99:ダチョウの姉妹


「ごめんなさいママ! 失敗しました! この失態、何とお詫びすれば……!」


「いやそんな畏まらなくていいからね? 頭も下げなくていいから、ね?」



ダチョウお留守番練習会から数日後、ルチヤがこっちに走って来たかと思えば急に土下座をかましてきた。


いや申し訳ない気持ちは理解できるんだけど、子供に土下座されても嬉しくないどころか純粋に悲しいのでそういうの本当にやらなくていいからね……? エウラリアみたいに嬌声挙げながら謝罪してきたら流石にキレるけども。


ところで、失敗したって言うのは……。例の会談の話?



「はい。タンタ公国に派遣中の大使と連携しながら進めていたのですが、やはりどうしても獣王国開催は難しそうで……。国境線での極秘開催に決まってしまいました。」


「まぁ相手からしても、私の戦闘能力とか解んないだろうし、そこは仕方ないよねぇ。」



現在私たちが置かれている現状は、結構マズめ。確かに膠着状態ではあるんだけど、私達連合国とそれに敵対する包囲網の戦況はあちら優位が保たれている。何せこっちには前線で戦える特記戦力が私しかいないのだ。軍師もエウラリアもサポートタイプなのを考えると、全方位から一斉に攻められただけで終わり。一対一ならまだ何とかなりそうなんだけどね?


けれどまだ、相手さんは沈黙を貫いている。多分軍師の妨害や、実際に戦争になった時の自国への被害を抑えて他国にどれだけ押し付けるかの策謀、もしくは戦後パイの切り分けの問題で進攻してきてないんだろうけど……。



(だからこそと言うべきか、こっちに付こうとしている国もいる。それがタンタ公国だ。)



こっちとしても包囲網の一角、その中で一番強いらしい相手さんが味方になるのは大歓迎。獣王国の穀物を前獣王の時と同じように、もしくはもう少しお安めに交易するのを条件に成される融和。それぐらいなら許容できる案件だし、一番面倒になりそうな敵が味方になるっていう恩恵は計り知れない。


だからこそルチヤには交渉をそのまま継続してもらう様に頼んだんだけど……。やっぱり全部こっちの思うようにはいかないよね。



「ママの強みは、底の無い莫大な魔力と回復能力です。しかも獣人の強みである近接能力もあり、更にそれを強化できるというとっても凄い存在。ですがこの情報は私がママと近しいから理解していることで、他国からすれば隠された状態なのかと考えています。」


「あぁ、なるほどねぇ。確かに私、ちゃんとこっちで戦ったの両手で数えられるくらいだし。」


「国外との公式な戦闘という形で考えれば、前獣王との戦いと、あの『不死』さんの母国との二つだけです。いくら諜報網を巡らせ機能させていたとしても、正確に強さを測り切るのは難しいと思います。リスクを考えれば獣王国開催はやっぱり難しかったのかもしれません……。」



ま、だよね。互いに仲良くしたいと思っていたとしても、未だ敵対関係なのは確かなんだ。わざわざ相手の本拠地にお邪魔するとか罠を張られてそうで、私なら普通に断っちゃうもん。……でも、幸いなことに私達も『お留守番』という最大の敵に対し、無策なわけじゃない。


色々と不本意だし、子供たちにはかなり負担をかけちゃうけど。何とかなりそうなのは確かだ。



「じゃ、正式に国境線開催って方向で頑張って行くとしますか。あ、ルチヤ。ちなみにだけど正確な場所や日時、相手さんの情報とかってもう解ったりする?」


「あ、はい! その辺りは抜かりありませんよ! 相手側は未だ帝国と戦争中と言うこともあるので、急遽中止される可能性もありますが……。開催は2週間後で、場所は獣王国北東に広がる砂漠地帯。あちらからは公王とかの『最強』が来るようです。私達と同じ、親子での参加ですね!」


「……親子?」



言ってませんでしたっけ? と続けるルチヤ。うん、ママあっちの国王様とか、『最強』さんのこと多分聞いてないと思う。……聞いてないよね? 私ダチョウだし、ちょっと自分の記憶にはかなり自身が持てないというか……。


あ、大丈夫? 言ってない? ママの頭ダメになってない? ふ、ふぃぃ、良かった良かった。


そんなことを言いながらルチヤの話を聞いていると、どうやらタンタ公国の国王様の娘が、かの『最強』さんらしい。というかあっちの王族? 公族? がかなりの武闘派集団らしくて、公王も結構戦える上に、『最強』の姉上もバリバリ前線で帝国兵を殺しまくってる女傑なそうな。



「ほへー。」


「帝国が総力を挙げて攻めてきた場合は流石に中止のようですが、それ以外の場合は最低でも公族を一人派遣し、融和に向けて歩み寄りを行う、って感じみたいですね。……あ、ママのサポートの為に私も参加するって伝えちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」


「ん? もちろん。でも良かったの? 破断したら最悪そのまま戦線が開くんでしょ? 危なくない?」


「えぇ! ママの隣が世界で一番安全ですから!」



ありゃりゃ、そりゃ責任重大だねぇ。


気合入れていきませんと。



(この大陸の『最強』、ねぇ。)







 ◇◆◇◆◇






「にゅ? る……、るちや。」


「あ! デレお姉様! 名前覚えてくださったんですね!」


「……たまたま。」



自身の二人目の母であるレイスと話を纏めたルチヤは、次の公務までの息抜きとしてダチョウたちが遊び回る王宮の庭を歩いておりました。特に理由なくぶらつき、最近ダチョウたちの間で流行している不気味な人形に恐れ戦いていると、後方から声。


振り返ってみてみれば、新しい家族の中で自分の次に賢い子。姉であるデレがいるではありませんか。しかもなんと、やっと名前を憶えてくれたご様子。



「んもうデレお姉様! 変に拗ねなくていいんですからね! 姉妹ですよ私達!」


「ちや! ……ちやうくない。すねて? ない!」



普段は自分たちの最愛の母を取り合うライバル的関係ですが、二人とも決して家族への愛がないわけではありません。


デレからすれば、ルチヤは自分からママを取りそうな相手。けれどそんな大事な母親が自分たちの末の妹として迎え入れた存在。とても仲間想いなダチョウが受け入れないハズがありません。でもルチヤがママを独り占めしようとしたせいか、何かと口喧嘩してしまうような関係性。そのまま両手を広げて何もかも受け入れるのは……、ちょっと違うご様子。


対してルチヤから見たデレは、レイスという母親ら一番眼をかけられている長姉のようなもの。母から注がれる愛を疑っているわけではありませんが、やはり一番というものはどうしても惹かれてしまいます。故に自分がその位置に収まろうと勝負を仕掛けてしまうような人。言ってしまえばちょっとした喧嘩友達。そんな彼女がようやく名前で呼んでくれたのです。嬉しくないわけがありません。後お話していて、反応が面白くて好き。



「そうそうデレお姉様。皆さんなんだかすごいものを持ってますけど……、アレなんです? この前来た時は皆さん持っていませんでしたよね?」


「これ? まま。いる?」


「ポッェジャマァァァ」


「なんですコレ……、というかママ?」



そう言いながらデレが羽の中から取り出すのは、例のヌイグルミ。レイスが呪物と言っていたアレです。


こいつらの泣き声はその個体ごとに違い、生成後に変化することはないのですが……。持ち主はあのダチョウです。ママの羽が使われ、人数分用意されているため『一人一つ!』であることは理解しているみたいですが、所有権というか自分がどれを持っていたのか忘れてしまうようで、よく取り違えが発生しています。なので『なんかよく泣き声が変わる面白い存在……!』と認知されているようですね。


ちなみに忘れ物率驚異の100%で、遊んでいる途中に忘却して置いて行った挙句、無くしてしまったとと勘違いし大泣きする子がいるので、拾ったら近くのダチョウに渡してあげましょう。持っていない子を探しに行ってくれます。


探しに行ったことを忘れた場合? ママを呼んでください。あ、レイスの方ですよ?



「ママじゃない。まま。」


「発音だけ同じ感じの奴ですか?」


「……たぶん。」



デレから呪物を受け取り、言われた通りに胴体らしきところを押してみる彼女。


感触としては非常によく、かなり質のいい綿で編みこまれた人形であることが解るのですが……、いかんせんデザインが不気味すぎます。そして押し込んだ瞬間に響き渡る、絶叫。なんかもう聞くだけで心の弱い者なら正気を失ってしまいそうなものです。


正直ルチヤからすればなんでこんな怖いものが流行っているのか理解できませんし、あまり触りたいものでもありません。というかなんか目と口の所に穴が開いていて、何故か底が見えない程に黒いというか、虚空になっているというか、正気を全て吸い込まれてしまいそうな……。確実にダチョウ専用玩具です。


このまま持ち続ければ確実にヤバいことになると確信したルチヤは、すぐに姉であるデレに返します。



「ルチヤ、持ってる?」


「私ですか? も、持ってないですけど……。あ! 間に合ってますからね! 大丈夫です! いらないですよ!」


「うにゅ? そっか。」



そう言いながら、少し不思議そうにヌイグルミを自分の羽の中に戻すデレ。


彼女はそこまで魔力の扱いに長けているわけではありませんが、ママの魔力の識別ぐらいなら何となくできます。眼前のルチヤはママの取り合いのライバルではありますが、一応妹。持っていなければ可哀想と思い、自分のものをプレゼントしようと思ったみたいですね。


まぁ自分と同じようにママ大好き勢な彼女が断るとは思ってなかったようですが。



「デレお姉様……、ママのお仕事のこと、どう思ってます?」


「……おるすばん? やだ。」



そんなデレに、問いかけるルチヤ。


ルチヤとしても、今回の会談。母が子供たちから離れて国境線へと出向くということは好ましくありません。勿論少々の危険が伴うというのも理由の一つですが、何よりも自身の姉たち。彼女が末妹として加わった群れに対しての不安がその多くを占めていました。


彼女はヒード王国の主であり、同時に獣王国の実質的な統治者でもあります。ある程度配下の者に仕事を振ってはいますが、自身が採決しなければならない案件も多く母親であるレイスの元から離れなければならない時間がどうしても出来てしまいます。


だからこそ、ほんの少しでも別離しなければならないという辛さはとてもよく解るのです。一度戦火によって両親を亡くしているからこそ、“別れ”というものに敏感であるともいえます。



(……私はまだ、耐えられます。ママの強さを理解していますし、必ず帰ってきてくれるという約束もしてくださりました。それに、私の王としての仕事は一度全てを放棄し投げ捨てようとしてしまったことへの贖罪みたいなものです。ママも手伝ってくれますし、これくらいなら甘んじて受け入れます。でも……)



ダチョウたちが賢くなったのは確かです。けれど未だ発展途上であり、長い道のりに向けて歩き始めたばかり。ある意味、一番今が重要なタイミングとも言えます。そんな時にいくら必要なことといえ、引き離してしまうのは駄目なのかと思う心が、ルチヤにはありました。


けれど。



「やだ。でも……、ママがやるって言った。なら、ならね? デレ頑張るの。」


「お姉様……。」


「みんな、悲しくなる。でも、デレ頑張ったら、なんとかなる? なる。頑張る。」



かなり練習を重ねてはいるのですが、未だレイスが完全に群れから離れたことは高原生活を含めて一度もありません。人間社会では確実に強者なダチョウであろうと、高原という魔境では塵芥の一つ。圧倒的な強者に消し飛ばされるのがダチョウ獣人です。


そんな時に生まれ導いてくれたのが、レイスです。精神的な支柱として確固たるものを築き、保ち続けた彼女の存在はデレですらどれほど大きいのか理解できない程。更に今ではそこに母親としてレイスすら重なっているのです。これが数時間と言えど消えてしまう、その影響は計り知れません。


レイスは明確に彼女に向かって言葉にはしませんでしたが……、彼女は今回の留守番でも、強く期待されています。デレにとっても初めてのことで酷く悲しくなってしまうと考え、これ以上負担を与えるのは良くないだろうとレイスは明確に口にはしませんでしたが、デレは何となく頼られているのを解っていました。


なら、頑張らないわけにはいきません。、



「ごめん、なさい。私がもっと上手く動けていれば……。」


「いい。ママ、ルチヤ大変って言ってた。ルチヤ、頑張る。なら、デレ頑張る。」


「……はい! 一緒に頑張りましょうね!」



普段はちょっと喧嘩しちゃう仲ですが、大事な姉妹。共に出来ること、目の前のことを頑張ろうと言い合う二人。たまたま近くにいた他のダチョウちゃんがヌイグルミで遊んでなければ『ホンヌラバァァァ!』もっといい感じに『ホンヌラバァァァ!』なったと『ホンヌラバァァァ!』……いやほんとに静かにしてもらえません!?



「ホンヌラバァァァ!」


「おもちろい!」


「ホンヌラバァァァ!」


「あそぼ! あそぼ!」


「なんか閉まりませんね。……はーい、今行きますー!」


「うん。……わかった!」



ヌイグルミを一緒に鳴らして遊ぼうと誘うダチョウちゃんに、ちょっとため息を付きながら頷くルチヤとデレ。たぶん本当に面白い音だったので、悪気はなかったんでしょうが……。


そんな時、周囲一帯に響き渡るママの声。



「おチビちゃんたちー! おやつ用意してもらったからおいでー! ごはんのじかん!」


「おやつ!」

「ごはん!」

「たべるー!」


「はいはい、慌てなーい! 食べさせてほしい子は並びましょうねー!」


「食べさせて……! い、今すぐいかなきゃッ! デレお姉様……、っていないッ!?」



ママの言葉を聞き、すぐに行かねばと思い至ったルチヤでしたが、横を見て見ればさっきまで隣にいたはずのデレとダチョウちゃんの姿がありません。あるのは、さっきまでもみくちゃにされていたヌイグルミさんのみ。急いでママの方を見て見れば、既に全速力で向かっている二人の姿。


思いっきり、出遅れてしまいました。ダチョウのような俊足を持たぬルチヤでは、もうどう足掻いても追いつけません。最後尾確実です。



「むぅぅぅううう! やっぱりデレお姉様嫌いですぅ! 一緒に運んでくれてもいいじゃないですかー!!!」


「やー! デレ先!!!」


「デレにルチヤー? 喧嘩するならおやつなしだよー?」


「してない!!!」

「してません!!!」







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(Xによる告知:https://x.com/kadokawabooks/status/1906634069607411805)

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