第125話:賢いのか愚かなのか
≪
突然、織斗の脳裏に野太い重低音の声が響き渡る。織斗は慌てて振り返ろうとしたところで、声に制止された。
≪振り返るでないわ。それに貴様に我の姿は
何ものなのかと考える暇もないまま、次なる言葉が飛びこんでくる。
≪そもそもだ。貴様のいる
織斗は承知しているとばかりに心の中で小さく
≪主が貴様に何をさせようとしているかは我にもわからぬ。そして、貴様の意思を優先させるつもりなど毛頭ない。賢明な貴様なことだ。主に逆らえばどうなるかなど、わかっているであろう。決して主の言葉に
織斗には絶対に譲れない願いがある。
それを
≪忠告をありがとうございます。重々承知のうえで、俺は否を唱えるかもしれません。それが
頭を下げたままの織斗の背中を眺めながら、
≪愚かだと笑われようともか。貴様は誠に面白いと言わざるを得ないが、主の真の恐ろしさを理解しておらぬ≫
≪
織斗の意思は固そうだ。
≪もう一度だけ貴様に問おう。それでもなお、否を唱えるかもしれぬと言うのだな≫
織斗は即答だった。
≪はい。覚悟のうえです。
堂々と言い切った織斗に、
≪貴様は賢いのか愚かなのか、わからなくなってきたわ。仮に貴様の願いが叶い、あの小娘が生き永らえたとして、貴様は現世に戻れぬやもしれぬ。それをあの小娘が喜ぶとでも想っておるのか≫
まさしく、それこそが織斗の最大の
≪そ、それは≫
織斗の言葉がここにきて初めて淀む。
(俺はそれを望んでいるのか。俺のいない世界で優季奈ちゃんは。いや、優季奈ちゃんさえ幸せになってくれるなら)
本当にそうなのだろうか。
優季奈の望みもまた織斗と共にいることだ。少なくとも織斗は信じている。
何よりも、二人の間には月下の誓いがある。うぬぼれでも何でもない。織斗は二人で残りの人生を歩もうと誓ったのだ。一人が欠ける人生はあってはならない。
≪承知しています。優季奈ちゃんは悲しむでしょうね。優季奈ちゃんは幼い頃からずっと病で苦しんできました。わずか十五年に満たない人生です。いろいろとやりたいことがあったでしょう≫
言葉を
≪この先も生き永らえられるなら、これまでできなかったことを、全てしてほしい。そこに、たとえ、俺が≫
涙で言葉が詰まる。
≪俺が、いなくても、優季奈ちゃんが≫
これ以上は言葉にできない。
織斗は涙が
冷気と霊気に満ちた
静寂が
「困った
いつの間にか
織斗を
「風向織斗、そなたは賢くもあり、また愚かでもある。そなたのあの娘に寄せる想い、嫌いではない。よくぞここまで昇華させた。賞賛にも値しよう」
いつしか、
「我が息子よ、最後まで見届けるつもりはありますか。そなたの忠告を受けてなお、風向織斗は
「幽世の主にして我が母上殿に申し上げます。我は風向織斗を、この者の魂を気に入りました。最後まで見届けとうございます。お許しいただけるでしょうか」
可愛い息子の頼みを
御簾の奥から
「我が息子よ、風向織斗のすぐ背後まで近付くことを許します」
それが何を意味するか、
例外中の例外だ。
「母上殿、風向織斗に、我の加護を与えてもよろしいのでしょうか」
「私はそう言いました。
姿は見えずとも、
微笑は浮かんだままだ。機嫌は悪くない。悪ければ、これしきでは済んでいない。身体の至るところが引き裂かれているだろう。
織斗は織斗で何が起こっているのか全くわからないでいる。
何しろ御簾の三面目、白虎に
(
「母上殿は、風向織斗に何をさせようとしておられるのか、教えていただいても」
「そなたは相変わらずですね。これから風向織斗に直接話します。そなたも共に聞きなさい」
そこまで言われれば、
おもむろに歩を進め、織斗のすぐ背後まで近寄っていく。
さて、どうしたものかと想ったのも束の間、
「そなたの剣をもって、風向織斗に加護を与えなさい。それが済めば、私が何をさせようとしているかがわかるでしょう」
逆らう手はない。
加護を与えなければならないほどに危険なことをさせようとしているのだろう。
輝く
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