第120話:魂と肉体
手にしている鈴はわずかな音も
「
言うは
「季堯、こちらへ」
呼ばれた季堯が
直線的に進めば、あっという間のところを、あえて大きく
女神の聖域たる
それを理解したうえで、季堯は
大きく回り込んだ季堯が
両手を
「季堯、気を
表情は変わらずとも、季堯に対する口調は柔らかく、
恐らくは、取れということなのだろう。織斗はそうはしなかった。
織斗は頭を下げたまま、
わずかに
「
横にいる優季奈は、織斗以上に緊張の面持ちで凝視し続けている。
「我が
優季奈自身、織斗だけが試練を受け、自分は何もしなくて済むなどとは
優季奈は恐る恐る視線を上げ、小さく
織斗は両手を伸ばし、
物理的な重さは全く感じられない。それでいて、頭の中が異様に重い。器の中に意識が、感情が吸い込まれていくようだ。
織斗の両手のひらに収まるほどの小さな器は、幽世の宇宙とでも言うのだろうか。引きずり込まれる速度が早すぎて、意識が途切れそうになる。
織斗は、今度は清らかな音色に意識ごと吸い上げられ、ようやく
「底まで吸い寄せられていたら、そなたの命は尽きていました。幽世で命を失う。それは
手のひらに乗せたままの器を
どこで用意してきたのか、季堯は
なみなみと満たしたところで、
織斗は液体をじっと見つめている。相当に
「風向織斗、器を取りなさい。そして、飲み干しなさい」
今しがた、季堯にも言われたばかりだ。ただただ、
織斗は、恐る恐る
見た限り、液体は澄み切った無色透明で、
残る五感で確かめられていないのは味覚のみ、もし液体に味があるなら、そこでわかるだろう。
器を持つ手がわずかに
織斗は腹を
「怖いですか。毒などという
「この液体を飲み干すことに抵抗はありません。覚悟もしています。手が止まったのは、
最初に優季奈が申し訳なさそうに視線を
「季堯、
問いかけに、季堯が言葉を選びながら答える。
「見てはならないと定められているわけではございませんが、彼のような者が多いのもまた事実、注視されれば恥ずかしさも相まって、いささか抵抗も感じることでしょう」
幽世に住まう者、また神々には現世のことなど知る
「わかりました。では、私もできる限り、そなたを見ないようにしましょう。まずは飲み干しなさい。それをなさずしては何も始まりません」
織斗は器を持ったまま、
もとより飲み干すつもりだった。たとえようもない
何よりも、
織斗は器の端を口に添え、ひと息に液体を飲み干した。
突っ伏すようにして頭から落ちていく。
「織斗君」
たまらず、叫び声を上げた優季奈に向けて、
これまでとは異なる鈴の音が
「我が
優季奈の手が織斗に向かって伸びる。名前を呼ぼうとしたところで、優季奈もまた意識を失い、前のめりに倒れていった。
床に打ち付ける寸前、季堯の手が頭を支える。ここが織斗との決定的差異だった。
「季堯、感謝します。我が愛し子は、我が命の一部でもあります。幽世でつけた傷は、現世に戻っても残るのです」
優季奈の頭を
「何も心配は要りません。風向織斗が口にした液体は、
季堯だからこそ
織斗の魂が肉体から分離し、浮遊している。現世からそのまま幽世に持ってきた肉体は、術を行使して死を偽装している。言うまでもなく、不浄の
「風向織斗、私の声が聞こえていますね。そなたには、これより
「行きなさい。
織斗の魂は
肉体の上で何度か揺らめき、それから神理鏡に向かって移動を始めた。
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