第104話:織斗が消え去った真実
再び静かに
≪いやな記憶を想い出させてしまいましたな。お
二人は同時に逆回りに歩み始め、念入りに確認しながら
あり得ないとは想いつつ、お互いに見落としがあるかもしれない。再び半周して元の位置まで戻ってきたのだ。
≪そこで織斗君を見つけられた。消え
二人は
≪そのとおりです。慌てて抱きかかえ、二人で異常がないか確かめました≫
着ていた衣服には地面を
沙織にも利孝にも、ただ
≪異常は見られませんでしたな。それもそのはずじゃ。織斗君は傷一つ負っておらぬ。しかしながら≫
さすがにこの先は言い
実のところ、
≪ここから先、お二人にとっては聞きたくもない内容になるのは間違いないでしょう。事実を事実として伝えますでな。どうか覚悟を決めてくだされ≫
時として事実は何よりも残酷だ。大人であっても精神的に壊れることさえある。それは百も承知、事実に向き合うか、目を
橙一朗が護符を通じて二人の目を深く
≪聞かせてください。あの時、織斗に何が起こったのか。私たちは知る必要があります≫
利孝に続いて沙織もまた決意を言葉にする。
≪覚悟は決めています。たとえ何があったとしても、それが事実なら受け入れます≫
橙一朗は改めて実感している。
強い精神力の持ち主なのか、あるいは
≪お二人は強いですな。一人の人として尊敬しますじゃ。ならば、
◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇
沙織と利孝の視線が花見客たちの方にわずかに
それは確かに人ならざるものの意思を強く感じさせるような出来事だった。
大地に降り積もった無数の花びらが舞い上がり、辺り一面を覆い尽くしていく。とりわけ織斗の周囲を情愛をもって満たしていった。
沙織と利孝が無意識のうちに手で目を覆った時には、織斗の姿は神月代櫻の結界内、すなわち
「
聞いた百人が百人そろって
声の主たる妙齢の女性がたおやかに
「因果は巡るのでしょうね。あの娘は
自らの両手で包み込んだ織斗の手に向かって軽く息を吹きかける。
「
再び大地の花びらが舞い上がる。静かに音もなく二人を覆っていく。
大気の流れの中を
女性に抱えられたままの小さな織斗は異界に下りてきていた。俗にいう死後の世界、すなわち
「小さな心臓、それでも魂の
女性は一人
周囲には様々な気配があるものの、どれも
恐らくは、この女性と会話を
「そうね。それもよいかもしれない。あるいは、こちらの方がよいかもしれない」
「
周囲のものたちのざわめきが瞬時に収まる。会話の時間は終わった。
「愛しき子を
あえて周囲のものたちに言い聞かせているような口調でもある。
再びのざわめきが起こる。女性は一つ一つに頷き返し、織斗の生気の失せた顔を
「愛しき子よ、そなたに
全く表情を変えなかった女性が初めて笑みを浮かべる。形容し
織斗の小さな手を優しく握り、全く理解できない言葉を
ざらついた音が二つ、女性は軽く頷くとまた異なる言葉を発した。
「よいでしょう。そなたと、それからそなた、私に同行することを許可します」
凍える世界の中で霧のごとく揺らめく
女性の
(頼みましたよ、
◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇
橙一朗は佳那葉の記憶と共に、初代こと
女性の姿が明瞭でない理由は至って簡単だ。季堯でさえ、女性の
織斗が死んだという事実を突きつけられた沙織と利孝はそろって顔面
(気の毒じゃが最後まで聞いてもらわねばならぬ。お許しくだされよ)
橙一朗がさらに話を進めていく。
≪その女性を仮に女神様と呼ぶとしましょう。織斗君は
利孝が先回りして尋ねる。
≪なぜ織斗はその女神様とやらに招かれたのでしょう。三歳にも満たない子供なのですよ。招くにはもっと
どこまで踏み込んで話すべきか、ここに来て再び
既に二人の心の中にまで土足で踏み入れている。もはや全てを伝えることこそが
≪追い打ちをかけるようで心苦しいのじゃが、お二人に黙っている方が罪じゃと判断いたしましたでな≫
橙一朗が理由を
≪女神様が織斗君を選ばれた理由をお伝えしますじゃ。一つ、織斗君の人格がまだ完璧に形成されていない状態じゃった。一つ、織斗君の魂が強く清らかじゃった。そして、最後の一つじゃ≫
もったいぶっているわけではない。
最後の言葉を口にした途端、沙織と利孝に最大の衝撃が襲いかかる。さらなる動揺がどのような影響を及ぼすか、予測ができない。
≪幾つかある候補の中で、織斗君こそが最も死に近い存在じゃった。当時の最高の医療に頼ったとしても、織斗君の寿命は、残り一年足らずだったのじゃ≫
あまりの衝撃的な事実を前に利孝は完全に打ちのめされている。
沙織の様子がおかしい。
利孝が慌てて、強く押さえたまま動かない沙織の指を護符から強引に引き
≪すみません。一時中断してください≫
沙織は過呼吸に
織斗も急いで母親の
≪お
沙希の怒鳴り声が遠くいる橙一朗の
≪
橙一朗の術師としての実力は疑っていない。
「風向君、私を信じて、任せて」
「わかった、路川さん」
短い応答を受けて、沙希は左手で護符を握ったまま、すぐさま沙織に近づくと右手で右手を握り締める。
≪いいわよ、お祖父ちゃん≫
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