第097話:五人は一蓮托生の仲

 路川みちかわ家本家での一泊での土曜、日曜の滞在は飛ぶように過ぎていった。



 週が明けた月曜日、昼休みを迎えた教室で綾乃あやの優季奈ゆきながやや疲れ気味で話しこんでいる。



 一泊での女子会は様々な意味で大いに盛り上がった。


 沙希さきの宣言どおり、深夜の余興として行った肝試きもだめしでは、危うく綾乃が気絶しかけるなどあったものの、心に残る想い出になっただろう。



 教室の中をのぞき込むようにして沙希が顔を見せる。背を向けていた綾乃よりも早く優季奈が気づく。手を振ってくる優季奈に沙希は小さくうなづき返す。



「沙希ちゃん」



 優季奈の声に教室の誰もが驚く中、沙希は真っすぐ二人のもとにやってくる。



「えっ、今、沙希ちゃんって」



 小声でささやく女子生徒たちを沙希が一瞥いちべつする。それだけで嘘のように静まり返る。


 その様子を眺めながら、優季奈たちから少し離れた位置にいる汐音しおんがため息をついている。



「驚くのも仕方ないな。俺以外の奴には絶対に下の名前で呼ばせなかったからな。それがいきなり、ちゃん付けだもんな」



 沙希には、その容姿と性格から孤高の王子様などという、ありがた迷惑な異名がついていたりする。



 綾乃も織斗おりとも、沙希と汐音が幼馴染おさななじみだと知ったのはつい最近だ。いずれかとよほど親しい関係でもない限り、他の生徒たちが知るのは無理だろう。



鷹科たかしなさん、それに、鞍崎くらさきさん、少し時間をくれる」



 二人の前にやってきた沙希が声をかける。


 優季奈を呼ぶ際、少しの間があった。勢いのままなら、間違いなく佐倉さくらと呼んでいたいに違いない。さすがに沙希はわきまえている。



「私も沙希に連絡しようと想っていたところだったの。ちょうどいいわ。屋上でどう」



 答えるまでもないとばかりに沙希は早々に背を向けて教室を出て行こうとする。


 ここまで短時間ながらも沙希と深く接してきたのだ。性格は綾乃も優季奈も把握している。



 立ち上がった優季奈が織斗と汐音に視線を向ける。綾乃も同様だ。沙希に確認するまでもないだろう。既に五人は一蓮托生いちれんたくしょうの仲になっている。



「汐音、風向かざむかい君、一緒に来てもいいわよ」



 先を越された。沙希もまた綾乃と優季奈の性格をしっかり理解している。伊達だてにお泊り女子会をした間柄ではないのだ。



 教室内の沈黙が喧騒けんそうへと変わり、いっそう増していく。


 綾乃、汐音、織斗の三人なら、誰もが響凛きょうりん学園高等学校が誇るトップスリーだと知っている。


 その三人にさらに優季奈と沙希が加わっている。他の生徒からしてみれば、五人の関係性が全くわからない。


 沙希はまだしも、優季奈は転入早々に大事件を起こし、表面的にはともかく、腫物はれものさわるような扱いになっている部分がある。



「鞍崎さん、気にする必要はないわ。行くわよ」



 綾乃に促されて優季奈が一緒に教室を出て行く。



「じゃあ俺たちも行くか」



 少し遅れて汐音と織斗も立ち上がると、既に教室から消えた三人の後を追った。




 六月上旬、雲一つない空に太陽が輝いている。屋上に降り注ぐ陽光は温かさを通り越して、熱を感じるほどの暑さになっている。



 ひと足先に到着していた女性陣は物置小屋の影に入り、陽光に当たらないように気をつけている。紫外線対策は十分といったところか。



 汐音と織斗が三人に手を挙げながら近づいてくる。



「沙希、待たせたな。俺から先にいいか」



 沙希はもちろん、綾乃にも優季奈にも異論はない。



「アメリカの叔父おじから検査キットが届いた。今日の帰り、佐倉さんに渡すよ。簡単な説明書も入っているから問題ないと想う」



 優季奈が不安そうに尋ねる。



「ありがとう、真泉まいずみ君。それって両親の承諾は要らないのかな」


「佐倉さん、十八歳になっているよな。だったら不要だよ。なってなくても、俺が叔父さんに言い含めているから大丈夫だよ」



 どのみち両親にはいろいろと話さなければならない。それは織斗にも言える。



「綾乃、先にどうぞ」



 昨日、日曜の夕方に別れて以降、綾乃主導で次に集まる日時を調整してきた。


 優季奈と織斗、それぞれの両親への説明と意向確認、それ以外の関係者はどうするのか、また幽世かくりよへ下るとして、時間の流れが読めない以上は響凛学園高等学校のしかるるべき人にも話をしなければならない。


 そこで綾乃は一石二鳥とばかりに優季奈の叔父で響凛学園高等学校副理事長でもある鞍崎慶憲よしのりを巻きこむことを提案した。鞍崎慶憲への連絡係は優季奈となる。


 これを短時間でまとめ上げた綾乃の手腕はめてしかるべきだろう。



「今週の土曜日午前九時に鞍崎副理事長のご自宅に集合となったわ。優季奈と風向君のご両親、真泉君、沙希、そして私の都合十人という大所帯だけど、副理事長は快く引き受けてくださった。優季奈が頼み込んでくれたからよね。ありがとう」



 優季奈の頼みを鞍崎慶憲が断るはずもない。しかも重要な話だと告げている。


 そして、綾乃には幾ばくかの打算がないわけではない。鞍崎慶憲の自宅には夢のような紅茶葉がそろっている。そちらも綾乃にとっては重要だった。



「叔父さんの家に行けば、また綾乃ちゃんの美味しい紅茶が飲めるね」



 一切の悪気なく、それでいて爆弾を投下する優季奈に、綾乃は一瞬言葉に詰まる。それを沙希が見逃すはずもない。



「また、またね。さしづめ、綾乃は紅茶が、いえ、紅茶も目当てなのね」



 汐音と織斗はあえて口は開かない。開けば、ろくでもないことになりそうなのが目に見えている。



「そ、それもあるけど、って違うわよ。一番大切なのは優季奈と風向君のそばにいて力になることよ。ご両親を説得するのは優季奈と風向君だし、私たちに何ができるかなんてわからないけど」



 綾乃の後を汐音が引き取る。



「あまりにファンタジーすぎてさ、大人は話を信じてくれないかもしれない。さすがに織斗のご両親でもな。この話を聞けば、十中八九反対するだろう。だけど、織斗、お前の意思は変わらない。なら、俺は織斗の親友として、ご両親を説得するために全力を尽くすだけだ」



 汐音が同意を求めて綾乃に視線を傾ける。



「もちろんよ。私も同じ気持ちだから。優季奈のご両親にはまだお逢いしたことはないけど、優季奈のお母様は鞍崎副理事長の妹さんなのでしょ」



 優季奈に滅法めっぽう甘い鞍崎慶憲だ。きっと反対はしないだろう。


 もし、優季奈の両親が反対したなら、鞍崎慶憲から説得してもらうことも可能かもしれない。綾乃はそう考えているのだ。



「私のことで反対はしないだろうけど、きっと織斗君にはだめと言うと想う。お母さん、織斗君を本当の息子のように想っているから」



 優季奈を失ってからの三年間、織斗は優季奈の命日には欠かさず佐倉家を訪ねて行った。それが大きく影響しているだろう。



「優季奈ちゃん、美那子さんには俺の想いをしっかり話すから。理解してもらえるよう心から訴えるから」



 力強く断言したものの、説得できる確実性はどこにもない。いずれの両親も諸手もろてを挙げて賛成はあり得ない。優季奈も織斗も重々理解している。



「そこで沙希に相談なのよ。佳那葉かなはさんと橙一朗とういちろうさんにもご同席いただけないかな。佳那葉さんのお身体の状態がかんばしくないのは沙希から聞いて知っているし、無理を承知でのお願いなの」



 りんとした沙希のまゆがわずかに上がる。


 優季奈と織斗への長時間の話がやはりたたったのだろう。佳那葉は寝込んだまま、五人の帰りぎわにも顔を見せられなかった。橙一朗が佳那葉に代わって詫びてくれたものの、むしろ詫びるのは織斗たちの方で恐縮しきりだった。



「私からの話もそこよ。お祖母ちゃんは絶対無理よ。今朝も電話してみたけど、まだ寝込んでいるし、かなり無理が祟ったみたいね」



 沙希の顔がいささか怖い。眉を上げたことからも怒っているのはわかっている。



「沙希ちゃん、ごめんなさい。私が佳那葉さんにご迷惑をかけてしまったから」


「それは俺も同じだよ。路川さん、本当にごめん」



 二人して頭を下げてくる。沙希は大きくため息を一つつくと、言葉をつむぐ。



「頭を上げてよ。これだとまるで私が二人を責めているみたいじゃない。お祖母ばあちゃんも納得のうえで二人に話をしたんだから」



 今度は綾乃が先ほどの発言について謝罪と共に頭を下げてくる。



「ごめん、沙希。私も無責任な発言だったわ」



 路川家本家の二人、しかも陰陽師おんみょうじ古神道こしんとうの力を有する橙一朗と、櫻守さくらもりの佳那葉から直接話を聞かされれば、大きな説得材料にもなるだろう。



「かえって諸刃もろはつるぎにもなりかねないわ。この話は誰もが知っていい内容ではないの。路川家の中でも、ごく一部しか知り得ないんだから」



 沙希の心の内はすっかり橙一朗に読まれていた。今朝、電話した際に言われたのだ。



わしが出向いて話がまとまるなら、やぶさかではないがの。沙希は反対じゃろ。沙希の想うがままにするがよかろう」



 続けてこうも言われた。



「儂が以前に渡した護符ごふがあるじゃろ。あれを持っていくのじゃ。本当に困ったことになり、儂の助けが必要になったら念じるのじゃぞ」



(ほんと、お祖父じいちゃんにはかなわないよ。どうせ、ここの会話もこっそり聞いているんだろうし)



 苦笑と共に沙希は力強く断言した。



「当日は私が路川家を代表して、そして次期櫻守として話をするわ。もちろん、話せる範囲においてだけど」



 四人が四人とも沙希をまぶしそうに見ている。何とも印象的な光景だった。

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