第111話:想いを届ける
今日、何度目となるだろう。完全な静寂に包まれたまま、誰もが微動だにせず、
≪私がこの姿で
聞かせるべき対象を限定している。すなわち、大人たち五人のみだ。
決して目には見えない力とでもいうのか、あまりに
誰からも返答がないのをよいことに、季堯は一人で話を進めていく。
≪最も聞きたいであろうことから語ろう。あの若き二人は
見事に言い切ってみせる。
大人たちの顔は未だ不審の念一色に染まっている。季堯は、さも当然だろうとばかりに言葉を続ける。
≪
そんなことが可能なのか。皆の顔にはっきりと書いてある。
≪私の肉体は千年以上も前に滅んでいる。魂だけの存在なら幽世に下るに何ら支障はない≫
円内に光を帯びて浮かぶ季堯は
≪二人の肉体については心配せずともよい。そのための橙一朗の秘術だ≫
いよいよ核心に入る。
≪二人は一度命を失った。その前提で聞いてもらいたい。
初代こと路川季堯はただ一人、
季堯を除く
≪女神の全てを理解しているなどと
わずかに言葉が途切れる。季堯が
≪
季堯の言葉の意味はすぐに理解できた。
橙一朗の説明になかったもう一人の女神、すなわち織斗の背後に立っていた女性を意味している。
≪御名は
またとんでもない名前が飛び出てきた。ここまで話が飛躍してくると、
季堯は一呼吸置き、推測の域を超えるものではないとの前置きをしたうえで、顕現できる最後の時間で言葉を
≪
凝縮した一分が過ぎ去ろうとしている。光が
≪一方的な語りとなり大変申し訳なかった。この短い時間で理解の一助になるかはわからぬ。親としての深い想いも理解する。そのうえで、二人の未来のために熟考いただきたい≫
その言葉を最後にして、路川季堯の姿は消えてしまった。
失せる寸前、
優季奈は不安な気持ちで
それは両手をしっかり握ってくれている二人の親友によるものだ。いつしか沙希は右手を、肩に両手を添えていた
「綾乃ちゃん、沙希ちゃん、ありがとう」
自然と言葉が
そんな三人娘の様子を織斗と
五人が見守る中、路川季堯の姿はもはや見出せない。護符を包む光の正円も消え失せている。しばしの余韻が静寂と共に流れていく。
ようやく正気に戻ったのか。独り言のように呟いたのは
「夢か
誰にも答えはない。等しく同じ想いだからだ。
ようやくのこと、護符を通じて再び橙一朗の声が聞こえてくる。
≪さて、
誰もが何を言うつもりなのかと無言で待ち受けている。
≪初代こと路川季堯の魂は今なお現世にありますじゃ。孫娘の沙希が可愛がっておる黒猫の中に≫
五人が
視線の集中砲火を受けた沙希が固まってしまっている。優季奈の手を握る手に必要以上の力が入っている。
「お母さん、お父さん、それに
見かねた優季奈がたまらず抗議の声をあげる。
「そ、そうね。沙希さん、ごめんなさいね。今、路川さんの口から沙希さんのお名前が出たものだからつい」
美那子の言葉に、沙希は躊躇いがちに反応を返す。
「あの、祖父は何と」
沙希を溺愛する橙一朗のことだ。
「沙希さんが可愛がっている黒猫、その中に路川季堯さんの魂があるとのことよ」
まさに青天の
毎日一緒にいるわけではない。祖父母の実家に行った際に触れ合うだけの黒猫にすぎない。名前がなかったため、黒猫だから単純にネロ助と名付けた。
ただ、なぜか
その正体がここに来て、ようやくわかった。
「そう、ですか」
様々な感情が入り乱れて言葉にならない。優季奈と綾乃が心配そうに沙希の横顔を
「沙希ちゃん、大丈夫」
「沙希、大丈夫なの」
二人同時に同じことを尋ねている。沙希は二人に視線を向け、わずかに苦笑を浮かべてみせる。
「ありがとう。大丈夫よ。少し驚いたけどね。道理で長生きしているわけね」
沙希に先ほどまでの動揺は見られない。その表情から美那子も察したのだろう。
≪女神様にどのような意図があるかは儂らにもわかりませんがの。幽世に下った後、お尋ねすれば氷解しましょう。優季奈さんと織斗君、二人は幽世に下り、そして再び現世に戻ってくる。儂の、いや路川家の
橙一朗の語りが終わる。
≪儂の妻で
橙一朗の代わって、初めて聞く佳那葉の声が響いてくる。
≪はじめまして、皆様方。沙希の祖母で、
≪優季奈さん、織斗君と直接話をしてみて、本当に素晴らしい子供たちだと感じました。ご両親がどれほど
佳那葉も優季奈や織斗の両親たちと同じ立場なら当然そのように想うだろう。路川家という特殊な家に生まれ、育ち、櫻守を務めているからこそ違っているだけだ。
≪神月代櫻は新たな命を生み出すもの。優季奈さんと織斗君は、まさしく神月代櫻の子供でもあるのです。命は
佳那葉の言葉が大人たちの心に浸透したか
≪優季奈さんと織斗君、二人に新しい未来が待っている。もちろん、初めてのことです。それでも、私は神月代櫻の櫻守として強く信じています≫
佳那葉は断言した。確信ではない。まさしく信念だ。
≪これで最後です。大人は子供を守るべき存在です。ただし、守りすぎるばかりに、未来を閉ざすようなことがあってはなりません。優季奈さんと織斗君の未来を信じてほしい。切に願っています≫
佳那葉の語りが終わった。
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