第079話:新しい五人の関係
「
沙希はひと息つくと、冷めてしまったコーヒーを飲み干す。気を利かせた
「俺、アイスコーヒーで」
「あっ、私もアイスティーをお願いします」
「双葉姉さん、スタッフ教育は徹底しているからな。しかも、日本流の接客方法は取り入れていない。店のスタッフと客は対等なんだ。時々いるんだよな。お客様は神様だってふんぞり返ってる奴がさ」
汐音の表情を見れば、そのふんぞり返った客がどうなったか一目瞭然だ。
「どうせ、お店のスタッフさんに偉そうにしていたんでしょ。そこを双葉さんに論破されて叩き出された。目に浮かぶわね。双葉さんのカウンセリング、ある意味で怖いぐらいだもの」
綾乃が想い出したかのように身体を震わせている。
汐音との間には、まだまだぎくしゃくとしたところが感じられるのは仕方がないだろう。いずれ時が解決してくれるとはいえ、簡単に消えるものでもない。それでも互いに歩み寄っていこうという姿勢は二人から窺えた。
(
「路川さんは、どうしてそこまで優季奈ちゃんのために」
問われる意味がわからないとばかりに沙希が不思議そうにしている。どう応えようかとわずかに思案したのも束の間、やはり沙希は沙希だ。
「変な質問ね。優季奈の力になってあげたい。そう言ったら
沙希の言うとおりだ。人を助けるのに理由など要らない。そして、理由は後からついてくるものだ。
汐音でさえ沙希には勝てないのだ。汐音よりも口下手な織斗が対抗などできるはずもない。さすがに沙希も気の毒に想ったのだろう。
「
まさしく正論だった。織斗も初めて出逢ったあの一瞬で優季奈を好きになったのだ。
「そうだね。路川さんの言うとおりだよ。優季奈ちゃんのために、本当にありがとう」
座したままの織斗が沙希に向かって、テーブルに額がつくほどに頭を下げる。
「お、織斗君」
優季奈の
「そんな必要はないわ。少なくとも、ここにいるみんなは同じ想いでしょ。あっ、汐音だけは違ったかもしれないわね」
汐音が目を
「おい、何で俺だけ仲間外れなんだよ。俺だってな」
珍しく織斗が汐音の言葉を
「汐音があの時言ったことは忘れていないからな」
根に持っていたとしても、さすがに織斗も鬼ではない。何よりも優季奈を前にして、その言葉を口にするほど愚かでもない。四人の視線がいっせいに注がれ、優季奈がたじろいでいる。
「汐音は優季奈の存在を
織斗が
「えっ、私」
優季奈はそれ以上言葉にならない。
「汐音の気持ちもわからないではないわ。正直に言うと、三人の関係は良好に見えて、一つの
沙希が確認を求めてくる。優季奈は小さく首を横に振ってから言葉を発する。
「私が
気まずそうに綾乃と視線を交わし、互いに苦笑を浮かべる。当時の険悪な雰囲気は全くない。二人の関係は嘘のように穏やかだ。
「真泉君が綾乃ちゃんをどう想っているのかに気づいたのはそれからしばらくしてからだから。その話はつい先日、織斗君にもしたの」
汐音が驚いている一方で、聞いたばかりの織斗は黙って頷くだけだ。
「そして、鞍崎凪柚ではない。風向君が
いつの間にやって来たのか。少し離れた位置から双葉がそれぞれの様子を
「ここから五人の関係が始まるというわけね。女三人に男二人、ちょうどいいんじゃない」
織斗と汐音の横、余っている椅子に双葉がさも当然のように腰を下ろすと同時、スタッフの女性がケーキをテーブルに並べていく。それを見た優季奈が目を輝かせている。綾乃と沙希とは好対照だ。
「沙希ちゃんと綾乃ちゃんは少し
双葉の言葉を受けて、綾乃と沙希の視線が優季奈に注がれる。見ているのは顔ではない。
「な、何かな。綾乃ちゃんも、沙希ちゃんも、ちょっと目が怖いよ」
綾乃を差し置いて、すぐ隣の沙希がにじり寄ってくる。
「優季奈、ちょっと確かめるから大人しくしてなさいね」
優季奈の許可なくして、沙希がいきなりあちこちを
「ちょっと沙希、何しているのよ。私に断りもなく、もう、私もまぜなさいよ」
男二人は、いったい何をやっているんだと半ば
「優季奈って幼児体形に見えて、実は、なのよね」
逃げたくても逃げられない優季奈を入念に調べる沙希と、その沙希が邪魔になってなかなか手を伸ばせない綾乃だった。
「なあ、織斗、こんなのを見せつけられている俺たちって何なんだろうな。どんな
汐音の
「はいはい、沙希ちゃんも綾乃ちゃんもそこまでよ。優季奈ちゃんが困っているでしょ。ケーキを食べながら話を進めるわよ」
双葉が絶好の助け船を出してくれたお陰で、ようやく窮地を脱した優季奈が恨めしそうに沙希と綾乃を
ずっと見られていたのだ。
「もう、沙希ちゃんのせいだからね」
頬をいっぱいに膨らませて涙目で怒っている優季奈もまた可愛い。
「ねえ風向君、知りたい」
唐突に沙希が問うてくる。知りたいって何を、と逆に尋ねようとしたところで、すかさず続きの言葉が来る。
「優季奈のスリーサイズ、今ならただで教えてあげてもいいわよ」
危うく口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった優季奈が慌てて両手で口を押さえこんでいる。
「沙希、今のだけでわかったの。でも、だめよ。まずは私に教えてからよ」
盛大にむせ返っている優季奈の背を沙希がさすりながらも、沙希と綾乃は二人で勝手に話を進めていく。
「もちろん誤差はあるけど、ほぼ正確にわかるわよ。そう、綾乃も聞きたいのね。じゃあ上から」
勢いよく身体を
「沙希ちゃん、言ったらどうなるか、わかってるよね。本気で怒るよ」
優季奈の剣幕に、沙希もやりすぎたとばかりにまずは素直に謝罪する。ただそれだけで終わらないのが沙希が沙希たる
「でも優季奈、すごく聞きたそうにしているわよ。ほら」
飛び火した。標的をすかさず優季奈から織斗に移す。沙希が、ほらねとばかりに織斗の顔辺りを指差している。
これから起きるであろうことが容易に想像できたのだろう。織斗の顔が瞬時に青ざめていく。睨みつけてくる優季奈の顔が怖い。
(どんな表情でも優季奈ちゃんは文句なしに可愛い。それだけは間違いない)
「路川さん、どうしてそこで俺に振るんだよ」
織斗の抗議と優季奈の問いかけの声が見事に被る。
「織斗君、そんなの聞きたくないよね。ないよね」
沙希はもはや無関係とばかりにだんまりを決めこんでいる。むしろ織斗がどのように答えるのか、楽しみに待っているようでもある。
(聞きたいと言ったら、優季奈ちゃんに
織斗が助けを求めて汐音に視線を動かす。当然、汐音も答えようがない。こういう時に頼れる存在は双葉だけだ。
「なあ、双葉姉さん、これ、いつまで続くんだ。いい加減にしてほしいよなあ」
汐音のぼやきに双葉も苦笑を浮かべるしかない。さすがに二度目となると、少し厳しく警告しなければならない。
「はいはい、ご馳走様でした。もうその辺で終わりにしないさいね。肝心の本題に入らないと日が暮れてしまうわよ。話を前に進めましょう」
双葉の言葉で仕切り直し、そこからの展開は沙希主導であっという間に進んだ。
結局のところ、沙希の祖母の話を聞くことが最優先課題なのは変わらない。それまでにやるべきこととして、優季奈は自身のDNA型鑑定に必要なサンプルを用意、それを汐音がアメリカにいる叔父に送って鑑定を依頼する。事前交渉などに関しては全て汐音に一任された。
「織斗君、綾乃ちゃんは優季奈ちゃんを支えてあげてね。汐音君も含めて受験勉強の時間は大事だけどね。私もその道に詳しい知り合いが数人いるから、それとなく聞いてみるわ」
双葉のこの言葉をもって、ようやく今日の集まりはお開きとなった。
既に午後三時を過ぎている。
テーブルに残っているのは綾乃と沙希だけだ。優季奈と織斗は最初に帰っていった。汐音は双葉に引っ張られるようにして店の手伝いに駆り出されている。
「綾乃、お疲れ様。よく
沙希の言わんとしていることが理解できない綾乃ではない。
「仕方がないわよ。私は振られたんだから。優季奈と風向君を応援するしかないじゃない」
よしよし、よく言ったとばかりに沙希が綾乃の頭を
「もう、
そうは言いながらも、抵抗しない綾乃をただ黙って慰め続ける沙希だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます