4:ダチョウと高原
「そう言えば、なんだけど。」
「ん? どうしましたアメリアさんや。」
同族であるダチョウ獣人の頭をわちゃわちゃと撫でまわしながらスキンシップしていた時、アメリアと名乗るエルフから話しかけられた。
みんな(ダチョウを除く)は知ってると思うけど、ウチで送迎することになった冒険者パーティの人だ。魔法使いっぽいトンガリ帽子が似合ってるエルフさんだね。先日名付けたデレちゃんと仲良くなったみたいで、彼女の背に乗せてもらいながら移動している。まぁ私らダチョウって背中に誰かのっても『おん? なんか重いな……? まぁええや!』ですぐ気にしなくなっちゃうので色々大丈夫なんだよね。人一人ぐらいなら軽い方だし。
「なんだかあなたの群れ……、増えていない?」
「あぁ、増えてますよー。」
彼女の言う通り、絶賛ウチの群れはゆっくりと増殖中だ。というか今頭を撫でまわしていたダチョウもさっき加入したばっかりのニューフェイスである。まぁそれなのに『あれ? さっきからボクここに居ましたよ?』みたいな顔してるし、他の奴も『なかまたくさん! うれしい!』で思考停止してる。このおおらかさ? 阿呆さ? それがダチョウだよね。
「まぁ基本ダチョウは十数レベルの群れで行動するんですけどね、明らかにダチョウが集まってる場所があると自分もそっちに行った方がいい、という考えに至るみたいで。集団で移動してると自動的に増えていくんですよ。」
「…………ん?」
「率いる側としたらもし逸れたとしても周り見渡せばこの群れが見えるんで、自分で戻ってきてくれるから安心なんですよねぇ。」
前にも言ったが、ダチョウちゃんのお目目はおつむと比べると格段にいい、ボールすら投げられない幼子とメジャー一線級の選手ぐらい違う。基本ダチョウの記憶は三秒程度しか持たないので、何かに気を取られても三秒で何を考えていたか忘れる。そしたらとりあえず自分の身の安全を確保するためにあたりを見渡すんだけど、そしたらクソデカい私の群れが見えるわけ。
自然とこっちに何かあるのだろうと考えて走り出してくれるから安心なんですわ。走ってる途中でなんで走ってたか、という目的を忘れても目の前に群れがあったらね、合流しようと考え直してくれるわけだから。
「なんというか……、すごいのね。」
「あはー! 愛らしいでしょ?」
なんというか色々呆れているというべきか、逆に感心しているというべきか。デレと名付けたダチョウの背に乗って移動しているわけだから私たちダチョウのヤバさは色々肌で理解してくれただろう。だって『デレ』って名付けた奴もう自分の名前忘れてるし。毎回このエルフさんが、
『あなたの名前はデレ、よ。』
『でれ? ……デレ! かわいい!』
『そうね、じゃあデレ。お願いなのだけど、水浴びについてきてくれない?』
『でれ? なに? ごはん?』
というようにお名前を教えてあげるのだけれど、直ぐに脳内で消去されてしまう。なんかほんとにもうすみませんねうちの子が……。いやね? 一応頭の中の記憶領域に『そんな響きの言葉があったなぁ』レベルの情報は記録されてそうなんですよ。ただおつむが弱すぎてそれにたどり着くのに無茶苦茶時間が掛かるというか、辞書を引いている間に何を調べてたのか忘れるというべきか。
まぁそんな感じなんですよ。記憶を取り戻した最初のころはずっとそんなやりとりしてて精神がやられましたけど、慣れちまえばなんとかなるんですわ。もしくは私がダチョウに汚染された、と言うべきか。
「思うのだけど……、本当に町に来ていいの?」
「……というのは?」
「あなたが思っているほど、人と言うのは綺麗なものじゃない……。絶対に何かに巻き込まれてしまう。」
「あ~。」
アレですね、わざわざそっちの世界にでて人の悪意とかで塗れた社会の荒波に呑まれるよりも、この自然豊かな高原で『ごはん! ごはん!』言ってる方が幸せじゃないのか、って話ですよね。
「そう。」
「まぁ言ってる意味も解ります。私だって知識として知ってるだけで体験はしたことがない、そしてコイツにとって本当にそれがいいことなのかも解らない。おつむの関係上どうしても全体で動かないといけない以上、変な挑戦はやめておいた方がいい。……わかるんすけどねぇ。」
実際、『町に行きたい、文明に触れたい』って意志は私だけのものだ。こいつらはそもそも"町"や"文明"という言葉すらも理解していない訳だし。今回この人たちを連れて高原を出るという理由の中に、私の意志が含まれているのは確かだ。
「希望的観測にはなりますけど……、私らはまだそっちの世界を知らない。もしかしたらそっちの方が過ごしやすいかもしれないし、もしかしたら私以外のダチョウにとっても良い場所になるかもしれない。その可能性があるのに最初から否定しちゃうってのは良くないでしょう?」
「……そう、ね。」
「おつむは弱いですが、肉体のスペックだけはあるんです。最初はちょっとだけお試し、いけそうなら長期滞在。私らの足だったらどうしようもないほどに合わなくても、走って帰れますしね~。……それに。」
「それに?」
「聞いた感じ絶対に、この高原よりはマシな環境なんで……。」
不思議そうに私の方を見る彼女、今の自分の顔がどうなっているのかはわからないが、こっちの方を見ていたダチョウの何人かがこっちの方に寄ってきていることからあんまりいい顔ではないのだろう。あぁ、うん大丈夫だからね。平気平気、ほぉんとお前らは仲間思いだもんなぁ、誰かが変な顔してたり、しんどそうにしてたらすぐに寄ってきてくれるし。おーよしよし、撫でてやろうなー。
「アメリアさんたちは知らないと思うんですけど……、ここ私らでも如何にもならない敵ってのが両手で数えるくらいありまして。」
「手……?」
「あぁそっちの手です、ダチョウの翼じゃないですよ? 10以上いるってこと。中でもマジでどうしようもないのは……、"ビクビク"ってやつなんですけど。」
「「「ビクビクッ!!!」」」
一斉にして狼狽し始めるダチョウたち、え!? 何? 敵? ……は、いないな。……あ! もしかして私が言ったせいで勘違いした? お~、悪い悪い。周りにお前らいること忘れてたな? 大丈夫大丈夫、ビクビクはおらんで~。ほら周り見てみ? 何もおらんやろ? 仲間ぎょーさんおるから敵もよってこうへんのや。安全やでー。
「「「いない? いない? ほんと?」」」
「おうおう、大丈夫。おらへんおらへん。」
「…………な、なんなの。その、名前を言ってはいけない? ものは。」
「魔物ですねー、空飛ぶドラゴンで雷を操る奴です。そっちの言い方は知りませんけど、雷竜って呼ぶべき相手ですかねぇ。」
同じ竜でも土竜とは大違い、雷竜ってのは私たちにとって天敵に近い相手だ。
私らが走るよりも速く空を飛び、大概の雷系の攻撃を無効化するこの羽の防御を簡単に超えてくる雷撃を操る相手。ここ10年で5、6回相手にしているが、全てみっともなく逃げ惑うことしかできなかった相手。近づこうにも相手は空を飛んでいるし、その上自分の周囲を感電死するレベルの電気で覆っている。私自身無理矢理突撃してその鱗に足を叩きつけたことがあるのだが、普通に爪が割れた。単純な物理防御力でも勝てないんだよね、アレ。
「最初に会ったときは群れが半壊、その後は逃げに徹するようになりましたけどそれでも結構な数を持って行かれます。なんとかそう言う相手の生活圏を割り出せたんで最近は会ってないですけど……、もう会いたくないですよねぇ。」
うちの子たちがいう"ビクビク"ってのは雷竜の操る電撃に打たれたダチョウが死ぬときに『ビクビクビクビクゥ!』と痙攣しながら死んでしまう光景が理由だと考えられる。会ったことのない個体でも、他の個体がありえないほどに狼狽するため、本気で警戒しなければならない相手ってのを理解しているのだろう。
「エルダー、いやエンシェント? ……どんなところなのここは。」
「ま、そんなわけで私らにとっても安全な場所ってのは喉から手が出るほど欲しいんすよね。わざわざ危ないとこで暮らすぐらいなら、そっち行きますよ~って感じです。」
実際、私らは強い方だと言える。でも上には上がいるってことだ。ダチョウの繫殖期が毎年訪れて、個体ごとに4~5個卵を産むことからも私らは決して強い生物ではない。私が率い、数の力を手に入れられたからマシにはなったが、無理なものは無理だ。
「ん? ちょっと待ってあなた、今その雷竜に突っ込んだって……!?」
「あぁ、雷の防護壁ですよね。普通なら丸焦げになると思うんですけど、なんか耐えられましたねぇ。」
「…………あなたも十分規格外よ。」
◇◆◇◆◇
「…………あなたも十分規格外よ。」
「いや~、それほどでも~!」
楽しそうに笑う彼女、明らかに生物とは思えないほどの魔力を内包した彼女は褒められたのだと勘違いし、頬に笑みを浮かべている。
話を聞く限り、彼女が言う"雷竜"という存在。私たちエルフが知る竜の生態と大きくかけ離れているように思える。つまりエルフが保有するドラゴンの情報、エルダードラゴンよりも強力な竜。エンシェントクラスのものだということが理解できた。エルダー級一体で軽く小国を滅ぼせてしまうほどの脅威度、それを簡単に屠ってしまうような人間は知っているけれど、そのエルダーよりも上の階級。
(そのレベルがうじゃうじゃいる? 冗談じゃない。)
改めてこの高原のレベルがおかしいこと、そして彼女たちに発見してもらえた自分たちの幸運を神に感謝してしまう。
自分たちでは絶対に勝てないレベルの相手を迂回しながら逃げ延びた結果、こんな奥地まで来てしまった。食料に余裕はあると言えども限界があるし、この高原で狩れる様な相手は私たちにはいない。土竜の時にもしうまく逃げ延びることが出来たとしても、どっちみち餓えて死ぬ。本当に、運が良かった。
(それにしてもこの羽……、すごいわね。)
"デレ"という個体、まぁ本人はその名前を未だ憶えていないようだが、そんな彼女から抜けた羽を一本頂いた。彼女本人の許可は取ったし、群れの長である彼女にも許可を取った。移動の合間に軽く調べさせてもらったが……、とんでもない性能だ。
ほかの鳥の獣人の羽よりも大きく綺麗な上、非常に高度な性能を誇っている。長の彼女が教えてくれた能力、熱を保持する効果と電気を遮断する効果は勿論のこと、氷に対する耐性と軽い炎への耐性も見れた。正確な力は魔道具の工房に頼み調査せねば解らないだろうが、この羽一本と簡単な加工で魔道具になってしまいそうな素材だ。
(人の一部、だから表立って何かされることはない。だけど裏では……。)
バレてしまった場合、面倒なことになってしまうのは間違いない。拉致、という嫌な単語が脳裏をよぎる。この子たちの頭のことを考えると頂点は確実に大丈夫だと言えるが、それ以外がどうなるか解らない。助けてもらった恩もあることだし、そう言った面倒事はこちらで出来るだけ対処すべきだろう。
パーティメンバーの二人、人間の彼もドワーフの彼も生まれる前のことだが、一時期海を越えた先にある大陸では色々と差別がひどかった。
エルフは耳長と呼ばれ、気味悪い存在とみなされたりすることもザラだった。色々と当時の施政者たちが奮闘した結果大分マシにはなったが、私はあの時の記憶を覚えている。こんな無垢な子たちが昔の私たちのようになってしまうのは、誰かの喰い物になってしまうのは避けないといけない。彼女たちに比べれば大分弱いけど、年長者としてそう動くのが役目なのだろう。
(彼女たちの足でも、まだ町へたどり着くまでは時間がある。共有すべきだろう。)
パーティメンバーは勿論、ダチョウと呼ばれる彼女たちの中で一番賢い"レイス"と名乗るあの子。群れの長としてこの子たちを率いるあの子にはできるだけ多くの情報を渡すのが筋のはずだ。この高原もだいぶひどいが、人の社会というものも別のベクトルでひどいものだ。海を越えて帝国の中心部。もしくは帝国の中にある教会の総本山、聖都にでも行けば話は変わるだろうが、基本人の社会は悪意に満ちている。
最近は特にそう、帝国に対抗するために諸国が力を求め、戦争を続けている。私たちがいる国はまだ大丈夫だが、いつ巻き込まれるかはわからない。彼女たちの力量を考えれば"化け物"と呼ばれる一部の例外を除き傷つけることすら難しいだろうが、戦いが深まるほどに人の悪意というものは増していく。
(確かに、身の危険は少なくなる、けれど……。いえ、それは彼女たちが決める事、ね。私は常に注意を促すこと、そして何かあった時は身を挺して守ること。私もだいぶ生きたことだし、命を救ってもらった恩はそうでもしなきゃ返せそうにもない、からね。)
こんなことを考えてしまう私を、故郷の彼らはお人好しとでもいうのだろうか。……まぁいい、自分は自分のことをするだけだ。
(……そう言えば、何故彼女はこう、賢いのかしら? いやそう言うと他の子に失礼? というか"失礼"って理解できるのかしら?)
言葉を飾らないのであれば……、彼女たちは基本、とてもおバカだ。その人柄と言うか、種族としての性質のおかげかとても愛すべきおバカ、で収まっているのだがどう頑張っても言語でこちらの伝えたいことを伝えることのできない種族のように思える。
簡単な単語の意味は理解しているようなのだが、すぐに話の内容を忘れてしまうし、さっきまで自分が何をしていたのか簡単に忘れてしまう。長く生き過ぎてボケてしまったエルフの老人のレベルで物忘れが激しく、人間の赤子のように無垢である。この性質のおかげで多分どんな悪口を言われても意味が理解できないか、すぐに忘れてしまいそうなのでその辺は安心できるのだけど……。
ならば何故、彼女だけが私たちと同等の知性を持つに至ったのだろうか。
少し話を振ってみたが、私たち以外の人間。ダチョウと呼ばれる種族以外の人間にはこれまで会ったことがないということから誰かから教育を受けたということでもない。というかそもそものスペックがないと教育ができない。となると生まれながらにしてあの知性を持っていた特異体質、と言ったものなのだろうか? それか神によって加護を受けているとか、ダチョウたちの中で数万年レベルで生まれる大天才、だとか。
(まぁどれも、本人に聞いても解らないことなのだろうけど……。)
彼女たち、ダチョウたちにはありえないレベルの知性に、同じ人間と判別していいのか悩むレベルの魔力量。命を救われた恩を返すつもりで町に着いた後も色々と同行するつもりだったけど……。
「楽しく、なりそうね。あなたもそう思うでしょ、デレ?」
「? ごはん?」
「違うわ。……確かに『もうちょっと頑張って欲しい。』解る、解るわレイス……!」
〇ダチョウ獣人との移動
基本時速60㎞で一時間以上走り続けることが出来るダチョウ獣人だが、別に背中に一人のせて走ってもあんまり変わらない。そのため、誰かを乗せていることすらすぐに忘れてしまう彼らからすれば、『なんかわからないけど、ちょっと体が重い』程度ですんでしまう。そのため、ダチョウたちの長であるレイスが『ちょっとしゃがめ―』と指示を受けた際に彼ら冒険者パーティがダチョウたちに飛び乗り、肩車してもらいながら現在高原を移動している。
なお上に乗っている人間が声を掛けたり、首元や頭を叩いてあげると上にいる人の存在を思い出す(気が付く)が、視線がずれて数秒立つとそのことも忘れてしまうので何かしてもらいたいことがあるときは素早く簡単に指示を出す必要がある。
ちなみにデレちゃん(エルフのアメリアさんが気に入った子)は何故か自分の好きな匂いが上からしてくるので、移動中の間ずっと機嫌がいい。アメリアさんの顔は覚えていないが、『なんかいい匂いのする人!』という風な記憶が微かに脳内に残っている様子。
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