第5話 責任
「ああんっ、何度言ったらわかるのっ、そうじゃなくって!」
しかし、難航しており。
そう、私は全然踊れないのだった。
決定的にみんなと違うのです。リズム感が……。
「すみません」
「もう、謝んなくていいからっ」
ダンスを教えてくれているのは、マーメイドテイル随一のダンサー、かえちゃんこと、白木かえで。彼女のダンスは本当にキレがあって、カッコいいのです!
「いい? 今のところ、もう一回ね」
「はい!」
とにかくがむしゃらに、今は、やるしかないと心に留め、動く。……のだけど。
「うあぁぁぁぁぁ」
かえでが奇声を上げる。
「……ねぇ、こんなことってあるわけ?」
杏里が髪を掻き上げ、溜息をついた。
「うん、想像以上にビックリだね」
恵ことめぐたんが腰に手を当てる。
「マーメイドテイルの絶対的エースである水城乃亜が、なんでこうなったの!」
頭を抱えるかえで。
ああ、私、かえちゃんにこんな顔をさせてしまっているなんて……。
「今日は終わりにしよ。乃亜だって怪我が治ったばかりでまだ動けないんだよ」
杏里が庇う。三人が顔を見合わせ、頷いた。
「そうだね、少し飛ばしすぎたかもしれない。ごめんね、乃亜ちゃん」
「いいえ、かえちゃんは何も悪くありませんわ! 私が鈍くさくて……、」
「あ! そ~れ!」
ピッと指をさし、恵が言う。
「乃亜たん、私たちに敬語で話すのやめようよ」
「え?」
「そうそう、私も気になってた!」
杏里が追随する。
「でも、」
「いいよ。乃亜の中身が私たちの知ってる乃亜じゃないんだとしてもさ、私たち、メンバーなんだよ? 他人行儀なのは変!」
杏里にそう言われ、涙ぐむ。
「ちょ、なにっ? えっ? 乃亜が泣いてるっ?」
杏里が慌てて私の肩に手を置く。
「ごめんなさ……、私、嬉しくて」
「はぁぁ?」
「なにそれっ」
かえでと杏里が同時に叫んだ。
「こんな風に仲良くしていただけて、なのに私、全然上手にできなくて、ほんとに、情けないですっ」
メソメソする私に、恵が声を荒げる。
「もう、馬鹿じゃない! 私たちは今までも、これからもマーメイドテイルっていう仲間だよ? 乃亜たんが踊りを忘れたくらいで見捨てたりなんかしないし、今までと違ったって、今度はそれを武器にしていけばいいじゃん! 昔の乃亜たんならきっとそう言うっ。みんな違う魅力があって、それでいいって!」
ああ、乃亜さん……あなたは、なんてすごいのでしょう。
私は、ぐいっと涙を拭った。
「はい! ありがとうござ……、ありがとう、めぐたんっ」
「そうそう、それでこそ、乃亜たんだよ」
みんなが私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ねぇ、そういえばさ」
杏里がふと、声を潜めた。皆が注目する。
「今、思い出したんだけど、乃亜、映画決まったって話、してなかったっけ?」
「……あああ!」
「あったよ!」
聞けば、私が怪我をする数日前、端役ではあるけど映画の出演が決まった、と大喜びしていたらしいのだ。
「あれって、撮影もうすぐなんじゃない?」
杏里が言う。
「そうかも……」
恵が頬に手を当てる。
「今の乃亜ちゃん、演技なんか、出来るわけ?」
かえでに聞かれ、私は首を傾げる。
「演技……?」
それは、テレビで見た『ドラマ』というあれなのだろうか。役者さん、というお仕事の人が物語の中の人を演じて作るものだと聞いて驚いたのだ。まるで本物みたいだったから。
「でも、確か台詞はなかったはずだよ?」
かえでが言う。
「じゃ、なんとかなるか!」
杏里がホッと胸を撫で下ろした。
「佐々木さんに確認した方がよさそうだね」
話しているところに、ちょうど佐々木マネージャーが顔を出す。
「私が、何?」
「あ、ちょうどいいところに!」
杏里がポンと手を叩く。
「佐々木さん、乃亜って、映画決定してたよね? あれって、いつ?」
「ああ、来月頭。社長も私も、乃亜の怪我で降板も考えたんだけどね、間に合ってよかったわよ、本当に」
「出すんですね」
恵が訊ねる。
「勿論よ! 乃亜はマーメイドテイルの看板なんだもの。チャンスがあるならどこにでも出すわ。それがマーメイドテイルの宣伝にも繋がるもの」
「だよねぇ」
杏里が呟く。
「今の乃亜ちゃんで大丈夫かなぁ?」
かえでが心配そうに私を見る。
「大丈夫かどうかなんて関係ない。受けた仕事をこなすのは当然のことよ? 別に、お芝居しなさいってことじゃないんだし、問題ないわよ」
サラッとそう言ってのける。
「受けた仕事は、きちんと……」
私は口の中で繰り返した。
「さ、今日はもう解散しましょ」
そう言われ、私たちは着替えを済ませるとマネージャーの運転する車に乗り込んだ。私の事件があって以来、遅い時間になると車で家まで送り届けてくれるようになったそうだ。
私の家は、最後。
車でマネージャーと二人きりになった時、ふと、訊ねる。
「……お芝居って、どうやってやるんでしょう?」
「ええ? 芝居?」
佐々木マネージャーは、ん~、と考えて、こう言った。
「……自分じゃない誰かになってみたい、って思うこと、ない?」
「え?」
「ああ、今の乃亜はそんなこと思う余裕もないかもしれないけど、ほら、生きてるとさ、なんだか自分だけが取り残された気になったり、うまく行かないこと嘆いたりする時があるじゃない」
「あ、それはとてもよくわかります!」
私は、ずっとそれだったから。なんのとりえもない自分。義母や義妹に何をされても、何を言われても言い返すことも出来ず、ただ引き籠っていただけの自分。
「そんな時にさ、あの子みたいになれたら、とか、今の自分を捨ててまったく別の人生を生きてみたい、って」
「思います!」
被せ気味に言う私に、マネージャーがふふ、と笑う。
「演技って、つまりはその物語に生きてる別の誰かになること、だと思うの。役者って、そういうのが楽しいんだって聞いたことあるわ。だから、その物語の中で、その役になればいいんじゃない?」
……私ではない、別の人間に。
それはとても、魅力的な響きに思えたのだ。
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