第4話 メンバーたち

「なんだって?」

 大木三郎は、目の前にいる私と母を交互に見て、叫んだ。


「ほんとなの? 水城さんっ?」

「ええ、本当です。お医者様には、事件のショックだろう、と」

「そりゃ、衝撃的な事件ではあったけどさ、本当に乃亜、中身がその……ええ? 多重人格ぅ?」

 大分混乱しているようだった。当然ではあるのだけど。

 隣に座っている女性……母と同じくらいだろうか? 佐々木ひろみという、マーメイドテイルのマネージャーをしている彼女も、口に手を当て放心していた。


「乃亜、俺のことわからないのか?」

 聞かれ、頷く。

「大変申し訳ないのですが」

 頭を下げると、大木社長が両手を頭の後ろで組む。

「ああ、こりゃ別人だな。乃亜がそんな口調で話すわけないもんな」

「ですね。見た目は乃亜ですけど、雰囲気が以前とは全然違う」

 佐々木マネージャーもまた、こめかみを指で押さえ、言った。

「どうすんのよ、マーメイドテイル」


 絶望的な口調でそう言う大木社長に、私に変わり、母が答える。

「乃亜はやる気です!」

「ほんとに?」

 大木社長の言葉に、私は、大きく頷いた。

「ただ……何も覚えていないので、一からのスタートになってしまうのが……」

「あ、えっ? 歌もフリもっ?」

「そういうことです」

「うわぁ~。佐々木ちゃん、どうよ?」

 マネージャーに話を振ると、佐々木は一瞬考えたのち、

「大丈夫じゃないですか?」

 と言い、更に続けた。


「今回の事件、どうやら恵のシートルが犯人だってことで、メンバー内も動揺が広がってるんですけど、乃亜が記憶喪失ならメンバー的にはかえってやりやすいんじゃないのかしら。変に気を遣う必要もないし、なんだか今の乃亜、守ってあげなきゃ、みたいなオーラ出してるし」

「まぁ、確かに以前のギラギラ乃亜とは大分違うよなぁ。ギラギラしすぎてたもんな」


 乃亜さん……どんなお人だったのですか?

 私は、少し心配になった。


「とにかくメンバーに会わせましょう。話はそこからってことで」

 私は佐々木マネージャーに連れられ、事務所地下にあるスタジオに向かった。広い部屋には、大きな鏡があり、そこで三人がダンスレッスンをしていた。私の姿を見るなり、三人が目を見開く。


「乃亜……、」

「乃亜たん?」


「嘘、」

 私は私で、画面で見ていたアイドルが目の前に現れて、興奮してしまう。

「すごいですわっ、マーメイドテイルのメンバーが目の前にいる!」

 当たり前なのだけれど……。

「かえちゃんに、アンにめぐたんがっ」

 私は胸の前で手を組み、推しを眺めた。


 そう。家でマーメイドテイルのライブを見まくるうち、私は立派なマーメイドテイルの箱推しオタクになっていた。


「……え?」

「なに言ってるの、乃亜」

 何か危ないものを見るような顔で私を見る三人。

「みんな、聞いて。実はね、」

 佐々木マネージャーが事のあらましを説明する。三人は、眉を寄せ、信じられない、と呟きながら話を聞いていた。


「じゃ、乃亜は私たちのことも覚えてないの?」

「はい。すみません」

 私が謝ると、


「うっわ、こりゃ、乃亜じゃないわ」

 と、橋本杏里……通称『アン』が言う。長い髪は緩く巻かれ、スタイル抜群な彼女は、マーメイドテイルの中ではお色気担当、とでもいうのだろうか。色っぽい容姿と話し方でファンを魅了する。


「乃亜ちゃん、」

 心配そうにそう言うのは白木かえで……通称『かえちゃん』で、ショートヘアが特徴的な、ダンスが得意な子。彼女だけが一学年下という事で、妹的存在ということになっている。


「覚えて……ないんだ」

 最後に、岸野恵。通称『めぐたん』は癒し系で、男性からの支持が一番高い。見た目も、肩で切りそろえられたおかっぱが可愛いのだけれど、特徴的なのは甘ったるい舌足らずな喋り方だと思う。


「全くの別人みたいに感じると思う。実際、私も彼女が乃亜とは思えない」

 マネージャーの言葉に、皆が頷いた。

「マーメイドテイルを続けるためには、乃亜の復帰は不可欠なの。みんな、彼女に歌とダンスを叩きこんでくれるかしら?」

「えっ?」

「私たちが、ですかっ?」

「乃亜に~?」

 三人が同時に叫ぶ。

「そうよ」

「……マジですかぁ?」

 セクシー担当のアンが頭を抱えた。

「あの、乃亜に私たちが……」

「だよね。変な気分」

 ショートヘアのかえでが続く。

 そんな中、


「私、やる!」

 そう言って拳を突き上げたのは、癒し系めぐたんこと、恵だった。


「私、乃亜たんが戻ってきた時、どんな顔で会えばいいんだろうってずっと悩んでた。だって、謝ったって謝り切れないし、」

 そう言えば、乃亜を襲ったのは恵のシートルファンだと言っていた。でも、それは本人と関係のないことなのに?


「めぐたんが悪いわけではありませんわ。それに、私はこうして戻ってこられたのです。どうか皆様、改めて、私をマーメイドテイルに参加させてくださいませんか? 私、一生懸命やりますので!」


 こんな風に、自分から何かを望んだことなど今まであっただろうか、と振り返る。ずっと受け身で生きていた。言われるがまま、抵抗も反発も。疑問すら抱かずに生きてきた。そんな私が、自らの意思で懇願しているのだ。


「なんか……気持ち悪っ」

 かえでが半笑いでそう言うと、メンバーが笑った。

「確かに! 今までドヤ顔で私たちをしごいてた乃亜たんが、しおらしく『お願いしますぅ』なんて、変!」

 そう言って、恵が私を軽く叩いた。

「そう、なんですか?」


 乃亜のすごさを改めて感じる。グループを統率し、皆の面倒まで見ていたのだと知る。レベルの高いステージは彼女の力……。


「じゃ、新生マーメイドテイル、ここに爆誕だね!」

 アンがさっと手を出す。その手に、かえで、恵が手を重ねた。そして三人は、私を見る。


「あ、私……も?」

 そっと自分の手を重ねた。


「マーメイドテイル~!」

『ゲット、ウォ~タ~!』


 こうして、私はアイドルへの道を歩むこととなるのだが……。

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