第092話:織斗の決意と優季奈の本心
十の条件は
確かに
(
あくまで神話の中の出来事でしかない。それに何より、優季奈が幽世でいかなる姿になろうとも、織斗の気持ちが変わってしまうなどあり得ない。それだけは天地神明に誓って断言できる。
(優季奈ちゃんを失いたくない。俺の目の前には
織斗の決意は
「織斗君、だめだよ。寿命が一年なくなるんだよ。もしもだよ、その一年の中で寿命が尽きるとしたら、織斗君は死んじゃうんだよ」
「寿命なんて誰にもわからないよ。それこそ
織斗は優しい笑みを優季奈に向け、言葉を続ける。
「優季奈ちゃんの気持ちはとても嬉しいよ。でもね、どれほど厳しい条件だろうと、俺はこの機会を絶対に逃したくない。優季奈ちゃんとの未来の可能性が残されているんだ」
織斗の優しさが胸に
「でも、でも、織斗君の寿命が一年もなくなるんだよ。やっぱりだめだよ。私のために、織斗君の命が」
泣き崩れたままの優季奈を織斗が抱き上げる。背中に回した手でゆっくりとさすりながら言葉を
「いいんだ。俺の一年で優季奈ちゃんの一年がもらえるんだ。これ以上に嬉しいことはないよ。もし何度でも繰り返せるとしたら、俺は迷わず同じことをするよ」
織斗の胸に顔を
二人を見つめる佳那葉の視線が黒猫に向けられる。最後の確認のためだ。
≪しかと聞いた。
全てを語らずとも佳那葉は理解している。
織斗がいかに
幽世に下るための絶対条件は、すなわち死者でなければならない。
≪
佳那葉は路川家の壮大な歴史の中で、誰もが経験し得なかった奇跡を目の当たりにできるかもしれない。不安が大きく
≪次の
黒猫こと
その姿を見送りながら、佳那葉が二人に声をかける。
「優季奈さん、風向さん、ここからの詳しい話は路川橙一朗から。私の夫よ。そこには沙希たちもいるわ」
優季奈を抱きしめたままの織斗が
「佳那葉さん、
佳那葉が悲しげな表情を浮かべ、静かに首を横に振る。
「その話も一緒にね。風向さん、あなたの決断は尊重しますよ。でもね、一存で決めるわけにもいかないでしょう。あなたの
佳那葉の言葉が意味するところは大きい。
織斗は一人で生きているわけではない。両親はもちろん、綾乃や汐音、沙希といった同級生もいる。わずか十八年にも満たない人生ながら、多くの人たちに見守られてきたからこそ生きてこられたのだ。
優季奈が涙を流す理由がそこにある。織斗とずっと一緒にいたいと願う一方で、対価に織斗の寿命が要求される。自分が生きるために愛する人の命を一年奪うのだ。
それは織斗の周囲にいる人たちを確実に悲しませる。その過程で、もしも寿命が尽きたとしたら、織斗は死ぬのだ。
優季奈がお母さん、お父さんと呼ぶ
二度もそのようなことになれば優季奈は耐えられないし、誰よりも自分自身を憎むだろう。
織斗の腕に抱かれたまま、涙いっぱいの瞳で見上げてくる優季奈の感情ははっきりと伝わっている。
「一緒に戻りましょうか」
佳那葉がおもむろに立ち上がる。その瞳は二人を通り越し、神月代櫻の結界内に入りこんでいる黒猫へと注がれる。
≪
黒猫の姿が次第に失せていく。佳那葉はその姿が完全に消え去るまで、頭を下げ続けた。
頭を上げようとした佳那葉の身体が突然ぐらつく。
「佳那葉さん」
慌てて織斗が、一歩遅れて優季奈が
「大丈夫よ。少し疲れただけだから」
ここから路川家まで、そこまで離れていないとはいえ、佳那葉を歩かせるのは
「佳那葉さん、織斗君がおぶってくれるそうです。だから遠慮なく背に乗ってください」
さすがに
「あらあら、申し訳ないわね。じゃあ、せっかくだからお願いするわね」
佳那葉をおぶった織斗が神月代櫻を遠く背にしながら、ゆっくりと丘を下っていく。優季奈は何かあった時の補助のために佳那葉のすぐ後ろからついていく。
予想以上に時間を費やしたようだ。昼下がりの待ち合わせから、既に陽光は傾き、夕暮れに差しかかりつつある。
佳那葉が織斗にだけ聞こえるように耳元で
「風向さん、どんなことが起ころうとも優季奈さんを守ってあげてね」
織斗は頷きの動作をもって応える。
言葉同様の力強さが伝わってくる。佳那葉もまた満足げに頷き返していた。
そこからおよそ十分、佳那葉をおぶった織斗と優季奈は路川家本家に到着した。
すぐさま橙一朗と沙希に指示されるがまま、佳那葉を布団に寝かせ、ようやく落ち着いたところだ。
首を長くして待ち構えていた綾乃、汐音と共に広々とした
「沙希ちゃん、ごめんなさい。佳那葉さんの体調が
優季奈に続いて、織斗もまた沙希に
「路川さん、本当にごめん。話に夢中になりすぎて、配慮が足りなかったんだ」
沙希は首を横に振りながら言葉を返してくる。
「構わないわよ。語ることがたくさんあったのでしょう。お
沙希は横目で橙一朗を紹介すると、後は任せたとばかりに口を
「はじめまして、じゃな。路川橙一朗と申す。佳那葉の夫で、沙希の祖父じゃよ。お二人ともよろしくな」
気さくに挨拶してくれる橙一朗に安堵する反面、どことなく恐ろしさを感じてしまう。織斗も優季奈も全く同じ想いだ。
(幽世から戻ってきたというのは
二人を興味深く観察している橙一朗を前に、織斗も優季奈も何となく居心地が悪そうだ。いち早く気づいた沙希が
「お祖父ちゃん、二人を委縮させないでよ。それでなくても、わかる人にはわかるんだから。それよりも早く進めないといけないんじゃない」
皆が真に聞きたいことは別のところにある。沙希は早く進めろと橙一朗を促しているのだ。
「全く沙希には敵わんの。次の朔月まで二週間を切っておる。早速話を聞くとしようかの」
橙一朗の視線に
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