はある。というか天候を操って来るタイプの化け物とか高原に結構いたから、砂嵐にも適応可能だ。けれど足場がどうしても不安定になるのは完全に不利だし、砂漠専門の奴らに比べれば戦闘経験が劣るって言うのは事実だ。この差はどうしようもないと思う。
今回の会談は友好の場ということにはなっているけど、互いに譲れないラインというものは存在している。多少の妥協はできるだろうが、そのラインが交差してしまった瞬間にこの会談はオジャン。互いに戦争状態に移行し、殴り合いが始まることになるんだよね。
んで今回はなんと互いのトップが顔を合わせるわけだ。あっちも持てる『最強』さんを連れてくるらしいが……、互いに相手を落とせれば、今後の戦いをかなり優位に進めることができる。
(更に、私達。連合国としてはソレが成功した瞬間、一番厄介な相手を行動不能・戦闘不能にできたってことになる。包囲網の一角を落とす以上の効果が見込める。やらない手はない。……ま、勿論友好を結べればそれで充分なんだけどね?)
実際に戦闘になってしまえば、迷わずに叩き潰さなければならないだろう。高原でも文明社会でも、そこは同じ。一瞬でも迷ったら死ぬし、戦うと決めたなら相手が消えてなくなるまで殴り続ける。
相手に手番を渡さず、自身の得意を延々と叩き込み続ける。それが鉄則。
だからこそ少しでも不安事は無くしておくべきなんだけど……。
「あー、ごめんやっぱ無理。ルチヤ、一回帰ってもいい?」
「駄目ですし、多分デレお姉様たちからしたら、もっと辛いことになると思いますよ。お留守番が2回に増えるわけですから。」
「だよねぇ……。」
一応デレはその辺りの時間感覚がしっかりしてきたっぽいんだけど、私達ダチョウは基本わすれんぼだ。いつから待ち始めたのか、いつからこうしているのか、さっきまで自分たちが何をしていたのかと言うのを覚えていないことはザラにある。
けれど確実に全て忘却するというわけでもなく……。私が一旦帰ってしまえば、そりゃもう大喜びだけどもう一度出かけてしまえば急転直下。ルチヤの言う通り2度も留守番をさせてしまうことになるのだ。両方とも、もしくは片方だけ忘れる子もいるだろうが……。心の傷は残るだろうし、全て覚えててしまう子がいてもおかしくない。
(なら一回で全部、しかも早く終わらせて帰るのが確実なんだけど……。やっぱり不安!!!)
いやね? ヌイグルミ以外も色々と手は尽くしたんですよ。いくらデレが賢くなって指揮ができる子と言っても、あの子も私が守るべき子供だ。だから思いつく限りの策を講じたし、アメリアさんを始め頼れそうな人みんなにお願いをした。だからまぁ、何とかはなると思うんだけど……。
考えれば考えるほどに、思いついてしまう最悪。
あの子たち泣いてない? 悲しがってない? 暴れてない? 暴走してない? 獣王国の形残ってる? ママどっかやった! おまえらきらい! ほろぼす! とかしてないよね?
ほんとのほんとに、大丈夫なんだよね???
「マ、ママ……。ほ、ほら。別のこと考えましょう? そ、そうだ! 私頑張ってあっちの特記戦力、『最強』さんについて調べたんです! 最悪戦闘になりますから、対策の参考までに聞いて頂けますか!」
「あぁうん。ほんと頼りないママでごめんね? お願いルチヤ。」
頭を振って不安を吹き飛ばしながら、彼女の話に耳を傾ける。
えーっと。今回敵対するかもしれないお相手の『最強』さんは、“サフィーヤ”というお名前だという。前も聞いたけど、公国のお姫様というか……、第二王女? に当たる人らしい。つまり彼女のパパが公王様ってことだ。
「タイプとしては近接系、剣を扱われるそうです。両手に曲刀を握り、軽装で舞う様に戦うことから以前は『舞姫』なんて呼ばれていたそうですが……。途轍もなく早い速度で切り付けてくるため、敵は切られたことを理解できぬままに死んでいくそうです。そこから『最速』、帝国が誇る特記戦力を纏めて複数落としてからは『最強』と呼ばれているそうです。」
「確か獣王くんも勝てなかった子だよね? にしても、スピードタイプかぁ。」
懐から取り出したメモ帳のようなものを眺めながら話してくれるルチヤの頭を撫でてやる。
最終的に私が勝ったけど。獣王って高原で普通に生き残れるレベルに強かったからなぁ。それに勝てるってのは相当なんだろう。
そんなことを考えていると、メモ帳が捲られる音が鼓膜に伝わる。どうやらまだ続きがあるようだ。
「でも能力の系統としては外れ、というか母方の力みたいですね。公国の家系としては風だったり砂だったり、砂漠に特化した能力を持つ人が多いみたいです。事実彼女の姉に当たる将軍さんも砂嵐を起こすことで有名みたいです。」
ほーん。まぁ確かにこの砂漠で自由に砂嵐起こせるのは色々便利そうだし、支配者がその能力を確保するのは理解できるけど……。とりあえずそれは置いておこう。単に砂嵐起こせるぐらいだったらどうにでもなるし、高原にいたから見慣れてる。
肝心なのは、大陸最強らしい彼女。スピードタイプの剣士らしいが……。
アメリアさんから魔法を習い始めたおかげでちょっとそっち方面への理解が深まったんだけど、この世界の魔法って結構無法だ。魔力の制限はあるが、それさえ飛び越えてしまえば何でもできてしまう。辺り一帯火の海にするとか、敵の体の内部から爆散させてみたりとか、大空から雷を降らしまくって敵軍を消し飛ばすとか。まぁ色々。
その分魔法を成立させるまでの難度が変わって来るみたいなんだけど……。
(アメリアさんみたいな準特記戦力レベルでも、魔力さえ補えれば出来てしまうのは確か。それこそ数百人、数千人生贄にすれば、できてしまう。もちろん特記戦力に至る様な化け物魔力持ちなら、より簡単にそう言う災害レベルの魔法を連発できる。)
この南大陸にどれだけ特記戦力がいるのかは知らないが、そんな私みたいな化け物がいてもおかしくはない。というかこの前戦った『死霊術師』のことを考えると絶対いるだろう。アイツ普通に強かったし。けれどそんな相手を差し置いて剣士が『最強』と恐れられるってことは……。そういう無法を全部吹き飛ばして勝利をもぎ取れるってことに他ならない。
「くっそ速くて強そう。最低でも常時魔力廻して回復し続けないと駄目かも。」
「やはり戦術としては、初手に意識外からの攻撃で吹き飛ばす。という形になるのでしょうか?」
「まぁ最適ではあるよね。……それで終わるとは思えないけど。」
高原でも、速度タイプの敵は結構いた。それこそ音を超えてそうなのは両手で数えられるくらいいたし、何か光よりも速くね? というのも。そういう奴ら相手にはそもそも敵の縄張りに近づかないって方法で何とかして来たんだけど……。実際に戦うとなれば、やり方は少々工夫しなきゃならない。
魔力で強化したダチョウの目でも追えないって仮定すれば、やるのは面制圧。視界一杯すべてを魔法か何かで破壊し尽くして、可能な限り相手にダメージを与える。けれど相手は知性ある人間だから、そんなことをすれば逃げられてしまう。となるとこっちに近づいて攻撃しに来るような状況を作らなきゃならない。
(……でもそれで思いつくのって、倫理的にちょっと。)
脳裏に浮かんでしまったのは、全身から魔力を放射しながら公国へと走り続けるという無差別攻撃。文字通り相手国土を建物人諸共消し飛ばしながら死の地へと変えてしまうというもの。
たぶん私の魔力なら可能だし、相手さんの第二王女って立場を考えれば確実にこっちに来てくれると思うんだけど……。普通にやりたくない。
サフィーヤだっけ? 彼女の最高速度を見ない限りなんとも言えないけど、もし私の知覚速度よりも速かったり、それこそ高原レベルの超光速になってくると、もうそれ以外使えそうな手はない様に思える。つまり戦闘になってしまえば、私は国ひとつを飲み込むか大陸最強を落とすかのどちらかを為すまでは、止まれなくなってしまうというわけだ。
(元々講和に向けて頑張るつもりだったけど……、もっと気合入れないとなぁ。)
◇◆◇◆◇
レイスがそんな物騒なことを考えていたところ……。獣王国の王都は大変なことになっていました。
「ままどっかいったぁぁ~~~!!!!」
「どこー!!!」
「やだぁぁぁぁ!!!!!」
「ほ、ほらヌイグルミあるわよ! ごはんあるわよ! さ、さ! ぎゅーってしてもぐもぐはどう? ね? それかアメリアお婆ちゃんと一緒に遊びましょう? ほらー、さみしくないわよー?」
「ダチョウ、抑えきれません!」
「2番養育隊壊滅! 3、4番も既に崩壊の兆しあり!」
「エウラリア殿が自ら暴走集団に突っ込み、サンドバッグになりながら嬌声を上げてますッ! 勢いは衰えましたが絶対に教育に良くありませんッ!」
「抑えきれずに脱走されるよりも多分マシだ! 放置しろ! それと増援! 増援はまだか! 到着次第3、4番の補助を! あとそこの食いしん坊達にはたらふく食事を与えるのだ! お腹いっぱいになればちょっとは! ちょっとはマシになるはず!」
「マティルデ様ァ! アラン殿消息不明! 城外へと吹き飛ばされましたッ!」
「くッ! 今は時間が惜しい! 彼も放っておけ! ほ、ほら! 貴殿らの母が帰ってこなかったことなどないのだろう? 一緒に留守番しよう、な?」
「や! やっ!」
「…………ひぇぐ。」
「びぇぇぇぇ!!!!!」
その場に座り込んで大泣きしてしまう子、ヌイグルミを抱きしめながら静かに泣く子、早速ママを探しに行こうと大声を出しながら走り回る子、ママを見失った上にヌイグルミまで無くしちゃってもう何が何だか解らなくなっている子、なんだかとっても悲しそうな顔をしながら目の前にあるご飯をこれでもかと口に放り込む子。
それを何とか宥めるために走り回る大人たち。
もう阿鼻叫喚でございました。
い、いやね? 最初の方はまだ調子よかったんですよ?
時を少し戻しまして、レイスが出発する直前。ダチョウちゃんたちはそれまで通りの日々を過ごしておりました。群れの中で一番賢いデレだけがママやアメリアさんの様子、また周囲にいつもより人が多く集まっていることから『これから何が起きるか』を察知していたようですが……。そこまではまだ、良かったのです。
ダチョウがお留守番するということで、大人たちは数週間前から総力を挙げて準備していました。アメリアさん謹製ヌイグルミはもちろん、その他大量の遊具と玩具。少しでも気が晴れるように大量の食材と料理人を手配。
そしてさらに各地からダチョウに関わりのある人々、プラーク守護にしてママのお友達であるマティルデさんや、ダチョウたちになんか気に入られてるっぽいご飯さんこと諜報員のアランさん。その他多くの人が、彼ら彼女らが少しでも寂しくならないように駆け付けたのです。
が。
『それじゃあママ、今からお仕事行って来るからお留守番よろしくね?』
『おるすばん?』
『わかった!』
『いくー!』
『あ、みんなはそのままで大丈夫だから。アメリアさんとか、近くの大人の人の言うことちゃんと聞くんだよ? ママちゃんと帰って来るからみんなで仲良く良い子で待ってるように。じゃ、解散! 好きに遊んでおいで~。』
流石に何も言わずに出ていくのは駄目だろうと思い、出発前に声をかけたレイス。デレ以外は今から何が起きるかよく解っていませんでしたが、とりあえずみんなで仲良く大きなお返事をし、好きに遊んでいいと言われたので自由に散らばって遊び始めます。
今日は何故か朝から大量の遊べそうなもの。アメリアさんが用意した木の遊具たちがたくさん目に入ったのでそちらに走り去る子や、手の中にあったヌイグルミをぎゅうぎゅう押し始めて遊ぶ子、その場で寝っ転がってお日様を全身で浴びる子などなど。
思い思いに好きな時間を過ごし始めたのですが……。一人のダチョウが、悲しそうにしている子を見つけました。
「どした?」
「……がまん!」
「んー?」
そう、他の子とは違い、既にママがこの場にいないことを知ってしまっているデレちゃんです。
彼女は前々からお留守番についての情報を、全て記憶しています。普段ならばどれだけ聞いても7、8割ほどは忘却の彼方ですが、今回はことがことです。自分よりも賢いルチヤと何度もお話ししたせいかより賢くなった彼女は、今日がその日であること。そしてママが自分たちの視界から消えた瞬間。その体から発せられる魔力が消失したことに、気が付いていました。
つまりもう出発済み。この場にママはいないのです。
普通のダチョウであれば、この時点で耐えきれなくなってしまい泣いちゃいそうなものですが……。デレはママがいない時に群れを引っ張る役目を持っています。自分がここで泣いてしまえばお留守番作戦は即座に破綻してしまうということを、何となくではありますが理解していたのでした。
だから泣かないようにぎゅっと自分のヌイグルミを抱きしめ、口をきゅっと引き締めてママが帰って来るのを待つことにしたのです。
「だいじょぶ?」
「どした?」
「ぺこぺこ?」
ですが仲間想いなダチョウたちは、悲しそうな子を放ってはおけません。すぐにデレの異変を察知し、よってくる仲間たち。次々に声をかけて大丈夫か聞いてみますが、デレは上手い答えを思いつかず、ただぎゅっとヌイグルミを抱きしめて黙るだけ。
そうすれば他の子たちからすれば、本当に調子が悪い様に見えてしまい……。すぐに何とかしなければと考え始めます。高原にいるダチョウ、それも単なる普通のダチョウ獣人だけの群れであればみんなで集まって暖かくしたり、安全そうな場所を見つけて一緒に寝るしか出来ません。けれどレイスに率いられてきた彼女たちは、真っ先に『ママに相談してみよう』と思い当たってしまいました。
「ままー! ……まま?」
「あれ?」
「いない。」
きょろきょろと周囲を見渡し探してみますが、大好きなママの姿がありません。もっと頑張って辺りをくまなく探してみますが、やっぱり見つかりません。
既にこの時点で、魔力への適性がある子。ママの肉体から発せられる極大の魔力が感じ取れなくなったことで、少し不安定になっていた子たちが、強く焦り始めます。
彼女達が持つ記憶の中で、ママが群れから消えることなど一度もありませんでした。確かに少しだけ離れたことや、撤退する時に少しだけ視界から消えたことはありましたが……。これだけ周囲を見渡しても見つからないなど、ありえないことです。
「どこ? どこ!?」
「ままー!?」
「かくれた?」
みんな一斉に、ママを探し始めます。これは不味いと感じたお留守番お手伝いの大人たちが声をかけて気を逸らそうとしましたが、彼女たちには一切そんな声聞こえません。だってママがいないのです。石の裏に隠れているかもと探したり、いつの間にか仲間が掘っていた穴の中にいるのではと探したり、お鍋の中にいるのかと中身のスープを全部飲み干したりしましたが、やっぱり見つかりません。
もうこの時点で、彼らは限界寸前です。
大きなお目々に涙が溜まり始め、行き場のない感情で心が一杯になり、おもちゃやごはんで何とか機嫌を直そうとした大人たちの奮戦虚しく……。
決壊、します。
「「「びぇぇぇええええええ!!!!!!!!!」」」
まだお留守番が始まってから、10分足らず。
最低でも数時間を予定している今回の会談。そっちもそっちで大変かと思いますが……。出来る限り早く帰ってきてくださいレイスママッ!
「さがすぅ! さがしにいくぅ!!!」
あ、だめですよ!?
ほ、ほら! ママちゃんと帰って来るって言ってたでしょう!? だから壁! 壁壊して外に行こうとしないで! ね! ね! 脱走しちゃったらもっとややこしくなるから! いい子にお留守番しましょうッ!!!
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(https://www.kadokawa.co.jp/product/322412000240/)
コミカライズ化決定! 鞠助先生、どうかよろしくお願いいたします!
(鞠助先生Xアカウント:https://x.com/marisuke388)
(Xによる告知:https://x.com/kadokawabooks/status/1906634069607411805)
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